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八国ノ天

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 更に店と店の間を埋めるようにして立ち並ぶ、露天が人垣を作っていた。
 通りの中央には、およそ五メートル幅の底の浅い川が走り、いくつもの橋が等間隔に架けられていた。
「あ、木霊さん。それじゃあ、川上の方へ行きましょうか」
「お待たせしました。ヨミ。ナオも来てくれたのですね」
「あたしは、気がすすまなかったんだ。だけど、どうしてもってヨミが聞かないからさ――」
 三人は上流の方へと歩き出す。木霊は袋に包まれた長巻を手にしていた。護身のため、常に持ち歩いていた。
「でもどうして、そんなに嫌がっているのですか?」
「それは……この雛おくりが、嫌いだからさ。実をいうとさ、木霊――」
 ナオは遠くを見つめていた。
「あたしらは、ここの人間じゃないんだよ。あたしとヨミは逃げ出してきたんだよ。だけど、この怪我した脚ではこれ以上、遠くへ行くこともできない。だから、あの宿屋に住み込みでお世話になっているってわけさ」
「そうだったのですね……」
「うん、それでさ。あたしらの村にも雛おくりがあるんだけどね。それが笑っちゃうんだよね」
 ふぅっ、と息を吸い込んだ。
「儀式だってさ」
「お姉ちゃん……」
「儀式……?」
「そう、儀式。その村には今では誰も近寄らない坑道があってね。坑道の奥深くに冥界の入り口があるんだって。おかしいのが、その奥深くから人を狂わせる瘴気が発生する。もし吸えば、その人間は気が狂ったように見境なく人を襲う。そして、自らも冥界への入り口へと向かって歩き出し、二度と現世に帰ってくることはない。しかし、瘴気の発生を防ぐ方法が一つだけある。それがあたしたちの村に伝わる『雛おくり』という生贄を捧げる儀式」
「生贄!?」
「あたしは学が無いから、聞いた話でしか知らないけど雛人形っていうのは何千年も昔からあって、子どもの身代わりとなって事故や病気から守ってくれてるものらしい。そして、身に付いた穢れを水に流して清める。それと同じように、あたしら村の子が雛人形になって村の人を守る――」
 生贄という言葉を耳にしてなんとなく、そのような気がしていた。だが、実際にその言葉を聞いて、改めて息を呑む。木霊のそれを汲み取ったかのようにナオは続けた。
「この儀式は一〇年に一度、行われるんだ。そして、次の生贄――『雛巫女』に選ばれたのがヨミだったんだ……」
「もしかして、その儀式は今日……?」
「そう……。あたしはヨミを連れて逃げ出したんだ。でも今頃はきっと、別の子が……だけど、それをわかっていて、あたしはヨミを連れ出した」
「お姉ちゃん……」
「ヨミは悪くない。これは全部、あたしの意志でやったことなんだから」
 そう言って、木霊に向き直ると、
「木霊。雛おくりの儀式はとても残酷なんだ。生きたまま四肢を斬り落とされるんだよ。とても、人間のやることじゃない。だから、あたしは――」
「わかります。ナオ。だから、ナオとヨミはこの雛人形を作ったのですね。"その子"のために。でも、ナオは悩んでいた。ヨミと同じくらい、その子のことも」
「木霊……」
「木霊さん……」
 今の私にできること。
「行きましょう。会場はあちらですよね? 遅れちゃいますよ」
 ほんの少しだけだったが、顔の下から覗く唇が笑っていた。
 まわりの人間たちも、雛おくりの会場へと向っている中、三人は並んで歩いていた。
 木霊はふと、数日前のことを思い出す。彩加と官兵衛はこの地方の伝説や伝承を調べているようだった。それが何のためなのかは、わからない。だが、どうしても気になることが一つあった。
「木霊さん、お姉ちゃん、ここは人が多いからもう少し上流の方に行こうよ」
 三人は人形を手にした人たちの間をすり抜け、人がまばらになるくらいの場所まで来ていた。
 木霊は片足を引きずって歩いていたナオに声を掛けた。
「ナオ、一つ訊いてもいいですか?」
「いいけど、なに?」

    4

「朧……」
 官兵衛は目を細めた。目の前に一体の雛人形が手に握られている。
「聞いたこと無いな。みんなはどうだ?」
 テーブルの上には徳利とお猪口、肴が置かれている。
 官兵衛の右隣に座っていた櫛は首を横に振った。向かいで箸とお猪口を動かしていた十夜と十真も横に振る。
 官兵衛はテーブルのそばで立っていた男に声を掛けた。
「で、ご主人。この朧と言われる人形はだいたい一〇年ほど前から出まわっているって話だよな」
「はい、そうです。ああ、お客さん。そんなに乱暴に扱わんでください。かなり高価なものでしてね。欲しければ、このお値段でお取引させて頂きますよ」
 と、目の前の男が両手を使って金額を提示する。
「何! これが……そんなにするのか?」
「左様で」
「みんなで三ヶ月は生活できるね」
 十真を横目に、官兵衛は神妙な面持ちで手にしていた人形を持ち直した。十夜は綺麗に焼き色がついた鮎に箸を伸ばしていた。
「ふむぅ、わからんな。どこにそんな価値があるんだ? まあいい、それで、これはどこで作られているんだ?」
「お客さん、直接、買い付けに行こうとしても無駄ですよ。どこでこれを作っているのか、私どもも知らんのです」
「それは、どういうことかしら?」櫛は箸を置いた。
「あ、はい。一、二ヶ月に一度ですが、この人形を売りに来る者がいるんですよ。売りに来る者は毎回、違いますが決まって皆、帰るまでずっと何も話さない。なので、彼らがどこの人間なのか、わからんのです」
「それは、おかしな話ね。彼らが帰っていく方向から、ある程度、わかりそうな気もするけど――」
「ああ、それなんですがね」主人は腰をかがめ、口を細めた。「実は、彼らが帰って行く時、若い衆にこっそり後を追わせたんですがね。一本道の山ン中で突然、姿を消しちまったっていうんですよ。場所はここから、そう遠くなく、この辺らしいのです」
 主人はテーブルの上に置いてある官兵衛のお猪口を起点に指を這わせ、少し進めた所でぴたりと止める。
 官兵衛はその止まった場所に視線を落とすと、
「その周辺は何も無いはずだ。山しかないだろう?」
「はい、ですがね。これは私の勘ですがね、じつは隠れ里があるんじゃないかと……。いえね、一〇〇年ほど前、この里から罪人が追い出されたのはご存知でしょう? で、追い出された罪人は皆、殺されたか散り散りになって逃げたということらしいんですが、実際には詳しい事まで記録に残っているわけでもなく、誰も知らんのです」
 ここで主人は、全員の顔を見ながら上半身を起こし、もったいつけてまた皆に向かって顔を近づける。
「そしてそれ以来、その里には罪人の末裔が暮らし、その朧を作り続けているのではないかと、思うのです」
「なるほどな、しかし、それだとおかしな点があるな。追い出されたはずなら、もっと遠い地に行くはずだろう。ここから一日も掛からない所に、隠れ里を作るとは考えられないな」
「だから、私の勘です」
「他に、この一〇〇年の間に起きた面白い話はないか? 逸話とか何でもいい」
作品名:八国ノ天 作家名:櫛名 剛