八国ノ天
十夜は剣と盾を岩場に置きに行く。岩場には大剣以外にも、弓矢と長巻きが置かれていた。
「料理はできているし、水もたくさんあるぞ。十夜、手伝ってくれ」官兵衛と十夜は、樫の木で作られた皿に料理を盛りつけていった。
4
食事をとった後、佳世たちは焚火のまわりを囲むように岩や草むらに腰かけていた。
「三五〇〇年前か……なるほど。月のカムイ、キアラは天と地が一〇〇年後、迎えに来ると……そんなことを言っていたか」佳世が話し終えると、官兵衛が切り出した。
「はい」
「ふむ、カムイ地とは俺のことだ」
官兵衛の突然の発言に、佳世は目を丸くした。
「それでは、もしかして櫛さんが天ですか? さっき、傷を癒した力だって……」
「いや、確かに櫛もカムイだが天ではない。天は見つかってもいないし、初めからどこにいるかもわからない」
「え? 初めからいないとは、どういうことですか?」
「順を追って説明しようか」そう言うと官兵衛は水を一口飲み、「まず佳世が今、手にしている光明ノ書だが、それが何かは知っているかな?」
「人々に幸福と繁栄、奇跡をもたらすものと聞いています。また永遠の命をもたらすと」
「それは、後世の人間が書いた本の受け売りだ。実際は違う。こいつには、三五〇〇年前までに人類が発明した技術や文明知識が詰まっている」
佳世には何を言っているのか、さっぱりわからなかった。
「わかりやすく言えば、そいつには何千、何百万もの本が入っているんだ。そして、カムイと社があれば好きな本を取り出していつでも読む事ができる」
「そうなのですか……全く知りませんでした」明道記をはじめ、今まで読んできた本の内容と事実の違いの大きさに、佳世は唖然とした。
「それはそうだろう。およそ三五〇〇年前からその後、数百年の間に地球上にあるほとんどの建築物は崩壊し、人類は築き上げてきた文明を失ってしまった。だから、その時代の記録が残っていないのは当然といえば、当然だな」
「次はカムイだ。これも簡単に説明するとカムイというのは、書を危険人物や敵対する国家などから守ったり、書の知識を伝えるのが主な役目だ。この役目を担うカムイのことを伝道者と呼ぶ。カムイは書を守るために、人とは異なる能力を施されてはいるが、あくまで人間だ。死んだらそれまでだし、普通の人より回復は早いが病気や怪我もする」
佳世はその話を聞いて、キアラが背中に深い傷を負っていたにも関わらず、一週間ほどで回復していたのを思い出していた。官兵衛が話を続ける。
「そして、カムイには審判者、滅罪者と呼ばれる伝道者を監視する者もいる。審判者と滅罪者の違いは今は気にしなくていい。まあ、審判者が天で滅罪者が地というわけだ。ここまではいいかな?」官兵衛はここで、一旦、話を区切ると水をぐいぐいと飲みほした。
佳世は頭の中で整理すると頷いた。
「よしよし。これでやっと質問に答えられるわけだ。続けるぞ」
少し間をおいて、「およそ三五〇〇年前に起きた戦争をきっかけに、文明知識が失われるのを恐れた人類は、書を作りカムイを生みだした。そして、一〇〇年後にカムイと書を復活させることで、人類の歴史が巻き戻るのを防ごうとしたわけだ」
佳世は頷いた。
「たしかに俺は一〇〇年後、目覚めた。しかし、天のカムイはいつまで待っても現れなかった。そこで俺は天の社へ向かい、カムイ、柊 将人を探した」
(柊……)
「そこでわかった事は、彼は最初から眠りにつかずに、どこかに行方をくらませたということだった。彼が何を考え、どうしてそのような行動をとったのかはわからない。その後、俺は天を探し続けながら月や太陽など社を廻ったが、どの社も鍵が消え復活させることができなかった。しかし、それは当然と言えた。なぜなら書を守るため誰かによって、鍵が持ち出された可能性はある。それに、一〇〇年経っても戦争は続いていたからな。むしろ、一〇〇年後の方がひどかった……この頃になると、様々な人工種も現れるようになり、戦乱に乗じて盗られた可能性もある」
「人工種……?」佳世は言った。
「人工種とは十夜や十真、鬼たちのことだな。カムイと同じ技術で生まれた、おもに戦闘に特化した人間のことだ」
「そうだったのですね。本にはただ一括りに妖怪と書かれているだけで、その生い立ちは全く知りませんでした」
官兵衛は、そうだな、と相づちを打った。
「話がそれてしまったが、カムイと書について、わかってもらえたかな?」
「はい。そうすると、今までのお話から官兵衛さんたちは、今も天のカムイと鍵を探し続けているのですか?」
「まあ、そういうことになるかな」
「……?」佳世はどこか釈然としなかった。
「俺たちは、どの国に属することもなく旅を続けている。旅の目的は佳世が質問した内容も目的の一つと言えるかもしれない。しかし、本来の目的は別にある」
「本来の目的……」
「そうだ。それじゃあ、今度は俺が佳世に質問しよう」
「はい」
「佳世は、書を手に入れたら何をしたい?」
「え……?」
「何のために使いたい?」
佳世は今まで考えもしなかった問いかけに答えられないでいた。
「訊き方を変えようか? 例えば、ヒルコが書を手に入れたら、何をするだろうか? 何のために使うだろうか?」
「それは、過去の文明の力を復活させて、三五〇〇年前のように国を繁栄させることでしょうか……」
「じゃあ、テナイならどうしていただろうか? 他の人間は?」
官兵衛が言わんとしていることが、何となく分かってくる。
「もしかして、私たち人間がこれからどう歩んで行けば良いか見定めようとしている。それが本来の目的でしょうか?」
話を聞いていた全員、驚いた様子で佳世を見つめた。
「そうだ。よく気付いたな。世の中には、色んな考えを持ったやつがいる。古代文明を復活させ力を得ようとする者。これはニニギやヒルコなんかが当てはまるな。逆に古代文明の力を頼らずに現状を受け入れ、今のまま生きようとする者。これは雛国のテナイがそうだろう。他にも書に頼らず自分の力で文明を発展させようと考えている者もいる」
官兵衛はここで一呼吸入れ、
「そして、書の復活や文明の発展を阻止しようと考えている者もいる」
「制裁者……」佳世は天罪門を思い出していた。
「そうだ。まあ、制裁者に関しては、今はいいだろう。俺が言いたいのは、人類は過去、自らの文明を滅ぼしてしまった。そして、今一度、歴史を再び歩み始めようとしている。二度と失敗しないためにもどう進むべきか、カムイとして、一人の人間として見定めたいと思っている。無謀なのかもしれんがね」
焚火の燃える音、虫の音、草木の揺れる音だけが聞こえる。
「話が長くなってしまったな。今日はもう遅いし、そろそろ寝るとしようか」官兵衛は言った。
佳世は草むらの上に敷いた布の上に横たわっていた。
櫛の笛の音が聞こえてくる。佳世は目を閉じた。身体が沈むように重い。
今日はたくさんの事が起こり過ぎて、今はもうただ子犬のようにひたすら眠りたかった。しかし、そんな心配をしなくとも笛の音が遠のき、すぐにその瞬間は訪れた。
焚火の炎がゆらりと揺れる。