Zero field ~唄が楽園に響く刻~
それを把握したサリナは微笑んで頷いた。
3回戦も、準決勝もいとも容易く勝ち進んだクロナは、残る決勝戦だけである。
少しの休憩時間の後、決勝戦と言われているが、正直クロナは今まで全く本気を出していないので、休息時間など必要ではなかった。
今、選手控え室にはクロナしか居らず、ベンチでゴロゴロと寝そべっているだけだった。
クロナはサニーをどうしようかと悩んでいた。
パーム戦で使っていたアレはきっと、真眼でスペル(呪縛)と思われた。
目を合わせてる間相手の動きを完全に封じる眼。
アレは天性のものでは無いとクロナは気付いていた。
と言うのも、真眼と言うのは、本来、生まれつきのものなら必ず虚無の魔力と共にあるはずなのだ。
真眼は、無いものを補う一つの手段として資格の有る者は生み出せる。
つまり、サニーは左腕を失った時、真眼を生み出した事になる。
セントバイトでは、真眼についての研究が昔からされており、一時期真眼を生みこむ技術の研究もされていた。
それに成功したのは、一人だけでその一人は今では誰なのか研究所が破壊された際に記録が飛んでしまった。
ただ、クロナに分かっている事は、その研究所にショウとテンが居たと言うことである。
実際、破壊された時何によって破壊されたのかと言うと、一人の少年。
つまりはショウと思われる。
真眼を埋め込む技術はそこの研究所の独断で開発されたため、今のセントバイトではまた作ることは出来ないにしろ、真眼の研究は続いている。
真眼の持ち主を国に連れ帰るのもまた仕事である。
もうここまで来ると、連れ帰らないわけにもいかなくなっているのだ。
これ以上研究を続けさせるわけにもいかないのだが、ショウ達がリュウに敵うだけの力を得るまで、クロナは父の言うことを聞かなければいけなかった。
「ホント…もう嫌よねこんな生活…」
そう呟いてクロナはステージに歩いていった。
「全てを食らい尽くせ!」
そう叫び、セントバイト兵達が固まっている一帯を向いて、リボンのような杖を地面に突き刺し、右手を前にかざす。
そのセントバイト兵たちの一帯の中に、ガイルの影が2人ほど紛れ込んでいる。
そこを狙い、さっき地面に杖を突き刺した時、地面を這うように電撃を送っており、それに触れられたであろう兵は体が硬直するようだ。
それにより、そこら一帯の兵は全員背伸びするように全身が伸びる。
その瞬間を逃すはずもなく、右手を前に突き出す。
「プラズマカノン!」
それと同時に放たれる白い高圧電流は、かなりの破壊力を持つ魔力の光線でそこら一帯を全て飲み込んだ。
ほとんどの兵は、地面に倒れこみ息をしているのか怪しい、むしろ完全に命を落としてる兵も少なくは無い。
ガイルの影はと言うと、一人を犠牲にしもう一人は平然と立っていた。
「その程度か…まぁ、分身を一人完全に消滅させた事も褒めてやるがな…この空間でアレだけの魔法を放てる事も褒めてやる」
余裕綽々のガイルは不敵な笑みを浮かべ、レオンたちに近づいている。
それに対し、レオンはさっきの魔法でほとんどの魔力を使ったらしく、覚醒さえも解けて跪いている。
レオンに近寄り、しゃがみ込むファナは、武器を構えている。
「この空間?この空間って、やっぱりこの結界の中って意味かな〜…」
ファナが真剣な表情を浮かべ、呟くとレオンは頷いて見せた。
ガイルの発動させた結界は、ガイルの持つフェイターとしてのもう一つの力でもある。
その効力は、水の氷、水の闇以外の魔力の持ち主の魔力を極端に抑える結界であり、レオンたちの魔力は抑え込まれている状況にあった。
「アーハハハハハハハハハハハハハハ…」
「!!?」
その時、どこからか聞こえる笑い声により、結界は解かれその声を聞いた全ての人物が両腕を抱き、恐怖に身を震わせた。
「この感覚は一体…」
レオンの呟きは誰にも聞こえないほど弱弱しく発せられたものだった…。
「え?!」
「今のは…」
搭を1階まで下りてきたショウ達もまた、その笑い声を聞いていたが、ショウとテンは不思議な事に、平然と立っていた。
呼吸を乱している皆を見て、ショウは真先に外に飛び出していき、それに習うようにテンも後を追った。
外に出たショウ達は、全ての人が両腕を抱いて体を震わせてる不思議な光景を目にした。
「これだけの恐怖心を抱かせるなんてな…それだけさっき感じた魔力が強力だったのか…」
隣に居るテンに、小声で話しかけると、テンは頷くだけだった。
「お…まえ達は……平気…なんだな………」
後ろから何とか震えを抑え、よろよろと歩いてきたリョウが話しかける。
ショウとテンがリョウに振り返った時、セントバイト兵をピンポイントに赤い雷が落ちてきた。
雷を受けた兵の体は燃えていき、何も残らないように溶けていく。
しかし、よく見ると全て完全に死んでしまった兵だけで、生きている兵には当たっていないようだ。
それでも、見るに堪えない光景であるのには変わりない、ショウとテン、搭の中に居るリョウ以外の皆以外は、その光景を見る事となりさらに身を震わせた。
二人がリョウの視線の先を見た時には全ては終わっており、兵の数が減っている事しか把握できない。
そこに、二人の前にふわりと一人の赤いマフラーをした少女が下りてきた。
それと同時に、ショウとテンは武器に手を回し身構えるが、相手は攻撃してくる気配は無い…なのに計り知れないほどの殺気を放っていた。
「私は貴方の影…世界の決まりを無視する者…私は貴方を愛する者…私の名は…フレイ」
そう不適に笑うフレイと言う少女は、二人を見て…いやむしろ、ショウだけを見ている。
それに少し、苛立ちを覚えたテンは、ショウの前に出てフレイを睨みつけた。
「おい…?テン?」
少し様子が変だと思ったショウは、声をかけるが、テンは完全に無視をした。
「何?ショウを奪いにでも来たの?」
明らかに怒りの篭った声。
「ショウ…そう、ショウと言うの…でも、貴方のものじゃないわ…ショウは私のもの…」
さっきから放たれる殺気が今度は声にまで篭る。
「私のよ」
負けじと強く睨みつける。
その時、赤い炎の矢がテンに向けて放たれたが、容易く受け止めた。
フレイは見下すようにテンを見ると、一旦地面に足をつけたかと思うと、炎と共に姿も気配も殺気も無くして去っていった。
それと同時に、呪縛から開放されたように、皆は息を整え始めた。
次々と立ち上がっていく、戦う意思のある兵を見つけては片っ端からショウとテンが止めを刺していく。
ガイルはと言うと、分が悪くなった事を悟ると、1つの魔方陣と情報操作を発動させた。
魔方陣により転送されてきた道具でガイルは空高く飛び、高速でどこかに飛び去ってしまったが、情報操作の方は5人姉妹のデステニアの情報とコピーしていた。
「しまった!」
ショウが気付いた時には情報操作は完了しており、ファナ以外の4人は気絶してしまっていた。
テンがすかさず一人一人に走りよって、傷の応急処置などを施し始めた。
情報はガイルの持つ特殊な道具に記録されたはずである。
「お帰りなさい…」
疲れた表情にもかかわらず、ファナはとてもいい笑顔をしてショウに近づいてきた。
それを見たショウが、笑顔で一つの玉を落とした。
作品名:Zero field ~唄が楽園に響く刻~ 作家名:異海 豹