八国ノ天
「彼らが書から学んだもの……それは遺跡から掘り起こした古の武器と道具の使い方だった。より大きな富と力を求め、彼らは軍事力を急速に発達、強大化させて行った。そして他国を侵略し、古の道具を使い国を大きくしていった。たしかに国は豊かになった。しかし、その豊かさは支配者のものだった。彼らはそれを文明発展と言った」
バドは佳世の目を見た。「これが、何を意味するかわかるか?」
佳世は何も言えなかった。
「彼らもまた滅びの道を歩み始めたのだ」
「我々は学んだ……人類は書を手に入れても滅びの道を選ぶと。だから、わしらは脅威となる者を排除した」
「わからない……」
「何がだね?」
「人が書を求めることは、わかりきっていたはず。だけどなぜ、そのまま手の届く所に置いていたのか」
「それは簡単なことだ。人は書を求めて常に争い続ける。そうなれば、国は疲弊する。あとはどうなるかわかるだろう?」
「ますます、わからない。一体、何がしたいの? たとえ、書が無くても文明は発展していくと思う。だけど、あなたたちはそれを否定するだけでなく、力で……命を奪うことで歴史そのものを支配しようとしている」
「その通りだよ! よくわかったねえ!」バドは満面の笑みを浮かべ興奮したように言った。「人間は愚かだ。だから、わしら制裁者が直接、手をくだすことで滅びを事前に防がなければならない」
「なぜ、そう言い切れるの? 発展したからといって滅ぶとは限らない。あなたたちは、そういった可能性まで捨てている」
「都合の良い解釈だ。わしらの使命は滅びを事前に防ぐこと。そのためには、どこかで線引きしないといけないだろう?」
「愚かな……」
「それは、ぬしの物差しで測ったゆえの発言だな。わしらから見れば、ぬしが否定していることに違和感を覚える」
「バド」麗が呼びかけると、バドは頷いた。
「話が長くなったな。これでわしら制裁者というものがわかっただろう。ぬしは賛同できぬようだがな」
「私にはあなた方の考えは、受け入れられない」
「佳世と言いましたか?」佳世は黙って麗を見た。
「あなたは知っているのかしら? あなたと一緒にいる櫛は、私たちと同じ制裁者であることを」
「……え?」佳世は、「そんなはずはない」と付け足したかった。しかし驚きが勝る。
「櫛こそ制裁者の名にふさわしいカムイよ。彼女の力は一瞬で多くの命を奪えるのですから」
「嘘です! 櫛さんはそんな力は持っていません。命を奪うなんて……櫛さんは私の傷を癒してくれた……」
「また都合の良い解釈ですね。カムイの能力は一つだけではありませんよ。治癒能力は彼女の能力の一つにすぎません。彼女は滅ぼすために力を与えられた存在なのですよ」
佳世は信じられなかった。あの櫛が、そのような力を持っている事を。心が踏みにじられていくようだった。
だが――、
「たとえ……そうだとしても、櫛さんはそんな非道なことはしない。あなたたちとは違う」
麗とバドは一笑した。
「あなたは、どこまでもお人好しのようね。どうしたら会って間もない人に対して、そこまで信じることができるようになれるのかしら?」
「それに、ぬしがそう信じていても櫛はどう思っているか、わかっておるのか? 櫛だけではない。ぬしの仲間全員、ぬしと同じような考えを持っているわけではないぞ」
「そんなことは……」
「決してないと言い切れるのか? 木沙羅王女はどうだ?」
「な……木沙羅さまは関係ない!」
「いや、あるな。ぬしは王女と再会したいのであろう? かつてのように幸せに暮らしたいと」
バドが言うことに間違いはなかった。佳世は拳を強く握り締めていた。
「ぬしに一つ忠告しておこう。今、ぬしが王女と再会できたとしても、決して王女は心の底から喜ばないだろう。一生、心の中のどこかに闇を抱え込むことになる」
「そんなことはない! 私たちは家族のように暮らしてきた。会えば嬉しいに決まってる。あなたにそんな事、言われる筋合いはない!」
「今のぬしには何を言っても、理解できないだろう。話は終わりだ」
「勝手なことを……」佳世はバドを睨みつけた。
激昂した佳世をよそに、バドは平然として、「さて、はじめにも言ったが、ぬしは大罪を犯している」と言い、佳世の目の前に奇妙な形をした仮面を置いた。
その仮面は男たちがつけているものと似ていた。一見、スウェード調の黒い革生地のようだが、見たことの無い素材だった。中央には、はみ出るくらい大きく【天】と白色で文字が描かれていた。目の穴は無かった。
「これは天罪ノ面。最も罪深き者につけられる仮面だ。この仮面をつけて無事に外せた者は一人。他はつけたと同時、もしくは、一週間ともたず心の闇に蝕まれ死んだ。つけるつけないは、ぬしの自由。ひとたびつければ、王女の心に真の光が差し込むまで外れることはない。つけなければ、ぬしは永遠に王女の真意を知らぬまま一生を過ごすことになる」
――王女の心に真の光が差し込むまで外れることはない――
佳世は油汗をかいていた。バドのこの言葉は、佳世の心を激しく揺さぶったからだ。まるで、佳世の心の奥底を見透かしているかのようだった。
(しっかりしろ。そんなものに頼る必要なんてない。木沙羅さまも会えば嬉しいに決まっている。当然ではないか)
――そう、会えば……再会を果たした瞬間、嬉しいに決まっている……。
――そうだ。決まっている……はずだ。だけど、……。
心の中で引っかかるものがあった。
(会ったその後は?)
「ちなみに天罪ノ面をつけない場合は、別の仮面を用意している。まぁ人間、知らないことの方が楽で幸せだな。それに、ぬしは可能性を信じているのだろう? ここから出られる可能性を」
(くっ、……私の中に入り込むな!)
「さぁ、選ぶんだ。逃げることは死を意味する」バドがそう言うと、周りに立っていた男たちが短剣を手にした。
佳世は天罪ノ面をじっと見つめた。
(彼の言うことを信じていいのか……会った後……木沙羅さまとの再会を果たしたその後は……木沙羅さまの本当の想い……望み。私にとって一人の家族。そして、それは木沙羅さまも同じ……私は……)
きっと同じなはずだ……私は……。
仮面の両端を汗ばんだ手で掴む。
いつの間にかひぐらしの声は消え、油蝉の声に変わっていた。
4
十夜と十真、官兵衛と櫛が宿に戻ったのは夕方より少し前だった。
ほぼ同時刻に戻った彼らは、佳世がいないことに気付くのにそれほど時間はかからなかった。
官兵衛と櫛は一階の玄関口にいた。
「女将、本当の事を言え」官兵衛は女将に詰め寄った。
「だから、知らないって言っているだろう! なんで、あんたにそんな事、言われないといけないんだい?」
「部屋の床に睡眠薬の入った茶が染み込んでいたぞ。それに、こいつらが吐いた。十夜、十真!」
十夜と十真が二人の男の腕を掴みながら、廊下の角から現れた。
「あ、お前たち!?」
「まさか、宿の人間が人さらいをしているとはな。これが世間に知れてしまってはもう、お天道さまも拝めねぇな」