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八国ノ天

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第二章 佳世



    1

 キアラの部屋は監視搭の三階にあった。佳世は両手に包みを持ちながら、ドアの前に立っている衛兵に会釈すると、いつも通りキアラの部屋に入った。
 ドアを閉め中に入ると、キアラは窓越しに外を眺めていた。あれだけ深手を負っておきながら、歩き回れるほどに回復していた。
「佳世か、昨日は……」
「どうか木沙羅さまと一緒に、この国からお逃げください」
「え?」
「木沙羅さまが、太陽の社へ連れて行かれました。何か嫌な予感がするのです」
 佳世は手短に、前日知った事実をキアラに話して聞かせた。

「わかった。だけど、なぜ木沙羅が太陽の社へ連れて行かれるんだ?」
「それは……わかりません。キアラさまは、太陽の社のこと何かご存知ではないのですか?」
「俺が知っていることと言えば、太陽の社には愛耶愛が眠っていることだけだ。まさか、太陽の社がこの国にあるとは思わなかったけどね。信じられないだろうけど、三五〇〇年前……当時は戦争中だった。そんな中、研究者である両親がカムイとして社で眠るはずだった。しかし、両親はそうしなかった。俺と双子の姉である愛耶愛を助けるため、自分たちの代わりに俺たちをカプセルに入れたんだ」
「かぷ、せる?」
「カプセルというのは人を眠らせる大きな箱と言えばいいかな。本来なら眠ってから百年後に起こされるはずが、なぜかそうならなかった」
「冬眠みたいですね。でもなぜ、起こされなかったのですか?」
「父から聞いたのは、カムイ、天と地が起こしにくるということだけだった。だが、彼らは来なかった」
「すると太陽のカムイさまも、まだ目覚めてはいない……」
「恐らくは……まずは鍵を揃えないといけないしね。何にしても太陽の社には行くつもりだった」そう言ってキアラは、部屋の中を見まわし、「問題は、この部屋からどうやって抜けだすか……」
「これをお使いください。幸いにもこの搭周辺の警備は手薄です」佳世は先程から両手に抱えていた布で覆われた大きな包みを紐解いた。中から出てきたのは長縄だった。キアラは縄を手に取った。
「そろそろ兵に怪しまれます。お急ぎください」
「佳世、君はどうするんだ?」キアラは縄を近くの柱に固定した。
「私には、まだやる事が残っています。ですがご心配には及びません。終わり次第、追いつきますから」
「わかった」キアラは窓越しに周囲に誰もいないことを確認すると縄を垂らし、窓際に立った。
「キアラさま」
「ん?」
「先程の話……私は信じます」
「佳世……」少し間をおいて、キアラは小指を差しだした。
「はい?」佳世は小首を傾げた。
「木沙羅を助けたら迎えに行く。一緒にこの国を出ような」
「はい。私も木沙羅さまに約束しました。『今度は私が木沙羅さまを助ける』と。だから――」
 佳世がほんのり顔を赤らめながら小指を出すと、キアラは自分の小指を絡めた。
 お互いに頑張ろう、と励ましの表情を見せるとキアラは窓から身を乗りだす。
 キアラが地上に降り立つのを見届けた後、佳世は縄を包みにしまい、何事も無かったかのように部屋を出た。

    2

 外はまだ明るかった。佳世は両手に先ほどとは異なる包みを手にし、城の入り口前に立っていた。
 入り口には衛兵が二人、槍を持って立っていた。陽の光を浴びて槍の穂が輝いていた。
(今、私にできること――)
 佳世は何かを決意したかのように腕に力を込めると、入り口を通り王の私室へと向かった。
(光明の書と鍵はきっと、ヒルコ王の部屋にあるはず。あの部屋が最も保管場所に適している……)
 王の私室入口には、衛兵二人と武将らしき人物がいた。別の表現で言えば、人間二人と烏のような黒い羽を背中から生やした天狗がいた。
 先日の鬼もそうだったが、天狗を見るのも佳世にとっては初めてだった。
 人間といわゆる妖怪と呼んでいる人種が共存していることは、八国の地をはじめ全国的には当たり前らしいのだが、ヒムカの国はほとんど人間で占められていた。
 また妖怪と言っても、遺跡から発見された文献によれば、元は人間でありカムイと同じ時期に生まれたものらしい。
 事実、鬼も天狗も肌といい、顔や体つきだけ見れば人間とさして変わりはない。角や翼が付いていたり、鬼に至っては体の大きさが違うだけであった。しかし、その身体的特徴が戦いにおいては、彼らの強みとなるのは間違いなかった。彼らは戦うために生みだされたのである。
 衛兵は、じっと立っていた。
 入り口のドアは開いているはずだ。
 佳世は心臓の高鳴りを抑えつつ、深呼吸すると入り口の前へ進んだ。
「止まりなさい。王はご不在です。お妃さまの近侍とはいえ、許可無く入らせるわけにはいきませんぞ」呼び止めたのは天狗だった。
「今日は、王さまに御用があって参ったわけではありません」
「では、なんですかな?」
「王さまの侍女が来れなくなったので、急きょ、私が身のまわりを世話することになったのです」
「はて? そのようなことは聞いておりませんが……」
「だから、急きょと言いました。それとも、あなた方が代わりにしてくださるのですか?」佳世は手に持っている包みを上げて見せた。
「いえ、そのようなことは……大変、失礼いたしました」
 そう言うと天狗は、素直に佳世を部屋へ通した。
 佳世は部屋の中を見まわした。私室は三つの部屋に分かれていた。一番奥に執務室があった。
 恐らくまだ、あの執務室にあるだろう。
 佳世には確信があった。なぜなら、つい先日も木沙羅と一緒にこの部屋に訪れていたからだ。あの時、木沙羅が援軍を送らなかった理由を王に何度も問いていたのを覚えている。
 佳世は執務室に入った。部屋には机が置かれ、その隣に真鍮製の南京錠が二つ付けられた木箱が置かれていた。王の私室ということだけあって、厳重に保管する必要がないのか、とにかく目的のものはその中にあった。
 佳世は腰の高さまであるその木箱の前にひざまずくと、包みを広げ木槌とくないを取りだした。
 くないの柄に布を巻き付け、錠前の取り付け部分にくないの刃をあてる。
(ここからであれば、音は入り口まで届かないはず……)
 木槌を振り下ろす。鈍い音がした後、じっとしたまま耳を澄ます……大丈夫のようだ。
 何度か振り下ろし取り付け部分が緩むと、佳世はくないを使って、なかば強引に取り付け部分を取り外す。額から汗が滴り落ちる。
(これで見つかるのも時間の問題ね。結構、時間も経っているし、これ以上、長居しては怪しまれてしまう……)
 箱を開けると、中に光明ノ書と袋があった。
 佳世は、袋の紐を解いて鍵が四つ入っているのを確認すると、書と壊れた錠前を一緒に包みにしまい執務室から出た。
 その時だった――。
 入り口に向かおうと体の向きを変えた瞬間、佳世は何かに激しくぶつかった。何かが落ちる。
 ぶつかったのは先ほどの天狗だ。その姿を見て、佳世の心臓は今にも叫び声を上げそうだった。脈が早まる。
「これは大変、失礼いたしました。なかなか出てこられないので、心配しましたぞ」
「いえ、私の方こそ。王さまの身のまわりを片付けるのは初めてでしたので、思っていた以上に手間取りました」
「なるほど、そうでしたか……」
作品名:八国ノ天 作家名:櫛名 剛