Zero field ~唄が楽園に響く刻~
「テオドリスの奴、しっかりやっているのだろうか…」
王座でポツリと独り言を漏らすと、勢い良く扉が開かれ一人の下っ端兵士が王室に慌てる様に入ってきた。それを追いかけるように王室の警備兵が入ってくると、下っ端兵士をとっ捕まえた。
頬杖を突いて詰まらなそうに下っ端兵士を眺める。
「で、用事は?」
どうでも良い様に聞く、その声にはさっぱり感情が篭っていない。本気でどうでもいいと思っているようだ。
警備兵に取り押さえられながらも、下っ端兵士が声を荒げて叫ぶ。
「アルセートレートの物どもが攻めてきました!戦争を起こそうという気です!」
「来てしまったか…」
王座で立ち上がると、ひょいと下っ端兵士のところまで跳ぶ。
警備兵に引くように手で支持すると、ゆっくりと持ち場へと戻っていった。
下っ端兵士が立とうとした時、兵士の体は警備兵よりも早く扉の外に追い出されていた。そして、ゴロゴロと転がってしばらくしてから止まる。
王座の両脇で俯いている大臣と思われる男女二名はいつになっても動いていない。すると、兵士を外に追い出したのは紛れも無い王座に座っていた子供だ。
子供は片足を上げていた。つまり、兵士を軽く蹴り飛ばしたようだ。
「ここは王室だ、無許可で入ってきて良い場所じゃない、例外は無い」
冷たい声で王室の外で転がっている兵士に吐き捨てると、ゆっくり左手を上げる。そこで初めて王座、向かって右の男が子供のすぐ左後ろに膝を付いて現れた。
「全軍に告げ、第一防衛接戦展開と」
言い終わるが先か、既に男の姿は見えない。行動は尋常じゃないくらいに早いようだ。そして、警備兵も外に出て扉が閉まるのを確認する。
次は子供が右手を上げると、今度は向かって左に居た女が右後ろで膝をついて現れる。
「私が前線に出る。あの使えない馬鹿どもに色々と言ってやりたいこともあるからな。しばらくの間、政治の方は任せる。いつも通りで構わん」
もうそこには女は居らず、代わりに子供とそっくりそのままの姿をした子供が立っていた。
「了解いたしました」
そう告げると王座に座った。
「さて、あの使えない馬鹿どもの元へ急ぐか」
そう言うと、ゆっくりと王室を後にした。
カチャカチャとナイフやフォークが食器とぶつかる音が机の上を占領しており、周りのガヤガヤと騒がしい中、その机だけがぶつかる音のみが支配していた。
完全に皆無言で、言葉を口にしたのは注文の時くらいでしかない。しかも、各自ウェイトレスに注文したため、誰も会話をしていない。
だが、みんなの食事が運んでこられて、個人差はあれど半分近く食べ終わった頃に、リョウが唐突に口を開いた。
「このステーキ、すてーきに美味いな」
完全に場違いな駄洒落である。リョウなりにこの沈黙の場を和ませようと思ったのだろうが、出来が悪すぎてどうしようもない。
だが、普段あまり喋らないリョウが口を開いたかと思えば、こんな下らない事を言うとは思っていなかったようで、レオンが小さく噴出してしまった。
それに釣られるように、フィル、シオンにまで感染し、小さな笑いから声を上げて大きな笑いへと変わっていった。さっきまで沈黙の机だったのが、大笑い、爆笑の机へと変わってしまった瞬間で、ガヤガヤと騒がしかった周りも、この時ばかりは静まり返った。
だが、三人の笑いがドンドン周りに伝染病のように感染していき、何があったかなんて関係なくただこの場、食堂を笑いの渦が統一した。
さっきまでの盛り上がりは、各机の盛り上がりだったのが、完全に食堂全体の宴会へと姿を変え、リョウたちは周りの大人たちと盛大に盛り上がっていた。
サザードの大陸の人間のほとんどに言える事は、お祭り事が大好きであるのとどんな相手でもすぐに打ち解けようとする努力があるところだと言われている。
「さぁさぁ!もっと飲んでもっと飲んでぇ!」
「お兄さん良い飲みっぷりね!」
「何?このチョーカー…あー!知ってるこれこの前お店で売ってた奴でしょー?」
リョウは気付けば周りに若い女性が数人で囲んでおり、勧められるがままに酒を飲んでいて、若干顔が赤くなっている。ちなみに、返事は全部「あぁ」で統一されている。
「おうどうした?!姉ちゃん!腕相撲大会だよ!やってみないかい?」
冗談交じりにツルッパゲの筋肉質の男が、腕相撲大会をしているのを眺めるレオンに声をかける。
ひ弱そうな子にやらせるなんて、お前どんだけ鬼畜なんだよ、などと言う声がツルッパゲの男に浴びせられるが、レオンはその声にカチンと来たのか無言でさっきから連勝が続いている青髪の逆毛男の前に出でた。
「ようよう姉ちゃん、俺に勝てるとでも思っているのかい?」
余裕を顔と声全体で表しながら、腕を出すレオンの手をしっかりと握ると、ゴングが鳴らされる。
周りがさっさと終わらせろー、手加減してやれーなどと言う声が二人に浴びせられているのだが、勝負が始まってから腕がピクリとも動いていない、むしろ、男の腕がプルプル震えているだけである。
「おっさん、悪いけど、この勝負…勝つ!」
と言った瞬間に、勝負を決めたレオンは、調子に乗って机に足を乗せて右腕を上に掲げて見せ、勝利のポーズを取る。
一瞬、皆驚いていたが、現時点の新腕相撲チャンピオンが決定し、さらに白熱し、レオンに腕自慢の男どもが列を作り始め、レオンも調子に乗ってドンドン倒していった。
そんな腕相撲大会で馬鹿みたいにむさ苦しい盛り上がりを見せる方向を眺めながら、静かに酒を飲みながら、美形の男達に囲まれているシオンは男達にさっきから面白い事をさせている。
腹踊りや力自慢などなど、色々な事をやらせてそれを見て楽しんでいる。完全に酔いが回っているようで、子供みたいに可愛らしく笑う。
その頃フィルはと言うと、ニコニコしながら宿の外に出てコーヒーをゆっくりと飲んでいた。
「相変わらず、この大陸は賑やかな大陸だ…」
「ほう、16年ぶりになるのかのう」
「テオドリス…あんたは全然変わってない、で?その俺の仲間は何でそうなってるんだ?」
テオドリスが傷だらけのテンを抱えて現れたので、フィルはテオドリスの方を見ないで声だけ掛けた。
「相変わらず、その眼はまだあるのだのう」
「無くならないさ、この眼もあんたらへの恩も…それより、テン治療しないとダメだろ、早く部屋に行こう」
そう言うと、コーヒーを一気に飲み干しバカ騒ぎをしている横を通って、自分達に割り振られている部屋へと向っていった。そして、部屋へと運び込むと手馴れた手つきでフィルがテンの怪我を手当てしていく。
消毒やらなんやらしている間、意識は無いにしても痛がる様に体が震える時があった。
治療中、テンの上半身が裸であったが、普段ふざけていてこういう時は興奮しているフィルだが、この時は真面目に手当てをしていた。どうやらこう言うのには慣れているらしい。
「あとはコイツの生命力次第で回復速度は決まるが、死にはしないだろうな」
「ディアよ、お前は世界を何回回ったのじゃ?」
テンをベッドに静かに寝かせると、さっきまで息が乱れていたのが、段々とゆっくりになっていく。
フィルはバッドの横にあるイスに座って、帽子を脱ぐと腕を組んだ。
「3回だ、それより、ショウはどうした」
作品名:Zero field ~唄が楽園に響く刻~ 作家名:異海 豹