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八国ノ天

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「ヨミ、あなたは自由になったんだよ」
「……」
「ヨミ……」
「……だけど、お姉ちゃんは帰ってこない」
 ヨミは俯いたまま、小さな肩を震わせていた。手首に縄できつく締められた跡が痛々しく残っていた。
「それは――」
「なん、で……こ、んな……こんな事だったら、なんで……」
 ヨミは立ち上がり、拳を強く握りしめていた。
「大婆さまも!」
「神主さまも!」
「木霊さんも!」
「十夜さんも!」
「十真さんも!」
「みんなも!!」
「なんで、みんな、もっと早くお姉ちゃんを助けてあげなかったのっ!!」
 怒号が空に響き渡る。髪が逆立ち、涙で濡れたヨミの瞳は、怒りに満ちていた。
「許せないっっ!」

「あっ!」
 木霊は小さな声で叫んだ。油断していた。まさかヨミがそんな事をするとは考えもしなかったからだ。
 ヨミは木霊の長巻――天ノ羽衣を奪っていた。
 ヨミは飛び出すように前に踏み込み、天ノ羽衣を突き刺した。

「耳朶さま!?」宮司が叫ぶ。
 ヨミの両腕から伸びた刃は、えぐるようにして耳朶の胸下に刺さっていた。
 耳朶は素手で刃を押さえるが、ずぶずぶと食い込んでいく。
「ヨ、ミ……」
 耳朶の声は届かない。怒りと憎しみに満ちた瞳の前に打ち消されていた。
 見る見るうちに狩衣が真っ赤に染め上がり、刃を握りしめた耳朶の手からは鮮血が地面に滴り落ちていく。
 ヨミは刃を力任せに抜き取ると、天ノ羽衣を手にしたまま宮司たちを避け、ナオが先ほど入って行った社の中へと消えた。

「ぐうっ……、何ということだ。誰かヨミを……ヨミを止め……」
 耳朶はうつろな目を小刻みに震わせながら口から血を噴き出していた。
「二人とも行くわよ」
 十夜が駆け出す。
「私の刀を使って」
 走りながら、十真は腰に差していた湾曲になった短刀――ククリを木霊に手渡す。
 木霊たちの後方で、村人たちも慌ただしく動き出していた。一〇名ほどの男達が武器や松明を手に木霊たちの後を追う。


 本殿はこの時代によく見られる造りをしていた。湿気もなく、蝋燭のわずかな灯りが屋内の中を点々と照らしている。
「坑道への入口はきっと、蝋燭の灯りが続いているこの奥だわ。急ぎましょう」
 十夜を先頭にどたどたと木造の床を叩く音が鳴り響く。蝋燭の油煙がゆらゆらと立ちのぼっていた。

 木造の渡り廊下を進むとやがて、それと思しき入り口が見えてくる。入り口は広く、大柄な鬼が五人並んでも十分、通れるほどだった。入り口から先は石で造られた階段が下へ続いていた。
 階段は意外と短く、降り立ったところで三人は立ち止まっていた。
 その場所は坑道と呼ばれる場所に違いないが、木霊はどこかで見たことがあるような気がしてならなかった。
 そして、三人の前では一人の男が怯えた表情でガタガタと身体を震わせ座っている。
 十夜はその男の前に立ち、
「一体、何があったの?」
「呪い……」
「呪い?」
「屍人(しびと)が……かつての雛巫女が襲ってきたんだ……うひぃっ! 助けて助けて助けて――」
「しっかりして!」
 十夜が話しかけたのは、ここ坑道の入口付近で見守りをしていた村の男だった。
 男は自分以外の人間は皆、殺され、自分だけ生き残ったと話した。
「屍人って何?」十真が問い詰める。
「冥界から、俺たちみんなを殺すために来たんだ! きっとそうだきっときっと」
 もはや、まともに答えられそうになかった。
 今度は十夜が詰問する。
「指差すだけでいい。ヨミと雛巫女はどの道を通ったの?」
「あああ……ぁあ」
「どこ!」
 この場所からは道が三つに分かれていた。先ほど通ってきた入り口同様、奥へと続く道も広い。推測するに奥は広大のようだった。
 男は震える手で中央の道を指差していた。
 道の奥は暗く何も見えない。その奥からだろうか。どこからともなく、人の声のようなものが聞こえてくる。生暖かい湿った空気が木霊の首筋を舐めるように、流れていく。
 十夜は、後ろについてきた男達に向かって、
「あなたたちは、返って足手まといになるから、ついて来なくていいわ」
 そう言われ、男達は安心したようだった。
「木霊、私たち白梟は夜目がきく。だから私たちは敵を見つけ次第、あなたに知らせる。いいわね?」
 木霊は、はい、と十夜に頷いてみせた。
(この先に、ナオとヨミ。そして、私と同じ『天』と呼ばれるカムイがいる……)

    6

 目の前は闇。
 木霊は左手に松明を掲げ、二人から少し下がって歩いていた。十夜と十真の背中が微かに見える。後ろに下がっているのは前を行く二人の夜目をきかせるためだ。
 今、どの辺りまで来たのだろうか。後ろを振り返れば先は見えない。松明の明かりが届かないほど、天井は高いようだ。苔が岩壁にまとわりつくように、生い茂っている。足音と松明の燃える音だけが聞こえる。
 村人たちが言っていた冥界へと続く道を、本当に進んでいるようだった。
 突然、前を歩いていた二人の足音が消える。
「今、何か動いたわ」
 十夜の声だ。
「ヨミ?」
 と、木霊。
「わからない」
 松明から噴き出る炎の熱で空間がゆらめている。
「――!」
 十夜と十真は前を向いていた。その背後、木霊の目の前にそれは突然、明かりの中に姿を現した。
 白い衣を着た少女が、左から右へ目の前を突っ切って行く。素足で鉈を下に向けていた。
「十夜さん! 今、女の子が目の前を横切った!」
「どこ?」
 十夜と十真の二人があたりを確認するが何もなかった。
 今のは何だったのだろうか。ナオと一緒に向かった白い雛巫女のようにも見えた。 
「進もう」
 十真が先へと促し、三人は歩き出した。
 が、すぐにまた二人が立ち止まる。
 木霊も前に出た。
 明かりと闇の境目に白い衣を着た少女が四人、浮かびあがっていた。じっとしている。
「雛巫女……だけどあれは、ナオと一緒にいた子たちではないわ」
 小声で十夜が二人に伝える。
 四肢に赤い紐を垂らし、手に錆びれた鉈を握っていた。
 こちらを振り向く様子もなく、彼女たちはずっと一点を見つめていた。
 十夜は剣を下に向け静かに前へ進む。十真は小型のクナイを手にした。
 木霊も慎重に二人の後へ続く。
 動く気配は無い。
 一歩近づくごとに、木霊の鼓動が早まっていく。
 ククリが滑り落ちそうだ。柄を少し振り感触を確かめる。
 雛巫女のくすんだ黒い髪が照らし出される。よく見ると装束は古臭く薄汚れていた。
 十夜は間合いに入る所まで迫っていた。
 もう一歩。
 と、その時、雛巫女が一斉に動き出した。
 十夜と十真は身構えた。
 が、襲ってくる気配も無く、すっと足音が闇の中へ吸い込まれていった。
 再び静寂が訪れ、十夜は言った。
「木霊、雛巫女が立っていた場所を照らして」
 木霊は二人のそばから離れないように、雛巫女が立っていた場所へ近寄る。
 血溜まり。
「これは! うっ……」
 一瞬、木霊は気が遠のきそうになった。
 四肢を切断された男の死体が、赤黒い液体の上で転がっていた。男は目を大きく開け、もがき苦しんだ表情をしていた。何度もあの鉈で振り下ろされたのだろう。大腿部の白骨が覗く切断面は粗かった。
作品名:八国ノ天 作家名:櫛名 剛