Zero field ~唄が楽園に響く刻~
それが地面で砕けると、たちまちファナの傷が塞がり、魔力が回復していった。
不思議そうに自分の全身を見回すファナ派を面白そうに眺め、
「さっきシルフィーにもらった、聖者の玉って言う特殊な回復アイテムらしい」
と笑いながら、教える。
聖者の玉は生きているものの全ての傷を癒し、魔力を回復させるアイテムなのだが、それがどのようにして出来たのかは誰も知らないらしい。
ファナは不思議そうにショウを眺めると、一つの疑問を投げかけた。
「なんで私に使ったの?」
「ん?あれだよ、勝負の決着付いて無いだろ?」
当たり前のようにショウが微笑みかけ、それで頬を赤らめながらも準備を始めた。
それを見ていたレオンが、笑顔を浮かべショウ達に近づき、
「俺が審判をやるよ」
二人は笑顔で何も言わずに頷いた。
「だから勝っちゃうって言ったのよ」
見下すようにパームを睨みつけ、きつく言う。
クロナは不覚にも数回攻撃を受けたようだが、たかがそれだけで余裕で立っている。
それに対し、パームは完全にボロボロにされ、意識を保つのが精一杯なほどやられてしまっていた。
「こ、これほどまでの力があったなんて…」
トリーも動揺を隠せないでいる。
「そこまで耐えた事を褒めてあげる。
でもね、貴方なんかじゃ一生かかっても私を超えられない、他の国にあっという間に取り込まれるわ!」
観客席はいつも通りどよめきと歓声で、クロナたちの会話など一切聞こえるはずもなかった。
クロナは変わらずきつめの言い方で、叩きつけると、パームは自分の弱さを知り、次期アルセートレート王としてやっていける自信をなくしたようだ。
地面を強く叩くと、パームは涙を流していた。
「僕には…ガーディエッツ王族の様にオーライトの血があるわけでも無い…ポーテリッツ王族の様に召喚士の血があるわけでも無い…。
僕の王族には何も無い!普通の王族なんだ!…僕には…力が無い…」
嘆くパームを見たクロナは、バカらしく思えたのか口を開いた。
「バカね。
血が全てを決めるとでも思ってたの?血が力に関係するの?
王族には王族の努力があるわ、先代に負けないほどの技術、知恵、統率力…王族には必要な物が多いわ…
先代が偉大であれば、偉大であるほど、その後継者は苦しみ、努力して、先代並、先代以上になるのよ。
貴方に何も無い?あるじゃないその剣儀。
普通の王族?なら特別に変えてしまえばいいじゃない、その剣儀で。
貴方に力が無い?…バカも大概にしなさい、貴方が私につけたこの傷、この大会で貴方だけよ。
貴方は私も見た事がなかった独特な剣儀よ、その剣儀を貴方がどこまで活かし、どんな王になるのか見てみたいわね…」
それを聞いたパームは、トリーを呼び寄せ深呼吸をしてから、立ち上がった。
「クロナ…僕の王になるための覚悟…最後に見ていってほしい…」
クロナは小さく笑い、希望を見つけたように、「ええ、いいわよ」とだけ答えた。
「召喚士じゃないから、トリーを使って戦わせられるほどの力を与えられないけど、僕はトリーと一緒に戦いたいって思ってた…
そして、見つけたんだよ…魂の刃なら…僕が触れ続ければ、戦えるほどの力を与えられるって…それが、これだ!」
力強く言葉を続けたパームは、トリーに手を振れ、目を瞑った。
それを見たクロナは、自分の本来使っている武器を呼び出した。
イージスシールドもグングニルもクロナの意思で何時でも手元に呼び出すことが出来るのである。
「駆け抜ける刃と共に戦う事を誓う!タイガーソウル!」
その叫びと共に、トリーの姿は風の刃の魔力をまとった剣となり、その剣は刀のような緩やかな曲線を描いていた。
クロナは微笑み、期待を胸に、武器を構えた。
「実践武器ならもっといい戦いが出来るんじゃない?」
「まぁ、汚いけどこの部屋を使っておくれ」
メヌリーが普段遣って無い部屋のドアを開いてシオンに見せる。
シオンはその部屋を見て眉をひそめた。
「メヌリー…雑巾をいただけないかしら?」
メヌリーは待ってましたと言わんばかりに、雑巾を即座に出してきた。
それを見たシオンはさらに目を細め、メヌリーを睨みつける。
「はなっから私にやらせる気でしたわね…?」
メヌリーは肩で笑いながら逃げるように階段を下りていった。
シオンが当てられた部屋は3階のいわゆる屋根裏部屋の様な所である。
シオンは姫にもかかわらず、子供の頃からワガママで姉妹の中では一番手がつけられなかったものの、自分の事はほとんど自らやっていた。
だから、世話のかから無い姫と言うことで、城に仕える召使達は誰もが彼女の担当になろうとしていたが、シオンが要らないと言う事で誰も仕える事はなかった。
とある事をきっかけに、シオンに二人だけ仕える事になったが、ほとんど友達感覚だった。
「掃除は何時やってもすっきりしますわね〜…って…」
雑巾で床を拭いていてすっきりした様な声を上げたところでやっと気付いたのか、雑巾を握り締めた。
「メヌリー!」
「はいはい〜…お〜…流石シオン様、綺麗に出来てるじゃないかい」
そろそろ終わってる頃だろうと思って戻ってきたメヌリーは良い笑顔をしていた。
簡単に言ってしまえば、シオンに仕えてるはずのメヌリーは、シオンを利用し、掃除させたわけである。
「メヌリー?これはわざとですわね?」
雑巾を握り締めている手がふるふると震えている。
メヌリーは大口で笑うとシオンの頭を撫でた。
「まぁ、シオン様をこんな部屋で寝泊りさせるつもりはなかったけどねぇ。
どうせなら働いてもらおうと思ってねぇ」
ここぞとばかりに嫌な顔をするシオンは、下に下りてしまった。
「えっと、あのここがシオン様が使うお部屋です」
メヌリーの娘は緊張しているようで、少し言葉が固い。
「シオン」
シオンが自分の名前をやわらかい雰囲気で短く言うと、メヌリーの娘は「はい?!」とびくついて背筋をピンと伸ばして立ってしまった。
「シオン、私の事はシオンって呼び捨てでいいですわ。
年の近い方に様と付けられるのは慣れてないのですわ」
シオンが苦笑交じりにメヌリーの娘に言うと、メヌリーの娘はキョトンとした表情を浮かべていたが、クスリと笑い何か吹っ切れたようだ。
「私、サラウィーン、皆からは、サラって呼ばれてるの」
自己紹介をして、サラは右手を前に出した、握手をするつもりである。
シオンはその手を迷いなく取ると、お互い笑顔で握手をした。
ガキン!キィン!
金属がぶつかり合う音が響く中、戦っている二人は笑っていた。
さっきから子供の遊びのような事ばかり二人でやっていて、見ている皆がそろそろ飽き始めていた。
「ショウ様はあれ…本気じゃないですよね…?」
サリナは少し不安になりながらも、確かめる様にイナに問いかける。
イナはやっぱりどうしても、サリナの「ショウ様」と言う言葉に聞きなれないものを感じているようだが、聞かれたことはしっかり答える。
「あれで本気って言ったら、私が倒せちゃうよ〜…ね〜」
と詰まらなそうに腕を組んで頭に乗せているフェニックスに同意を求め、フェニックスは「ピキィ」と頭を縦に振った。
フィルも隣で、とても詰まらなさそうに眺めており、リョウに関しては寝てしまっている。
作品名:Zero field ~唄が楽園に響く刻~ 作家名:異海 豹