小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

八国ノ天

INDEX|24ページ/65ページ|

次のページ前のページ
 

第四章 無垢雛



    1

 ススキが白い穂を風になびかせていた。陽の光を受けて、山肌に亜麻色の波が広がっている。
 先ほどまで滞在していた村はもう、視界に全て収まるほど小さくなっていた。
 蹄の音を追うように、ガタゴトと鉄板で巻かれた木製の車輪がゆれている。
 頭から腰下まですっぽり覆われた黒い外套をひらひらさせ、木霊は荷馬車の後ろを歩いていた。
 荷馬車の上では十夜と十真の二人が羽を休めている。
「はあ、楽だね〜。よかったあ、私たちの休む番が今で。山道はきついよ」
「十真、そんなこと言わない。もうすぐ交代なんだから」
「はは、ごめん。そういえば、どう? 木霊は疲れてない?」
「はい。大丈夫です。ヒムカの国で山道は慣れていますから」
 淡々と答えた。
「そっか。あの場所は確かに山ばかりだったからね」
 木霊は、はいと返事すると、崖と反対側の道端に何かを見つける。
 それは登山道沿いにいくつも置かれていた石仏だった。石仏の足元でトカゲが日向ぼっこをしていた。
「嘉穂国。狐狸の里まであと少しね」
 石仏の脇に立てられた立て札を見ながら、十夜は前を歩いている男女に声をかけた。
「ああ、もうすぐだ十夜。でもなんだ? 十夜はもう、お腹でも空いたのか?」
 と、横目で官兵衛。
「そうね。否定はしないわ」
 銀色の髪をかきわけながら、さらりと答える。
「花より団子だな。やっぱり十真も団子か?」
「は? 何言ってるの? 私まだお腹空いてないよ」
「あぁ……ああいや、何でもない。聞いた俺が悪かった。すまん、忘れてくれ」
 官兵衛の左隣で、二頭の馬が頭を並べて闊歩していた。
 すかさず官兵衛は馬にぼそりぼそりと、
「なぁ、櫛。あれか? 十真って……」
 すると、馬がはきはきと答えてくる。
「官兵衛、余計なこと詮索しないで。あなたと違って私たちは純真なの」
 そして、官兵衛のことをヒヒンとあざ笑う。
「はっはっは」空笑い。「櫛、もしかして今、自分を入れたか? それはさすがに無理があるんじゃな――」
 ヒュっと背後から空を斬る音。
 官兵衛は後ろを振り返ると同時にそれを掴み、すぐに確認する。眼前で受け止めたもの、それは――棒手裏剣だった。棒手裏剣が飛んできた方向にそのまま視線を移すと、
「しくじったか――」
 にやけている十真の隣で十夜が舌打ちしていた。
 官兵衛は今にも噛み付かんと、二人を睨めつけた。
「ふふん、櫛がそうしろだってえ。私たちにはわかるんだからねー」
 何を、といわんばかりに歯ぎしりしている男に向かって、十真がにやりと答える。
 後ろにいたはずの木霊もいつの間にか、てくてくと十夜のそばまで近寄ってきて、ハラハラした様子で見守っていた。今日もまた始まってしまった――どうしよう。
「ほら官兵衛。木霊がまた心配そうに見てるわよ。気配りできない男は嫌われるわよ」
 馬が――いや、櫛が釘をさしてくる。
 一緒に旅を始めてから、毎日のように繰り返される光景だった。でも、それが返って心地良い。いつもの光景――いつもの笑顔。
 ――木沙羅さまの笑顔。
 木霊は少し頭を横に振ってから、官兵衛に訊く。
「あ、そういえば。今日は狐狸の里に泊まるんですよね?」
「お、ああ、そうだな。狐狸の里は歴史ある、ちょっとした城下町だ」
「狐と狸って、面白い名前ですね。どうして、狐と狸なんでしょう?」
「それは昔、盗賊の住処だったからだよ。狐と狸といえば、人をだましたり悪戯したりするでしょ?」
 十真が得意げに答える。
「だから狐狸の里……それじゃあ、そこって危険なんじゃ……」
「大丈夫よ。それは一〇〇年以上も前の話だから。悪事のし放題を見兼ねたこの地を治める領主が、狐狸の里から罪人を追い出し、今では旅芸人や歌人も集まる立派な町なんだから」
「そうなんですね。旅芸人ですかぁ。それは楽しそうですね」
 十夜に向かって木霊は無表情のまま、淡々と答えていた。どことなく感情もこもっていない。
 本当は笑顔で答えたかった。しかし、心の底から楽しいとは言うことができない自分がいた。
 なぜなら、それは――、
 木霊の目を覆っている仮面――天罪ノ面のせいだ。
 感情が高ぶると天罪ノ面は、想像を絶する苦痛を木霊に与える。嬉しいとか、楽しいとか、悲しいとか、悔しいとか、辛いとか、ほんの一瞬頭に思い描いただけでも、吐き気と頭痛に襲われてしまう。描けば描くほど、四肢が引きちぎられるほどの苦痛が木霊を襲う。
 そのため、木霊は常に感情を抑えていなければならなかった。気を許してはならない。強い気持ちを抱いては駄目だ。木霊は心労は溜まっていく一方だった。日に日に心が重くなっていく。それに合わせ、感情も消えていくようだった。
 ――もうすぐ、私は笑わなくなるんだ……。
「ね、楽しそうよね。ああ、早くあの茶屋の柚餅子が食べたい」
 そんな木霊をよそに、十夜は普段と変わりない様子で嬉しそうに答えていた。十夜に限ったことではない。ここにいる全員がそう答えていただろう。
 なぜなら、木霊のそれを十分、理解していたから。
 彼らにできることは、いつも通り接することだけだった。
 天罪ノ面は外れない。無理に切断して外そうとすれば、立ちどころに木霊は絶命するだろう。過去、実際にそれをやった人間が何人もいた。何よりもこの仮面を外せない理由がある。それは木霊自身が望んで着けたという事だ。
 そのため、木霊のために彼らにできることは限られてくる。だから、いつも通り十夜は偽りなく嬉しそうに答えた。途中から、話が食べ物に変わってはいたが。

 そんなやり取りをしているうちに、ススキが広がる道の向こうから近づいてくる一つの人影が映る。
 先頭を歩いていた櫛が、
「あら? あの人は……。そう、もうそんな時期なのね」
 と意味ありげに言った。
「櫛さん、向こうから走ってくる人を知っているのですか?」
「そうね、木霊は初めて会うわね。ちょっと、元気すぎるのが難点だけど、私たちにはとても大切な、必要不可欠な子よ」
「うわ〜、相変わらず元気だねー。あ! 今の見た? 十夜。転んじゃったよ。痛そー」
「うん、痛そうね。包帯と太い枝を用意しない、とね」
「そんな大げさな……ん、枝?」
 苦笑いしている十真に十夜は、「冗談よ」と言って荷馬車から降りた。
 影は更に近づいていた。
 影は立ち止まると元気良く両腕を上げ、ぶんぶん振り回し、更にぴょんと飛び上がって、
「おーーーーい! お待たせー!」
 また勢いよく走りだす。
 十夜は道端に落ちている枝を拾い上げ、ぶんぶんと振り回し品定めをしている。翼がぱたぱたと揺れていた。
「やれやれ……」
 影に向かってそう言ったのは官兵衛だ。頭を手で押さえた。
 押さえている間にも、影はいつの間にか、顔立ちまではっきりと見えるところまで来ており、
「お待たせしましたー! 親方さま! ご無沙汰しておりました! あ、皆様もこんにちはー!」
 官兵衛の目の前で急停止する。その勢いで、後頭部にまとめ上げた短めの髪が馬の尻尾のように元気良く跳ね上がっていた。
「彩加。相変わらず元気そうだな」
「はい! 元気ですよ! はぁはぁ」
「久しぶりね彩加。はい、お水――」
作品名:八国ノ天 作家名:櫛名 剛