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八国ノ天

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「始まった……始まったぞ。早くアレを」
 神主が男達を急かす。

 木霊は混乱していた。木霊の知る限り、世間に知られているカムイとは、その男が言っているような存在ではない。制裁者と呼ばれる存在を除いて、カムイとは、例えばキアラが持っていた『光明ノ書』を守る存在であり、英雄と呼ばれる存在に近い。
 どちらかと言えば、この時代の人間は、カムイよりも「幸福、繁栄、奇跡、永遠の命をもたらす」と伝えられているカムイの書を崇拝している――官兵衛曰く、書には旧時代の文明知識が書かれているだけ、ということらしいが、少なくともこの時代の人間は、そのように受け取っている。それ故に、書を祀っている社は各地に存在する。
 しかし、目の前の男が言っているカムイは、まるで化物だ。それに、儀式というのは自然に宿る神々に纏わるのがほとんどだ。木霊の住んでいたヒムカの国はそうだった。いや、ヒムカだけではない。どこの地方もそうだ。そのはずだ。
 だが、ここ朧は違う。自然でなくカムイを崇拝している。ましてや、カムイが生贄を要求する話なんて聞いたことも無い。
 通常の人間であれば、この儀式を信仰心から受け入れていたかもしれないが、今の木霊は自分がカムイであることも自覚しているつもりだ。

 神主に促された男が目隠しのようなものを取り出していた。
 暴れているナオの顔にそれを近づける。
 その目隠しの形状は残酷だった。耳に当てる部分から鋭い針が二本突き出していた。

 そいつを見た途端、木霊は我に返った。
(――っ! 間に合うか……)
 木霊は歯を食いしばり、生垣を跳び越えた。一点だけに意識を集中した。

 ナオの顔から"人"が消えていた。ひどく興奮している。
 目隠しを掴んだ手が、ナオの顔に触れるか触れないかの所まで来たその時、ガリっという音とともに、男が悲痛な叫び声を上げた。
「ナオ!」ざざっと、砂利を撒き散らし着地する。ナオの所まで、まだある。木霊は腰を落とし後ろに下げた右足に力を溜め、一気に解き放った。

 木霊の声は届かなかった。男がのた打ち回る中、ナオは口から地面に何かを吐き出す。それは男の親指だった。周りの者はナオの獣のように豹変した様子に思わず後ずさりするが、三人の男が飛びかかりナオをうつ伏せにさせる。ナオの着衣は乱れ、肩と脚がはだけるもナオは唸り声をあげ、男たちを振り払おうと暴れる。一人の男がナオの背中に馬乗りになった。間髪入れず、男は目隠しをナオの目に当てる。すると一瞬、ナオの動きが止まる。男はそれを見逃さず、即座に目隠しの帯を後頭部にまわし、ぎゅっと強く絞めつけた――ナオは完全に動かなくなった。
 額に汗を滲ませながら男たちは、ナオを縛っていた縄を慎重に切りナオの手足を自由にさせると、元の位置に戻った。
 ナオの髪は乱れ、口元から涎を流し、塞がれた耳からは血が滴り落ちていた。
「お……姉ちゃ、ん」
 ヨミはただただ頬を濡らし、瞳孔が開いた目で、変わり果ててしまったナオを見ていた。

 ――間に合わなかった。

「離して! ナオ! ヨミ!」
 木霊の両腕に男達の太い腕が絡まっていた。木霊はナオとヨミだけに注力し、周りを忘れていた。生垣のすぐ傍にも村人や狩衣を纏った者がいたのだ。
「きさま女か? 何者だ!?」
 神主の隣に立っていた壮年の男が、腕と肩を押さえつけられ足掻いている木霊に向かって叫んだ。
「木霊……さん? なぜ、ここが?」
「ヨミ。お前の知り合いか? だが、この場所が知れてしまった以上、帰すわけにはいかん。気の毒だが死んでもらわなければならん」
「待ってください! この方は関係ありません!」
 そう言っている間にも、ナオがひとりでに動き出す。
「雛巫女が動き出したぞ、さあ、お前たちはともに行きなさい。この怪しい娘は、わしらの方で片付けておく」
「お姉ちゃん!」
 ナオは立ち上がりまるで行くところがわかっているかのように、片脚を引きずって、社の方へ歩き出していた。
 赤い紐で繋がった白い巫女が、ナオの後に続く。
 木霊の周りにはもう、一〇名以上の男達が群がり、敵対心を剥き出していた。更にその周りを囲むようにして、村人が木霊を睨めつけている。
「外から来たのは、お前だけか? 他にもいるのではないか?」
「……」
「皆の者、夜に備え火を焚け! 他にも賊がいるやもしれん。くまなく探すのだ!」
 神主が大声で叫び、村人に指示を出す。
 木霊の首筋から汗が滲み出ていた。軽率だった。十夜や十真にまで、危険に晒してしまった自分の浅はかさを恨んだ。だが、今はそのような事を省みる暇は無い。五人の巫女が社の中へ消えていく。
「探しても無駄です。私一人でナオとヨミを追ってきたのですから」
「信じられん話だ」
「その女の武器を取れ!」
 木霊は大人しく手の力を緩め、武器を手放す。
「顔を見せてもらうぞ。悪く思うな」
 男が木霊の頭に深く覆い被さっていた外套を剥がしていく。
 金色の髪が腰に滑り落ちた時、男がすっとんきょうな声を上げた。
「お前は――!」
 木霊の正面に立っていた全員、一様に驚愕していた。ヨミもまた、目を丸くし口を開けていた。
「て……」
 ヨミがその名を口に出そうとしたその時、別の誰かが叫んだ。
「天罪者だっ!」
「目を合わせるな! 殺されるぞ! 女子どもはすぐ逃げろ!」
 あたりの様子は一変していた。誰もが、顔に恐怖を描いていた。
 ここに集まっていたのは男たちだけではない、女子ども含む村人全員がこの場所にいた。
 女は叫び、男たちは後ずさりしている。

 悲しい光景だった。
 皆、忌み嫌うような眼差しで木霊を睨み、恐れていた。
 ――私は何も悪いことをしていないのに、この仮面を見ただけで、どうして……。
 怒りも感じていた。
 木霊は仮面の下で一度目を閉じ、口元をぎゅっと結んだ。少しずつ息を吐き出していく。
 そして、静かに目を開ける。
 木霊は、腕を掴んでいた男に隙が生じたのを見逃さなかった。下半身をひねり、片脚を後ろに大きく引いて、振り子のように振り上げ、同時に自分の腕を引っ張った。すると、木霊の腕を掴んでいた男はバランスを崩し、片足を地面から離してしまう。その時を逃さず、木霊は脚を振り下ろし、男を支えていた方の脚を掬い上げた。巨躯が宙に浮く。更に木霊は体を回転させ勢いをつけると、逆に男の腕を掴み、その腕を引っ張り――離した。支えるものを失った男は無様な格好で宙を泳いでいった。
 反対側の腕には、別の男の手があった。木霊は体の回転を止めること無く、解放された腕を屈折させた。そして、そのまま鋭利な刃物で突き刺すようにして、肘を男の脇腹に撃ち込む!男は悶絶し、両手で脇腹を押さえた。木霊はその瞬間も逃さず、男のふくらはぎを後ろから蹴り飛ばした。男は後方へ回転する形で宙に浮いていた。続けて木霊は男の首に手を添えた。男と目が合う。男は自分の身に一体、何が起きたのか、まだわかっていない様子だった。木霊は腕に力を入れ、男の首を石畳の床に叩きつけた。ごきっという音とともに男は白目を向いていた。
 木霊は、ヨミの方へ疾風のごとく駆け寄った。

「あんな小さな娘が……なんということだ。恐ろしい」
作品名:八国ノ天 作家名:櫛名 剛