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八国ノ天

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 境内は広く、生垣で仕切られていた。立ち上がりさえしなければ、境内から木霊の姿は見えない。
 木霊から見て左側、すなわち境内の入り口付近には、村人らしき集団が頭を下げて正座していた。
 右側に目を向けると、一番奥に狩衣に袴姿の男が五人。その前に、巫女の装束を着た四人の少女が、何かを取り囲むようにして立っていた。彼女たちは全員、白色の小袖と袴を着ていた。どことなく、橋の上から見たあの白い雛人形を彷彿させる。奇妙なことに、彼女たちの手には鉈が握られ、彼女たちの視線は皆、一箇所に集まっていた。
 木霊は白い巫女の灰色の瞳に視線を縫い付け、そのまま双眸を這わせた。
 そこには、橋で見たのと同じ真っ赤な装束に身を包んだ雛人形がいた――ナオだった。
 ナオは、両手足首を縄で縛られ、石畳の床の上で仰向けにされていた。
 そしてもう一つ。ナオの右手首からは、太く赤い縄が伸びていた。人間の力で引きちぎるのは恐らく無理だろう。その赤い縄の先には、白い巫女の右手首があった。右手同士で繋がっていた。そして、左手も両足首も同じだった。ナオの四肢と四人は赤い縄で繋がっていた。
 ヨミは両手を後ろに縛られ、袴姿の男と向きあう形で、膝をついてナオの前に座らされていた。

「逃げ出すとは何たることだ。お前はこの意味をわかっておるのか? ヨミ。お前が掟に背いたおかげで、ナオが雛巫女を務めることになった」
 中央に立っている年老いた男が、嗄れた声でヨミを見下ろしていた。
「……」
 ヨミは口元をぎゅっと固く締め、うな垂れていた。
「あたしはヨミを助けたかったんだ! ヨミは一つも悪くない! もう、いいだろ。こうやってあたしが巫女になるんだからさ!」
「お姉ちゃん……」
「たわけが! お前が巫女になったのは掟に背いたからだ。お前の意思は関係ない」
「掟掟って、いつもそれだ! こんなの馬鹿げてる! みんなだってそうだろ!? いつまでもここにいないで、新しい場所を見つけて、そこでみんな一緒に暮らせばいいじゃないか! 何でそうしないんだよ!」
「ナオ。お前には何度も話したはずだ。この村は一〇〇年以上前に罪人や爪弾きにされた者が集まって作られた。この地に発生する瘴気は人を狂わせる危険なものだが、外界からの侵入者を寄せつけない。わしらにとって、ここしか生きる場所は無いのだ。よいか、ナオよ。罪人はずっと罪人なのだ。罪人の子もまた罪人なのだ。お前だけではない。お前の親も。お前の妹も。お前の夫となる者も。お前の腹から生まれる子もだ。そのわしら罪人がどこに行くというのだ? どうやって稼ぎ、明日から暮らしていく? また殺しや盗みをしろというのか?」
「……だけどあたしは……こんなの絶対やだ! あたしは自由に生きたい。こんな迷信や儀式なんかに縛られてまで生きたくはない!」
「お前はそれでいいだろう。だが、他の者はどうだ? 皆、お前のように、あやふやな夢にしがみついている者ばかりでは無い。危険と隣り合わせてでも、小さな安寧が得られるならば、それを受け入れる者だっているのだ。なぜ、それがわからん」
「――くっ! そんなこと……そんなことくらい、あたしだってわかってる!」
「いや、お前はわかっておらん」
「お姉ちゃん、もう止めて」
「ヨミ……」
「いいの」
 ヨミは中央の年老いた男を見上げ、
「神主さま。掟を破ったのは申し訳ありません。だけど、どうかお姉ちゃんを許してあげてください。そして、どうか……どうか私に、雛巫女をやらせてください。この通りです! お願いいたします」
 ナヨは地面に頭を擦りつけながら土下座していた。縄が手首に食い込んでいる。
「お願いします!」
「……ヨミよ。面を上げなさい。残念だが掟は掟だ」
「そんな……」
「掟を破ればまた、規律が乱れ村は崩壊してしまうだろう」
「……それは……でも、でも! どうかお姉ちゃんを。お姉ちゃんを助けてください」
「……」
「ヨミ……。じじい! わかったよ! もういいから早くしろよ! あたしが巫女なんだ。あたしが村を守ればいいんだろ!」
「――っ! お姉ちゃん!」
「ごめんね、ヨミ。馬鹿な姉で。結局、あたしの空回りだった……だけど、あたし一人の命でヨミやみんなが生きていけるなら、何も心配ないよね」
「そんな……本当は私の役目なのに、そんな……」
 ヨミは顔を上げ懇願するように、男達を見た。
 だが、気まずそうに男達は視線を反らすと、中央の男に目をやる。
「例の物を」
 神主と呼ばれた男がそう指示すると、隣に立っていた一人が黒い小さな包みを広げ、中から珠のようなものをつまみ上げる。その小さな珠は、糖で固めた飴玉のように表面が煌めいていた。
「この珠には凝縮された瘴気が封じ込まれておる。瘴気を吸った者がどうなるかは知っておろう?」
「はっ! なんで、そんなことしないといけないんだよ!」 
「お前は瘴気が発生する場所が、わかるのか? これがお前を冥界への入り口へと導く。それにこれを飲めば痛みも何も感じ無くなる」
「だけど、そいつを飲めば頭の中がおかしくなってしまうんだろ? ヨミの事もわかんなくなって――あたしは嫌だ! このままでいさせてくれよ! 人のままでいたいんだ」
「いい加減にせんか! お前は本当に村のためだけでなく、妹の命を救う気があるのか?」

 木霊は長巻を強く握り締めた。
(何を迷っている……あの二人を助けるために来たはずだ。しかし、儀式を壊せば村が滅びる……)

「っ、ち、くしょう! なんで、こんな事になるんだよ! この社に祀られているのはカムイ『天』なんだろ! なんでカムイに生贄が必要なんだよ。なんでカムイが冥界にいるんだよ」
(え? 今、カムイ『天』って――)
「天のカムイ様か……ナオよ。お前は先ほど、迷信と言ったな。最後だからお前には話しておこう。一〇〇年前、狐狸の里を追われた我らの先祖は、偶然にも、この社を見つけ皆、社の中にある坑道へと逃げ込んだ。坑道の中は複雑に入り組み、追っ手から逃れるには好都合だった。しかし、ある日、大勢の追っ手がこの社へ攻め込んできた。皆、坑道の奥深くへと逃げた。その時、天のカムイ様が現れ、こう言われたのだ『この地に住みたくば生贄を捧げよ』と。行き場の無い我らの先祖は言葉に従った。たちどころに天のカムイ様は追っ手を皆殺しにした。そうしてこの地を与えられ、儀式はここから始まったのだ」
「そんなの嘘だ!」
(どういうことなの? カムイ天は他にもいるというの? それとも、私が天ではない……)
「この期に及んで、嘘を話して何になる? 始めよ」
 男が前に歩み出ると、ナオの両頬をつまむ。ナオは抵抗の眼差しを男に向けていたが、黙ってそれを受け入れた。そして、珠が彼女の口に放り込まれる。
 男から目を反らしナオは珠を口に含んだまま、泣いているヨミを見た。ナオは口をぎゅっと結んで微笑んだ。
「お姉ちゃん……」
 ごくりと呑み込む。呑んだ瞬間、ナオの瞳から涙がぽろぽろと、溢れ出していた。
「うっ!」
 ナオは突然、目を大きく見開くと、もがくように四肢をじたばたさせた。
「お姉ちゃん!」
 そして、赤い紐の先にいる白い巫女に襲いかからんと、狂ったように暴れだす。
作品名:八国ノ天 作家名:櫛名 剛