八国ノ天
深い眠りについている佳世を除いて、少し離れた場所で官兵衛たちは岩場に腰かけていた。皆が官兵衛を見ていた。
「あの子はカムイだ。間違いない……」官兵衛は言った。
「でもあの子、能力は無い感じだったよ」十真は十夜と目を合わせながら答えた。
「そうね、私が十真の治癒を施している時も、初めて能力を目にするような顔をしていたわ……」櫛も人差し指を顎にちょこんとのせながら言った。
「だけど間違いない。俺の能力は知っているだろう? 今日も城に侵入していた時、上階の方に存在を感じていた」
「そういえば官兵衛、言っていたわね。『もしかするとこの気配は、月のカムイかもしれない』って」櫛は言った。
「そうだな。だが、城で感じた気配と佳世の気配は同じだった」
「ということは、城にいたのは月のカムイでは無かった……じゃあ、彼女は一体、何者なの?」十夜は佳世を見た。
「能力を見てみないことには、なんとも言えない。それにしばらくの間、このことは本人に黙っておこうと思うんだが、みんなはどうかな?」
反対する者はいなかった。話がまとまると全員、眠りについた。
5
気づくと佳世は、燃えさかる炎に囲まれていた。
じっとしていれば焼け死んでしまいそうなほど、炎の勢いは激しかった。
佳世は走った。あちこちから泣き声や悲鳴が聞こえる。
――こ……だ……。
ばちばちと焼け崩れる音にまぎれ、誰かを呼ぶ声が聞こえる。
――こだ……ま……。
見えない誰かは誰かをもう一度、呼んだ。
――こだま。
今度は、はっきり聞こえた。こだまという人を探しているようだった。
佳世は声のする方へと歩いた。
いつの間にか紅蓮の炎は雨にかき消され、黒い地面から灰色の煙が立ち昇っていた。
ずぶ濡れになりながら、佳世は誰かの前に立っていた。目の前の誰かは、仰向けに倒れていた。
――こだま。
目の前の誰かは誰かを呼んだ。
佳世は倒れている目の前の誰かの手を握った。知っている大きな手だった。
――こだま。
懐かしかった……。
――こだま……。
悲しかった……。
――――こだ……ま……。
悔しかった……。
――か……よ…。
――佳世。
「佳世!」
佳世は目を開けると、陽は高く昇り緑草が頬を撫でていた。
「佳世、すごく疲れていたんだね。起きれる?」朝の陽光を浴びて白銀のような淡い栗色のような十真の髪が、佳世の目覚めを祝福する。
佳世は十真の顔をじっと見つめ、次に自分の手に目線を移して何かを思い出そうとした。
ふと昨晩のことを思い出すと、佳世は起き上がり挨拶を交わした。
「大丈夫そうだね。今日もたくさん歩くと思うから、しっかり食べないとね」そう言うと、十真は食事の準備をしている十夜と櫛の所へ小走りで走り去った。少し離れた所で官兵衛が火をおこしていた。
なんとなく、気が重い。
朝食の時間、一足先に食べ終えた官兵衛が話を切り出した。
「追手から逃れるためにも、八国の地を離れ、長州五国に向かおうと思う」
「それが賢明のようね。もう狗奴が伊都の支配下に置かれるのは時間の問題。長州五国の方へ行けば、木沙羅王女に会えるかもしれないわね」櫛は言った。全員が櫛の言葉に頷いた。
「佳世。これからの旅はきっと長くなる。でも、木沙羅王女やキアラに会えると良いな」官兵衛は言った。
「はい、早く昔のように一緒に暮らしたいです」本心だった。昨晩は、カムイや世界のことで頭の中はいっぱいだったが、佳世は何よりも木沙羅に早く会いたかった。早く会って、心の底から一緒に笑い合いたい。
食事を終え、すべての準備を整えると一同は出発した。
「ねえねえ、佳世は長州五国は行ったことあるのかな?」十真が後ろから、佳世の顔を覗き込む。
「いえ、ありません……どんな所なのですか?」佳世の両隣りに十夜と十真が並ぶ。
「美味しいものがたくさん、あるのよね。ちょっと楽しみ」十夜の目は、すでに何かを狙っているように見えた。一瞬、ばさっと翼が開いて閉じた。
「佳世」佳世の肩に手をおきながら、十真は見つめる。
「……はい」佳世は十真をちらっと見るが、すぐにまた俯きながら前を向いた。
「元気、出しなよ。大丈夫だよ! 絶対、木沙羅王女に会えるし、キアラっていうカムイにも会えるよ」
「そうね。私たちもいるし、元気だして行きましょうね」十夜は言った。
「あれ? 十夜、今のお姉さんみたい」
「みたいじゃなくて、実際、あなたのお姉さんでしょ」十夜が十真の頬に人差し指を押し付ける。
佳世は十真を見ると、手の甲を口にあて、くすっと笑った。
十真も「ははっ」と苦笑いした。十夜も笑う。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です」佳世は片腕を上げ自分の顔の前で拳を握ると、「こう見えても、私はいつまでも落ち込むような子ではありません」と、元気よく答えた。
「佳世……そうだよね! でも、さみしくなったり辛くなったらいつでも言ってね」十夜は佳世の頭を優しく撫でた。
「はい。ありがとうございます」
佳世と十夜がいい雰囲気で話している間、十真は瞳を潤ませていた。
その様子に気付いた十夜が、「十真、どうしたの?」と訊いてみる。
返事がない。もう一度。
「十真?」
「……ぃい」
「ん?」
「かわいい」
「……?」佳世も十真を見た……少し嫌な予感がした。
「なんて健気なんだろ、ああもう! 可愛いなあ佳世は!」
「わっ」翼を大きく広げた十真に抱きつかれ佳世は頬を赤らめた。
「ちょっと、十真さん……恥ずかしいです」
しかし、十真はぎゅっと抱きしめた腕を離さない。頬を擦り寄せてくる。城の中で、こんな風に人と接することなんてなかった。なんとなく照れくさい。
「十夜さん、見ていないで助けてください」
十夜は、ぱたぱたと翼を動かしていた。
「あれ? 十夜さん、もしかして楽しんでますか?」
「これから賑やかになりそうね」前を楽しそうに歩く三人を見ながら櫛は言った。
「まったくだ」
ふん、と腰に手を当て鼻息を鳴らしながら、官兵衛は目を細めた。
官兵衛の横顔を楽しそうに覗き込んでいる櫛に気付くと、官兵衛は目をそらして咳払いをした。
「長州五国は遠いな……」
「まったくね」
櫛は後ろに手を組みながら、くすっと微笑んだ。