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八国ノ天

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 宿の明かりがぽつぽつと灯り始めると、辺りは橙色に染まって行く。その様子はどこか懐かしい暖かさを感じさせた。
 街中を進んでいくと、木霊が一件の宿屋の前で足を止める。
「ん? どうした?」
 官兵衛も馬を止め、木霊の視線に合わせた。
 視線の先に、呼び込みをしている二人の少女の姿があった。
 少し薄汚れた着物に身を包んでいたが二人とも、笑顔を振りまいて一人は笛を吹き、もう一人は短刀を四本、空に向けて放り投げ回していた。
「木霊、珍しいの? お城でよく見ていたんじゃないの?」
「演奏会はよくありましたが、こういった曲芸は、なかなか見る機会がありませんでした」
「ふうん、そうなんだね」
「それにあの人たち、私と同じくらいの歳なのに頑張っているなって――」
 十真は黙って頷いた。
「木霊。よかったら、このお賽銭、渡してきたら?」
 十夜が賽銭を木霊に手渡す。
 木霊は、手に取るも、自分の手と目の前の二人を交互に見つめていた。
 すると、
「あの足元にある木箱の中に入れるの。ああして、この子たちは稼いでいるのよ」
 と、十夜が更に補足する。
 木霊は、納得したように頷いた。
 笛の音が止み、周りで見ていた大人たちの拍手の後、木霊は二人に近づいた。
 二人は見慣れない格好をした木霊を物珍しそうに見ていたが、特に気にする様子は無かった。
 しかし――、
「あの、楽しい芸を見せて頂いて、ありがとうございます」
 顔はよく見えないが、黒い外套を頭からすっぽりと包んだ少女らしき者から、そう言われ驚いていた。
 二人のうち、短刀を投げていた背の高い少女が、あたふたと答える。
「え? ありがとうはあたしらだよ! え〜っと、初めてだよ。そんなこと言われたの。なんか照れるなあ」
 腰まで伸びた黒髪を揺らしながら、その少女は鼻の周りを赤らめ、両手を広げ頭を横に振っていた。
「だめだよ、お姉ちゃん。ちゃんとお礼を言わないと――」
 二人は姉妹らしく、妹の方は木霊よりも二つ三つ歳が離れていそうだった。逆に姉の方は二つほど上のようだ。
 妹が笛を両手に持ちながら、その小さな頭を深く下げ、丁寧にお礼する。
「ふふ、あなたたち、この宿屋で働いているの?」
「うわ、綺麗な人……」
 櫛の姿に姉妹は見惚れていた。周りを見渡せば、彼女たちだけではない。先ほどまで一緒に芸を見物していたはずの者たち――特に男たちは皆、その場に立ち止まって、姉妹と同じ目をしていた。
 それを横目に官兵衛は、またか、といった様子で馬に寄りかかりながら欠伸をしていた。
「はい。あたしら、この宿屋で働いてます。よかったら、どうです? 部屋は空き放題だし、飯はまあまだと思いますよ」
「お姉ちゃん! そんなんじゃお客さん、来ないよ……あの、すみません、すみません――」
 頭を掻いている姉をよそに、妹は何度も頭を下げている。
「ぷ、面白い。この姉妹」
 十真と十夜は微笑んでいた。
 木霊は困った顔をしていたが、
「木霊は気に入ったようね。今晩はここにしましょうか?」
 と、櫛が少し屈んで木霊の顔を覗き込むと木霊は小さな声で、はい、と頷いた。
「よし! 決まりだな! 嬢ちゃんたち、馬小屋は裏にあるのかな?」
「まいどあり! 髭のお兄さん! おっきな荷馬車だね。こっちだよ。ヨミは案内お願いね」
「髭……って。初めて言われたぞ。俺には官兵衛という名があるんだ」
 官兵衛はぶつぶつと言いながら、櫛たちと別れ、姉と一緒に歩き出した。
 しかし、すぐに官兵衛は少女より少し後ろへ下がると、
「嬢ちゃん名前は? 俺は名乗ったぞ」
「ん? あたしかい? あたしはナオだ。姓は無いよ」
「じゃナオ。聞くがその脚は、どうした? 嫌なら答えなくていい」
「ああ、この脚かい? これは昔、ちょっとした事で怪我したんだよ。走れないけど、不便じゃないよ」
「そうか。聞いて悪かったな。その何だ……初めて見たとき、ナオのその元気な姿から、とても想像できなかったものでな。走る姿がまっ先に思い浮かんだんだ」
「さっきの黒い女の子といい、あの綺麗な人といい。ほんと、あんたら面白いね。あたしの走る姿か……そんな事、言ってくれたのもあんたが初めてだよ。走り方なんて、知らないしわからないよ……どんな感じなんだろうな? 走るって。走れたら、自分の好きな所へすぐに行けるんだよな?」
「……ああ、そうだな」
 片足を引きずるようにしてナオは歩いていた。
「ナオ、お前は馬に乗ったことはあるのか?」
「あるわけないよ。第一、馬なんて高価なものなんて手にすることできないよ。それにこんな脚じゃ、馬を跨ぐ力さえ出やしない」
「なるほどな……」
「着いた。ほら、ここだよ」
 ナオは馬小屋の中まで案内すると、ばんばんと木の手摺を手で叩く。
 官兵衛は荷馬車から馬を引き離し、一頭を手摺に固定し、もう一頭には鞍を載せる。
「あれ? お客さん、こんな時間に出かけるのかい?」
「官兵衛でいいぞ。少し、散歩するぞ。ナオ」
「行ってらっ――へ? って、あ! 何するんだ!」
 官兵衛はナオの腰を掴み上げると、そのまま鞍に乗せ、官兵衛自身もナオの後ろに跨る。
「どうだ? 初めて乗った気分は? 結構、高いだろ? 少しだけ付き合え」
「は? なに言ってるの?」
 そう言っている間にも、ナオと官兵衛を乗せた馬は小屋を出る。
 そして――、
「行くぞ」
「ちょっと! うわっ!」
 馬は大きく前脚を掲げ嘶くと、勢いよく駆け出した。
 ナオは、わあわあと叫び、目を瞑って鬣にしがみついていた。二人を乗せた馬が行灯に照らし出された橙色の通りを駆けていく。通りを歩いていた通行人が慌てて端に跳び退き、迷惑そうに二人を見ていた。
「ナオ、目を開けて見てみろ。お前が見たかった景色が広がってるぞ」
「何言ってるんだ。さっきから無茶苦茶だぞ! だいたい、こんなに揺れてるじゃないかあ!」
「揺れているのは当然だ。馬に乗ってるんだからな。それに怖いのか? さっきの元気はどこへ行った? 目を開けないから、怖くなるんだ。開けてみろ。できないなら、もっと速く走るぞ」
 これ以上、速くなったら、たまったものじゃない。
「わかったよ! 開ければいいんだろ!」
 ナオは双眸を少しだけ開けてみた。風が目の隙間に入ってくる。体が上下に揺れ動き、何が映っているのか、よくわからない。もう少しだけ目を開けてみた。最初に映ったのは橙色。そして、正面には道が細く映っていた。いつもは、あんなに広かった道が狭く感じる。遠くにあったものが、ナオの目の前で次々と消えていく。でも、遠くを見ればまた新しい景色が飛び込んでくる。
 いつの間にか、ナオは背をただし顔を上げていた。
 いつもと違う景色――新しい世界。
「すごい……どんどん景色が変わっていく……」
「もっと面白いものを見せてやろう」
 そう言って、官兵衛は方向を変え、道を外れると小川の方へ向かった。
「ちょっと、どこ行く気? そっちは道じゃないでしょ!」
 さっきよりも更に馬は速度を上げて小川のある土手を登る。
「うわ! 落ちる!」
 官兵衛はナオの腹を腕で抱えると、
「いくぞ!」
 次の瞬間、馬は勢いよく空へ飛び出し宙を駆っていた。
作品名:八国ノ天 作家名:櫛名 剛