八国ノ天
周りの者は蒼白していた。しかし、逃げる場所の無い彼らは覚悟を決めたように、顔つきが変わっていった。
「まだ娘だが、殺すしかない。子どもだと思うな! こいつは天罪者なんだ」
「よりによって、天罪者にここがばれるとは。やはりこの地は呪われているのか……」
神主はヨミの縄をほどいている木霊に向かって、恨めしそうに言葉を吐いた。
縄を解かれてもヨミは、頭を上げようとも、振り向きもせず、ただ座ったまま体を震わせていた。
ヨミの小さな肩と背中が小刻みに震えていた。
「ヨミ……」
「ご、めんなさい。天罪、者……なのですよね? 私たちを、殺して、この村を……滅ぼすのですか?」
「なぜ、そんなこと……私はただ、ナオとヨミを助けに来ただけです」
「嘘……嘘です。天罪者に会った人は皆、死ぬって聞いています。今もああして、簡単にあの人たちを倒して……」
「ちがう! 私はそのような事はしない」
「じゃあ、どうして、お姉ちゃんを助けてくれなかったのですか!」
「それは――」
何も言い返せなかった。ただ拳を強く握りしめることしかできない。
背後に、複数の足音。
「神主さま! ご無事ですか!?」
木霊の背後に、鉈や錆びた槍や打刀を手にした男達が立っていた。木霊から取り上げた長巻を手にした男も、その中にいた。横に目をやれば、弓を構えている者が数名。
「殺せ!」
木霊は身構えた。全員が一斉に、襲いかかる。
刹那――。
大気を斬り裂く音が、空から稲妻のように男達の前に落ちてくる。
男達はその音に驚いて、一斉に立ち止まり、上空を見上げた。が、雨雲は見当たらない。前方を見た。
目の前で、一本の矢が地中深く突き刺さり小刻みに振動していた。
「後ろですよ」
透き通るような美しい女の声だった。男達は後ろを振り返った。
いない。
そう認識したと同時に「ぎゃっ」と、短い叫び声。
その声に男達が目を向けると、集団の端の方で一人の男が宙を舞っていた。
続けて今度は別の場所で、どさっと倒れる音。
男達は困惑した顔つきで四方八方、首を動かしていた。
「どこだ?」
木霊から奪った長巻を構えながら、その男は叫んだ。すると、眼前に一枚の白い羽――その先で、天罪者が静かに男を見ていた。
「これは? 白梟の羽……?」
「そう」
すぐそばで囁き声。男は思わず目を瞬かせた。いつの間に入れ替わったのか。目の前にあったのは白い羽でなく茶色の瞳。
瞬間、男は何か言いかけようとして止まった。痛みもない。ただ、自分の視界が崩れ落ち真っ暗になった。
「返してもらうよ」
茶色の瞳が男を見下ろしていた。
「十真! 十夜!」
木霊は叫んだ。十真が木霊の隣に並び、取り返した長巻を木霊に手渡す。続いて十夜も並ぶ。
「天狗……若い。天罪者の仲間か。なんて強さだ」
武器を手にしていた男達は後ずさる。
神主を守るようにして、狩衣を纏った宮司が木霊たちの前に立ちはだかっていた。
「雛おくりは止めさせんぞ。我らの命運がかかっている。どうして、我らの邪魔をする?」
「私はただ、ナオとヨミを助けたいだけです」
「天罪者が何を言うか! 助けたいだと? まわりを見よ! お前たちが現れただけで、この有りさま。全員を争いに巻き込んでしまっているではないか! それにナオとヨミを助けたその後はどうする? 我らはどうすれば良いのだ? 皆、瘴気にのまれて死ねというのか?」
「それは……、あなた方もこの里を出れば良いではないですか!」
「木霊さ、ん――」
ヨミは顔を上げた。
「お前も天罪者ならわるだろう? 罪人が行く場所はどこにも無いのだ」
「あります!」
「何だと……ふざけるな」
「あります。私がそうです。こんな私にも守ってくれる人たちがいます。それに、ナオもヨミだって――」
木霊は十夜と十真を見てから、自分に言い聞かせるようにして胸に手を当てた。
「私は見ました。明るく、そして力強く、生きようとしていく二人の姿を!」
いつもは抑揚のない、淡々と話す木霊の口調が変わっていた。感情が高まり、激痛が木霊を襲っていた。それでも、木霊は声を振り絞って、
「あなた方が勝手に、そう決めつけているだけではありませんか!?」
握りしめている拳の震えが止まらない。
「木霊さん」
「木霊……」
神主もその周りに立っていた男達も皆、固く口を結び歯を食いしばっていた。
笹が擦れ合う音に混じり、松明の燃える音が聞こえてくる。
その音を遮るように、木霊たちの背後の方から老女の笑い声が響いた。
「ふぉっふぉっふぉ。そんなことは皆、承知の上じゃよ」
木霊は振り返った。
「長老」
「大婆さまだ」
一人の少女に支えられながら、笑い声の主が立っていた。皆、その老女に場所を譲るようにして引き下がっていく。
神主もその老女に敬意を表するように頭を下げていた。
「ふむぅ。お前さんが天罪者かい? どれ。わしに顔をもっと見せておくれ」
「長老……近くに寄られては」宮司の一人が心配そうに言った。
「この老体に怖いものなんてありゃあせん。お前たちは黙っておれ」
そう言って、少女に導かれ老女は木霊の前に立つと、皺で覆われた手を掲げ、
「ほれ、顔をよくお見せ」
木霊は腰を屈め、顔を近づけた。
(この人。盲……)
老女の固く乾いた手が木霊の顔をぺちぺちと撫でていた。
「ふむ、ふむ。お前さんは本当に天罪者なのかい? よう澄みきっておる。名はなんと申す?」
「柊木霊です」
「そうか。木霊というのか。木霊よ。外の世界はここよりも広く、美しいかい?」
「……はい」
「そうかい。ナオとヨミもまた、外に出れば幸せに生きていけると思うかい?」
「はい。思います」
「皆も外に出ていけば、同じように生きていけると思うかい?」
「はい」
「ここにいる皆、木霊と同じ気持ちじゃよ」
木霊は、はっと、息を呑んだ。この老女が言ったのは木霊と全く同意見という意味では無い。
「わしらは、既に選択したんじゃ」
そうだ。この人たちも自分と同じように悩み、考え、そして選択したのだ。ただ、選んだ結果が違うだけ。
「ここに住むことが、お前さんの言う幸せなことだと――そして、ここにいれば、皆が守ってくれる。そう考え、選択したのじゃ」
老女は木霊の顔から手を離し、
「ただ、少し違うのは雛おくりという痛みを我慢しないといけないことじゃ。わしら罪人の末裔が生きていくための対価じゃの。お前さんは恐れを知らない無垢な雛鳥のようじゃ。どんな困難にもめげずに立ち向かい、思い描いた夢を実現することもできる。それはそれは、とてもいいことじゃ」
「お婆さん……」
「耳朶(じだ)よ」
「はい」
神主が答える。
「外の世界は変わっても、この里は時が止まったように美しいのう」
「はい」
「じゃが、そろそろ、カゴから出たい雛は外に出しても良いのかもしれんのう。もう外に出てもわしらは生きていけると、ナオとヨミは証明してくれたのじゃ」
「それは……ナオとヨミを許せと」
「わしらの知らないところで、この里も変わっていたんじゃな」
「……」
耳朶と呼ばれた神主は、押し黙っていた。
木霊はヨミの正面に廻りこみ、しゃがむと、