Zero field ~唄が楽園に響く刻~
イナがため息を付きながらリノアの方に歩いていき、リノアから縫い合わせ用の布と、前、後ろが引っ付いた服を取り上げると、華麗に糸を解く。
そして、華麗な手さばきで縫い合わせていく。
ポカーンと口を開けてそれを眺めるリノアを余所に、イナはイブが戻ってくる前には服の縫い合せを完了していた。
「イナ、イナ、どう?」
やっぱり無表情のイブは嬉しそうな声を出してイナに聞く。
ニコニコ笑顔を浮かべながら頭を縦に振るイナは、それでも手元の服の縫い目を消していっている。
「器用だね〜」
「ここに来る途中何度かしてもらったんだよな〜」
と変態とフォミニンの会話。
二人はリノアが叫んだところくらいからイナをずっと見ていた。
イブは気が済んだらしくもう一度脱衣所にテトテト行ってしまった。
「でも、良くもこんな芸当できるわね〜」
感心したように自分の元通りになった服を見つめて、しばらくしてからイナに言う。
「ん〜、アンディの服をいつもそうやって縫い合せてたからね〜」
と少し懐かしむような響きで呟くと、フォミニンと戻ってきたイブが食い付いてきた。
「そのアンディって子の事知りたいわね〜」
「うんうん」
「え、そんなに面白い話ってないよ〜?」
と二人の気に押され気味のイナが少し照れたように笑う。
どうしても聞きたい様でイナの肩を二人してがっちり掴んでいる。
「ん、そ、それじゃ〜、少しだけ話すね〜」
そう言って少し思い出すように眼を閉じた。
「アンディってね、とってもやんちゃの無鉄砲でね、傷ついた生き物が居れば魔物でも何でも手当てをして仲良くなって、いつも笑ってたよ。
いつだったか、アンディが弟達を叱ってた事があったんだよ、それで、私が理由を聞いたら」
とそこでイナがプッと吹き出して笑うと、イブが待ちきれずにイナを急かす。
「聞いたら?」
「弟達ったら私を取り合いして喧嘩してたのを、アンディが横から『イナは僕の物だからお前達にはあげない』って言って、ずっとその理由を弟たちに正座させて聞かせてたの。
アンディってば私が来た瞬間に飛び跳ねてビックリしてたからアレはアレで面白かったわよ」
と笑っているイナにつられて姉妹が笑っているのを余所に、一人冷静に頭を巡らせているサイスが居た。
まだ子供にはありがちな話ではあるのだが、サイスは何かが引っかかるようで、頭を抱えていた。
その後もアンディの話をして、盛り上がっていると、フィルが入ってきて、
「急いで塔登るぞ」
と告げられ、さっさと準備をして5人は外に出た。
「おぉ、トリー元気にしてるか?」
「うん、元気元気〜!って言うのはいいんだけどさ〜、枠まだ空いてる〜?」
ぽっちゃりした人の良さそうな40項半くらいのおじさんが、クロナの肩の上に乗っているトリーに話しかけて、明るく答える。
トリーはさっきまで肩に乗っていたが、テーブルの前に広げられている紙の上に飛び移った。
そして、顎に手を当てながらその紙を見渡している。どうやらトーナメント表になっている様だ。
「おぉ、今日こそいい奴見つけて来たのかい?それでこの子かい?」
おじさんが白い歯を見せながら笑ってトリーに聞くと、
「ごめんね〜、先月もそのまた先月共にうちの枠を空欄にさせたままで」
照れくさそうに人差し指で頬を掻きながらおじさんを見上げて謝る。
ついでに、トリーは金髪の毛先がクルリと外跳ねになっていて、カチューシャをしている。
どうやらトーナメントの出場選手枠に、トリーの選んだ人が入る枠があるようで、前回と前々回では空白だったらしい。
その話をずっとソワソワと辺りを見ながら聞いているクロナが口を挟んだ。
「ここまで来ておいて言うのも何なんですけど…その…帰っちゃ…」
「だめだよぉ、トリーの選んだ子なんだ皆を大いに楽しませてくれるだろ?」
クロナに必要以上のプレッシャーを掛ける。そして、クロナの前に差し出された紙には、『受付手続き』と書いており、丁寧にペンが添えられている。
しぶしぶペンを取ると、2つ目の項目で詰まった。
『職業及び所属場所』と書いてあり、クロナがここでセイントナイツと書いてしまえば騒ぎになると思い誤魔化そうとペンを動かそうとした時、
「禁忌の国の騎士団NO.2って書いてもらわないと、うちがあんたを連れて来た意味ないんだけどな〜」
トリーがニヤリと嫌な笑みを浮かべている。お見通しだったようだ。
クロナはジッとトリーを睨むと深いため息を付いて、ペンを動かして『セントナイツ、五天騎士団弐天』と記入した。
「これで満足?双子の黄色い妖精さん」
「あら?うちいつ弟いるって言ったかしら?」
「トリーの弟はエイトって言って隣国のサリナ姫の盟約妖精なんだぜ」
クロナの肩を叩きながら笑って言うおじさん、クロナは少し痛そうにしている。そして、その後クロナは選手の準備室に通された。
その準備室は女性用で、そんなに多く女性が出ないだろうと思っていたクロナはそこに結構居る事に驚いた。
トリーがニコニコ笑いながらまたクロナの肩に座っている。
このトーナメントには合計32人出場していて、魔法禁止、武器は準備室にある木製の武器を使用する事、制限時間10分。
ギブアップ、場外、チェックメイト、気絶によって勝敗が決まる。
この部屋には女性がクロナも入れて11人居た。
クロナが準備室に入った瞬間に数人の女性がクロナに歩み寄ってきた。
「へぇ〜今月はトリー枠に入った子がこんな小娘とはね」
腕を組んで女剣士っぽい女性が納得のいかなそうな表情を浮かべ、クロナの顎を人差し指でクイッと少し持ち上げる。
「侮ると貴女がやられてしまいますわよ?」
とその横に来た右だけの仮面を被った女性が薄気味笑いを浮かべながら女剣士に言う。
この二人は30代であろう、が、その女剣士の横にボーっと立っているクロナと同い年くらいの子が無言でクロナを見つめる。
「どいたどいた〜、クロナちゃんが通るよ〜」
とトリーが道を空けろと言わんばかりにジェスチャーも加えて女性数人に言う。
3人以外にも後ろに2人ほどクロナを3人の肩越しに覗いていた。
クロナは間を抜けると自分に当てられているロッカーの前に行くと、上着を脱ぎ服1枚になる。
そして、武器立ての所に行くと迷わずに槍を手に取ると、次に壁にぶら下げられてある木造の盾を手に取る。
「この武器って強度どれくらいあるの?それによって使い方変えなくちゃいけないんだけど。」
と肩に乗っているトリーにクロナが槍を眺めながら聞くと、答えは別の人間から返ってきた。
「結構硬いはずですよ、大の男2人がかりでやっと折れるほどと聞いておりますよ」
とメガネを掛け直す動作をしながら得意気に言うと、自己紹介をし始めた。
「僕はサニー、基本的に剣を使って戦うんですよ」
と言って青い髪を揺らす女性は右手を差し出すと、クロナに握手を求めてきた。
クロナは至って自然の動作でサニーと握手をすると左肩に気が付いた。
「左腕どうしたんですか?」
と言う悲しそうな瞳を浮かべたクロナは、自然と質問をしていたらしく、言ってから口を手で隠す。
「いいんですよ、これは僕の不注意で魔物に食べられてしまっただけですよ」
ととても明るい声でクロナにそう告げるとニッコリ笑ってみせる。
作品名:Zero field ~唄が楽園に響く刻~ 作家名:異海 豹