Zero field ~唄が楽園に響く刻~
12唱、草原の五つの音色
ガッ、キィン、ガシッ、ザッ、フッ………
物と物とがぶつかり合う音、金属と金属がぶつかり合う音、土を蹴る音、息が短く吐かれる音、他にも色々な音が響く夜の森。
魔物はその音に惹かれ近づいてゆくが、その音がなる所まで行くと足を止めてそれに魅入ってしまう。
魔物達でさえ息を潜めてそれを見守っていた。
それでもそれが目に入っていないかのように2人の少年と少女は刃を交え続ける。
「そこ!右足!」
一瞬の隙をついて少女の斧が容赦のない速度で振り下ろされる。
隙を突かれた少年は咄嗟に槍を地面に突き刺しそれを軸に方向を変えてすれすれでかわし、そのまま1回転して少女の腹部に蹴りを加える。
「まだ隙ができちゃう…」
少女は悔しそうに苦しみに顔を歪めて呟いた。
蹴られた時に後ろに飛び退いて少しダメージを抑えている。が、それでも少年の蹴りは結構入っていた様だ。
斧を構え直す…その構え方は独特で、斧の柄の先端の方を片手で持ち、太ももに柄の中ほどを乗せている、少女の自己流のようだ。
対する少年の構えは槍を柄の中ほどに片手だけで持ち、すっと背筋を伸ばして立っている、構えているとは思えない独特の構えだった。
「完全に独立させろ、それはもう一つのお前の体だ、信じてやれ」
少年が青い瞳で少女を見つめ、きつめにそう言い放った。
少女は小さく頷いて走り出そうとした時。
ガシュイィイイィイィイィィィィ…
森に住む大きな魔物が耳に妙な余韻を残す音を立て、少年を横から襲い掛かった。
少年の姿は少女からは一切見えなくなってしまった。
ショウ達は魔物の群れに囲まれていた。
エグレイノンを出てから既に2日経っていた。
街道の途中の分かれ道を西に進み、神殿を目指して歩いていると、地面を走るバード(怪鳥型)の魔物に周りを10羽ほどに囲まれたのだ。
「グランドバードの群れです…」
サリナが緊張した面持ちでそう告げる。
「レグバードの種は体力とその脚力が問題だな…来るぞ」
ショウが魔物の注意点を言って、1羽の魔物が動き出した。
レグバードとは魔物の種類の事で、ここのレグバードをグランドバードと呼ぶ。
レグバードの脚力は日々鍛えられている事により、かなりの威力を持っている。よって、その足にまともに蹴られ様ものならひとたまりもないのである。
しかも、その足はかなりの硬さを持ち、用意に斬る事もできないのだ。
ショウ達は少し苦戦しながらも、5羽ほど倒したところでイナの上をパタパタ飛んでイナの手伝いをしているフェニックスが気付いた。
遠くからやや大きい緑の魔物がレグバードの血を嗅いでそれを狙いに走ってくるのである。
それの気配に気付いた残りのレグバードはその場から逃げ出した。
フィルがそれを追いかけようと走り出そうとした瞬間に、大きな声を聞いた。
「フィル、深追いするな、それより、次がお出ましだ」
とショウがその声の方向を向いて言う。
緑の大きな魔物がショウ達の数メートル先で跳び上がり、すごい勢いでショウ達の上に降ってきた。
ショウ達はその魔物を囲むようにバラバラに飛び退いていた。そして、その魔物を見てテンが口の先を引きつらせて声を上げた。
「うはー、これゴーレム(魔獣石)じゃない、しかもウルフ(牙狼型)型だし」
この魔物の体にツタやら木やらが生えていて白い体が緑に見えてしまう。
「リーフウルフ、回復能力を持った厄介なゴーレムです」
サイスが言い切るが先か魔物はまた跳び上がった。
今度降ってきた先はサリナの真上で、もうかわせるほどの余裕の暇はない、サリナも急な事で足がすくんでしまっていた。
「姫様!」
と言う叫びと同時に魔物は勢いよく地面に落ちる音が響く。
そして、魔物の上にはショウが涼しそうな顔で立って剣を構え、魔物の弱点らしき赤い石を一気に叩き切った。
ガガガガ…………
と言う石と石のぶつかるような音が鳴り響くとしばらくして崩れ落ちていった。
「姫様は!姫様はどこだ!」
と叫び魔物が崩れてできた瓦礫に近づこうとするサイスの襟首をリョウが掴んだ。
リョウの脇に抱きかかえられた気絶したサリナがいた。
それを見たサイスは安堵のため息を吐きながらその場にへたり込んだ。
「おーい、そんなところで安心してないで神殿向かうよ〜」
と、先に進んでいる4人の最後尾にいるイナがリョウたちに呼びかけていた。
サイスはサリナをオブってショウ達を追いかけた。
「う〜ん、困ったな」
エグレイノンの酒場で難しい顔をして腕を組んでいる少女が声を漏らしていた。
この緑の少女の目的地はアルセートレート、エグレイノンの南東の方角にある国である。
少女は何度かエグレイノンを出ていたのだが、何度もエグレイノンに戻ってきてしまっていたのだ。
「おっかしーなぁ…アートレスタには行けたのになー、何で南に行かずに西のエグレイノンに着いているんだ?」
いわゆる迷子である。
ずいぶんと考えた末に導き出した答えは、
「いっその事、北行くか」
別行動をしているはずのもう一人の少女のところに行く事にしたのであった。
そう言って立ち上がると横から柄の悪い男たちに声を掛けられた。
「お娘ちゃん可愛いね〜、おにーさん達が可愛がってあげるよ〜」
「だからさぁ、俺達と一緒に来ない?」
少女はこめかみの部分をヒクヒクさせている。
どうやら短気で、既に怒る寸前のようだ。
「「「ねぇねぇ」」」
3人の男が顔を近づけてきたところで少女はキレた。
「ショック!!」
「「「え?」」」
少女の叫びの後に男3人の体に電撃が走った様に体をビクッとさせて倒れこんでいく、いや、実際に少女の魔法で電撃が流されたのである。
よく見てみると少女の右手に微かに電撃が残っている。
3人をその手で軽く殴っていた。
他の客の注目の的になりながらも、不機嫌の顔のまま店を出て行こうと足を進める。
「…ってお客さん!お金!」
と言うそこの酒場の叫びに少女はぎょっとして戻っていき、緑の硬貨を3個置いて、恥ずかしそうな顔でそそくさと去っていった。
その後、酒場には大爆笑の渦が巻き起こっていた。
「なんかもう散々だって…」
少女の疲れたため息が薄暗い夜の空気に消えた。
「モテモテだな」
焚き火の音が響く夜の中フィルの茶化すような声でショウをからかう。
今ショウの置かれている現状は、ショウが木にもたれていると、最初にサリナが隣に座り、気が付くとショウの肩に頭を乗せて寝ている。
それを見てテンが膨れっ面をしながらもサリナに毛布を掛けてから、自分も毛布に包まりながら無言でショウの膝、と言うか太ももを枕代わりにして寝てしまった。
「最初はただ会話してただけなんだけどな…」
ショウが呆れたように言って、開いている右肩をすくめ首を少し右に傾けた。
「そんな事言ってるとサイスが可哀想だぜ」
とフィルが苦笑いしてサイスの方を見る。
サイスは、サリナが寝た後はずっと膝を抱えて、見る者皆が「落ち込んでいる」と言う事が分かるように座っている。
リョウはその隣に座ってずっと空を眺めて星を数えている。
隣で大いに落ち込んでいるの事には我関せずと言った感じに、すまし顔をしているのとは少し違う…まるで本気で気付いていない様だった。
「サイス、今見える範囲で星が、2036あったぞ」
作品名:Zero field ~唄が楽園に響く刻~ 作家名:異海 豹