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八国ノ天

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「くっ、わかったよ。ただ、あいつらに言われていたんだ。あんたらのような五人組か、身分の高そうな若い男女の二人組を見かけたら、誰でもいいから絶対、連れて来いって。まさか本当に現れるとはね……だから一番、小さい子を狙ったんだよ」
「なんてこと……、制裁者は私たちの動きを把握していた……彼らがここまで介入してくるなんて」櫛は言った。「官兵衛。私、行くわ。あそこは、佳世の行くべき場所ではない。それに、あの男の真の目的は私だから」
「わかった。俺たちは後で追いつく」

 櫛が出て行くと、
「さて、女将はでかい船を手配してくれ。あの馬車と俺たちが乗れるくらいのな。あと……」
 女将はしぶしぶと、官兵衛の要求に従った。

    5

 佳世は仮面を手に取っていた。
 ――私は……。
 手が震えていた。

 ――――私は卑怯だ――――。

(だけど私は知りたい。木沙羅さまの本当の想いを、望みを。たとえ知ったところで、木沙羅さまの心に光を灯せるかどうかまでは、わからない。だけど、バドは木沙羅さまの心に光が灯った時、この仮面が外れると言った……)
 佳世は仮面を裏返した。裏面には金色の目が閉じた状態で描かれていた。
 ――え?
 佳世は目を疑った。閉じていたはずの金色の双眸が佳世を見つめていた。形といい大きさといい、それは佳世とそっくりだった。
 思わず佳世は仮面を遠のけた。しかし、金色の瞳はまとわりつくように視線を佳世の瞳に縫いつけていた。
「開眼したか。ぬしは天罪ノ面を選択した。さあ、今ぬしができることは何だ?」
 バドの口が歪む。
(……本当に心を読んでいる? まさか、バドの能力って……?)
 額に汗が滲む。
「どうやら気付いたようだな。そう、わしは人の心を読める。だが、勘違いするなよ。天罪ノ面を選択したのは、ぬしだ」
 佳世は心を弄ばれた事に怒りと悔しさを強く抱いた。そして、バドに対して何もできない自分自身をこれほど呪ったことはなかった。が、佳世は感情を抑え込み冷静になろうとした。
(ここで終わるわけにはいかない。私は……私はぜったい生き抜く! そして、木沙羅さまを救ってみせる)
 佳世は唾を飲み込むと、仮面を顔にあてた。
 するとまるで生き物のように、仮面は佳世の顔にぴったりと付着した。不思議なことに、手にしていた時は重みがあったにも関わらず、身につけている実感は全くなかった。
 佳世は仮面の中で目を開けた。当然、穴の無い仮面から外を見ることはできなかった。

 闇。そして――、

 ドクン。
 突然の衝撃。

 心臓の鼓動にも似た、しかし、それとは比べ物にならないほど大地を震わせるような衝撃が全身に走る。
 佳世は本当に地面が揺れたのかと思い、倒れないよう両腕を伸ばしバランスを取ったが、それが違うと気付くのに時間は掛からなかった。衝撃が佳世の身体で急速に変化する。
 自分の意思に関係なく、どうしようもないほどの怒りが込み上がってくる。脳みそに熱い血が煉り込んでくる。
 かつて経験したことの無いほどの怒りだ。怒りで何も考えられない。何に対しての怒りなのか、もはやそれが何なのかさえわからない。

 ドクン。

「あ、あ……あ……や」
 頭の中に見える得体の知れないものが渦を巻く。自分の身に一体、何が起きたのか考える時間は与えられなかった。今度は空から叩きつけるようにして、衝撃が雷となって佳世の身体を突き抜ける。
 渦から憎しみが溢れだす。
 抑えられない。耳鳴りとともに肋骨がきしみ声をあげ、胸と背中に圧迫するような激痛が絶え間なく襲う。鼓動が速くなっていく。何も考えられない。

 ドクン。

「い……や……やめ……あぁ、がっ……」
 今度の衝撃は重く、ゆっくり伝わるような大きな波だった。
 波が胸から身体の先端へと広がっていく。波が脳へ到達したとき、悲しみがどろりと溢れだす。
 何も見えない状態がさらなる不安と恐怖を呼び起こし、佳世の思考を引き裂いていく。
 痛み、怒り、憎しみ、悲しみ、不安、恐怖が、らせん状に絡み合い、頭の中を引っかきまわす。
 何千匹もの蝉の狂った鳴き声が、頭の中で煮えたぎるようにこだまする。
 追い打ちをかけるように、胴体から頭、腕、脚が引き千切られそうになるほどの激痛が襲ってくる。
 佳世はあまりの痛みに呼吸の仕方を忘れてしまっていた。吐くことはできても、吸うことができない。
 全身、汗だくになりながらひざまずく。自分で何をしているのか、わからないほどに床を這ったりかきむしったり、頭を痙攣した手で押さえたりしている。
 男たちはその狂気に震え、麗もまた、わずかに目を逸らしていた。
 闇の中の狂気――。
 痛ましいほどの叫び声をあげ――、
 うえぇっ。
 佳世はあまりの気持ち悪さに吐いた。吐いた勢いで空気を吸い込む。
「イ……たいよォ」
 やっと声に出したものの心、体、頭、内臓、何が痛いのかわからなかった。とにかく何でもいいから言いたかった。涙が床に落ちていく。
 幸いなことに、これを境に緩やかにではあるが、感情も痛みも徐々に治まっていった。
 不安と恐怖だけが体に残っていた。佳世はすっかり怯えきっていた。開きぱなっしの目からは涙が溢れ続け、手足を縮こませ口元から唾液が漏れていた。
「これで仮面は定着したようだが、このぶんでは一日と持たぬな」
 バドが満足そうに、そう言った時――、
「通しなさい」
 鳥居の方からだった。
「佳世! どこ?」
 佳世は耳を疑った。それは聞き覚えのある声だった。
「この姿は……佳世なの? 佳世!」
 佳世は体を丸め震わせていた。
「佳世、こっちを向いて! 佳世!」
 暗闇の中で聞こえてくる音と声は恐怖だった。それでも、勇気を振り絞って佳世は、怖々とした表情で声のした方へ顔を向けた。が、すぐに俯いた。
「まさか天罪ノ面? なんてことを……」櫛は恨めしそうにバドを睨めつけ、佳世に声をかけた。「佳世、私が見える?」
 佳世が首を横に振ると櫛は落ち着かせるように、
「ゆっくり呼吸を整えて。そうすれば気持ちが落ち着いて平常心を取り戻せる。動揺していては何も見えないわ。いい? あなたならできる」
 佳世は櫛の言葉に従った――小さく息を吸い込み、気持ちを落ち着かせる。
 すると仮面の中に小さい白い光が現れた。それは蛍のように儚いものだったが、長く暗い洞窟をさ迷ってきた佳世には希望の光だった。
 視界が広がって行くようだった。
 佳世は恐る恐る顔を上げてみた。
 さっき声がした方へ――櫛以外の人間を見ないように鳥居の方へ目を向ける。
 櫛はそこに立っていた。手に長巻を持ち、櫛の目は佳世をしっかり見ていた。
 佳世は櫛の元へ近づこうと立ち上がり、「……櫛さん」片手を伸ばし名前を呼んだ。
 ――っ!
 佳世は硬直した。それは自分の腕ではなかった。
 いや、自分の腕であることは確かだが、あきらかに肌の色が違っていた。褐色だった。
 佳世はまさかと思いつつ下を向いた。胸の下あたりまで伸びた髪が前に垂れる。意識して先に足を見た――褐色だ。そして、目線を移す。
(髪まで!?)
 佳世は髪を掴んだ。これも自分の髪だった。佳世は手に掴んだ金色の髪を茫然と見ていた。
作品名:八国ノ天 作家名:櫛名 剛