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八国ノ天

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 十真の足には限界が来ていた。鞍丸の重い槍の攻撃を受けるのは、体格的にも力でも劣る十真にとって、かなりの負担だった。

「鞍丸さま!」
 騒々しい足音と同時に声が響く。
 佳世の背後、林の中から騎馬武者と兵士が現れた。
「佳世!」十真が間合いをとりながら呼ぶ。佳世はあわてて、十真の背後へと走った。
 鞍丸と兵が二人を囲むようにして、じりじりと距離を詰める。
「さあ、おとなしく渡してもらいましょうか?」鞍丸は言った。
「これは、あんたたちが持っていても意味がないよ」
「それは、あとで考えるとしましょうか。やれ!」
 佳世は息をのんだ。

「十真!」
 声と同時に、武者が馬から崩れ落ちた。周りの兵は驚いて嘶きをあげる馬に目を奪われていた。
 その間に声の主は、馬上を飛び越え十真の横に並んだ。十真と同じ姿をしていた。
「十夜! 私たちを追ってきたの?」十真は言った。
 十夜と呼ばれた女性は、そうね、と頷きながら肩まで伸びた髪をばさっとかきわけた。
 十夜は左腕に固定された円盾を持ち、右手に真っすぐ伸びた両刃の剣を握っていた。
 佳世は二人の背後に立っていたので、十夜の顔はわからなかったが、二人の姿はうり二つだった。髪の長さと手にしている武器を除けば。
 十夜は十真の怪我に気付くと、落ち着いた口調で「跳べる?」と小声で言った。
「うん、一人なら跳べる。十夜、佳世をお願い。あとは私が"どかん"とやるから」十真の茶色の瞳に佳世が映る。
 十夜も佳世を見た。紺青色の瞳が優しく佳世に微笑む。
「佳世、弓矢を」そう言って十真は、佳世から弓と矢筒を受け取ると、「佳世、合図と一緒に十夜にしがみついて。いい?」
 佳世は頷いた。
 十夜たち三人は道なりに後ずさりを始める。背後には木々が立ち並び、およそ五メートル幅の道が深い森へと続いていた。
「これはこれは、またまたどうして。もう一人、いたとは」
「あなたには関係ないこと。それよりもあなたたち、こんな所で遊んでいないで、伊都の相手はしなくて良いのですか?」十夜が鞍丸に言い返す。
「ふっ、こちらも重要ですからな」獲物を追い込むかのごとく、鞍丸は前へ進む。
「十夜、その子は私たちが探していた書を持っている」十真はささやいた。
 十夜は少しばかり驚いたが、黙ってうなずいた。
 十夜は足を止めると、鞍丸に言った。「でも、こちらに来たのは間違いだったようね」

 その言葉が合図だった――。

 十真が立膝をつきながらしゃがむ――スカートのスリットから棒手裏剣を巻いた太ももがのぞく。
「佳世!」十夜の呼び声に、佳世が十夜に抱きつく。
 十真の放った棒手裏剣が二頭の馬に突き刺さる――二人は翼を広げ跳んだ。
「あ!」兵たちが叫んだ時にはもう三人は、手の届かない所にいた。
 十夜と十真が跳んだ先は、道に沿って左右に立ち並ぶ木だった。二人は木の幹に足を付けると、それを土台にして更に高く跳び上がり、兵たちから離れるように翼を大きく羽ばたかせた。
 佳世は眼下に混乱している兵たちの姿を見た。十真の放った棒手裏剣の刃には、痛みを増幅させる薬か何かが塗ってあったのだろう。馬は狂ったようにその場で暴れていた。
 横を見ると十真が弓で狙いを定めていた。矢は通常のものと異なっていた。狙っている先はもちろん眼下の敵――矢が放たれる。
 矢が敵の中心地点に突き刺さると同時に、雷鳴のような爆発音が響いた。大気が震える。
 先に着地した十夜が佳世を降ろす。つづいて十真が二本目の矢を取りだしながら地面に降り立った。
「先に行って!」十真は、弓矢を持った両拳を上に持ち上げた。

 佳世の両脚は鉛のように重かった。目の前に立ち並ぶ木と木までの間隔が長く感じられた。それでも、走り続けなければならない。
 はるか後方で爆発音がしたかと思うと、あっという間にその音は佳世の目の前を通り、そのまま森の奥深くへ消えて行った。それが何回か繰り返された。
「佳世、それを私に。両手に抱えていては走りにくいでしょう?」十夜は言った。
(助けてもらったけど、私はまだこの人たちの素生を知らない。だけど、この人たちなら奪おうと思えば、すぐに奪えるだろうし……どのみち、今の私はこの人たちを信じるしかない……)
 佳世は十夜に包みを渡した。

 しばらくして、佳世と十夜は後から追いついた十真と合流していた。
 月夜の中、佳世たちは崖沿いの道を歩いていた。左手の崖から下は森が広がり、柵といえば、ところどころに古い時代に作られたと思われる錆びた柵の残骸があるのみだった。
 こういった道の傍には、遺跡が近くにあることを佳世は知っていた。だが、それらしいものは今のところ見つかっていない。
「もう敵は追ってこないよ」十真は言った。
「十真、足は大丈夫なの?」十夜は十真の足を心配そうに見た。
「ん、何とか大丈夫だよ……全力で走るのはきついけど、櫛たちとの合流地点まであと少しだし、頑張る」
「くし、たち……?」佳世は言った。
「櫛と官兵衛がね、この先で待ってるんだよ。二人とも人間だけど、櫛は十夜と私のお姉さんって感じかな。子供のころからずっと一緒だし。官兵衛はね、頼れるお兄さん……? ん? おじさん?」
 佳世の方が困った顔をしていた。
「おじさんにしよ」十夜は笑いながら話をまとめた。
 峠にさしかかった時、佳世は高さ一〇メートルはあるかと思われる建造物を前方に見つけた。それはまるで枠だけを残した扉のようだった。
「あの扉の無い大きな門は、天罪門と言って制裁者が私たちを裁くために、その門から軍隊を送ってくるんだって」十真は言った。
「本当かどうか疑わしいけど、一〇〇〇年前に、その制裁者が何千もの軍隊を引き連れて、とある国を滅ぼしたそうよ」
「あ、そのお話は聞いたことがあります。たしか、全国各地に同じような門がいくつもあって国が繁栄してくると、滅ぼしに現れるという伝説が明道記に書かれていますよね」十夜の説明に佳世が答えた。
「そうね、この辺の話は官兵衛が詳しいから、興味あれば会った時に聞いてみると良いかもね。さあ、着いたわよ」十夜はそう言いながら、先を歩いて行った。十夜の向かっていた先には、焚火の明りに二つの人影があった。

「十夜、十真。二人とも無事だったか」
「遅いから心配していたのよ」
「ごめん、心配かけて。でもみんな大丈夫だよ」十真がそう言うと、二人は安堵した。
「それで、その可愛い嬢ちゃんは、どちら様かな?」大剣を岩場に置きながら、少し無精髭を生やした短髪の大柄な戦士は言った。
「本当、可愛らしいわね。どちらの国の侍女さまなのかしら?」
 佳世は、いきなり身分を言い当てられたことに驚きを隠せなかったが、二人の方へ一歩、前へ出た。
「私はヒムカ国の王女、木沙羅さまの侍女で佳世と申します。あの、助けて頂いてありがとうございました」佳世は深々と頭を下げた。
「佳世と言うのね。私は櫛と言います。こちらは官兵衛。お互い、話したい事もあると思うけど、疲れたでしょう? まずはお食事にでもしましょうか」櫛は笑顔で言った。「でも、食事の前に傷を治すから、十真は私のところに来て。佳世も念のため怪我などしていないか診るから、こちらにいらっしゃい」
作品名:八国ノ天 作家名:櫛名 剛