Zero field ~唄が楽園に響く刻~
11唱、混ざり合う風の音
「お前は何をしてるんだ」
「ん?あは〜、武器の手入れ〜」
少女は明るく、後ろにやってきた少年に後ろを振り向かずに言った。
少女はとても明るく笑っていた。
どうも少年はそれが自分には応えるような気がしていた。
「私じゃ、こうやって笑ってあげる事と、武器の手入れをする事くらいしかできないでしょ…だから…」
最後のほうの声は震えていた。
声はとても明るく笑っている風だ。しかし、振り向かないところを見ると、少女は…。
「…ありがとう…」
少年は、聞こえるかもしれないような小さな声で言って、少女を後ろから優しく抱いた。
泣いた、ずっとずっと泣いた。
まさか忘れていたとも言えるほどずっと泣かなかった。
それなのに、枯れていたと思っていた涙は出てきた。
こんなに泣くともう会わせる顔がない。だから、下を向いて宿に向かう事にした。
「ふぅ〜」
長く息を吐く。
とりあえず、夜なので下の食堂で食事をとる事にしたのか、ずっとベッドの横で下を向いて座り込んでいたが、立ち上がった。
ついでに、心配してずっと一緒に居てくれたテンを起こす事にした。
心配して一緒にてくれたはいいが、やはり寝るのが大好きなテンにとって隣で一緒に座っている、と言うことをしていると寝てしまう。
テンは寝るまでは、ショウの横で同じように座って何も言わずにショウの横顔を眺めるだけだった。
寝てしまえば状況は変わってしまった。
ショウの方によりかかり、寝言を連発する始末である。
「それは、私のお肉!」とか「フォークとって〜…それはナイフ〜…」とか、ほとんど食事時の事ばかりであった。
9回目のテンの寝言を聞いて、ショウはこうやって居るのも馬鹿らしいと思い食堂に行く事にしたのである。
ちなみに、2回目の寝言が終わった時にショウはテンをベッドに寝かせている。
「おい、年中睡眠娘、起きろ」
と揺する、分かってはいたが起きはしない。
次にショウが取った行動は、頬を軽く叩く。
それでも起きない時は、蹴る、ベッドから落とす、耳元に息を吹きかける、耳を引っ張る、鼻をつまむ。
それでも起きない時は、諦めるのだが、今回は蹴ると起きた。
「ん?なんかま…た蹴られた気が…するんだけど〜」
「さぁな」
テンが目を擦りながらショウに眠たい目を向ける。
ショウは肩をすくめて見せた。
「とりあえず起きろ、食堂行くぞ」
苦笑しながら言う。
「ん〜…起こして〜」
すがる様に寝た状態で腕をショウに差し出す。
ショウは腕を持ち上げてテンを起こしてやり、そのまま食堂に向かう事にした。
と言うのも、眠そうな目を擦る緩んだ左の腕に対し、右の腕はがっちりとショウの腕を掴んでいたのである。
仕方ないのでそのままテンの腕に掴まれたまま向かう事にしたのである。
「ねぇ、皆が部屋に残ってないか見にいこーよ」
と眠そうな声であくび混じりに言う。
部屋は2つとってある、テンとイナが寝る部屋。
フィルとリョウが寝る部屋。
ショウはいつものようにテンとイナの部屋で仮眠をとって見張りをやる。
で、さっきまで居た部屋は、テンとイナの部屋なのだが、イナはショウの気が落ち着くまでリョウ達の部屋に遊びに行っていると言う訳である。
そういうことなので、ショウがリョウ達の部屋をノックする。
ガチャッと言う音を立ててドアが開かれ、最初の一言が、
「…飯か」
とショウの顔を一瞬ジッと見て何も言っていないのにそう言った。
そのまま、ドアを開けっ放しにして、イナとフィルのところに言って食堂に行こうと話していた。
どうやら机の上を見る限り、宿屋から借りたであろう、トランプで遊んでいたようである。
ちなみに、カードは、1〜10、J、Q、K、G、の14種類の4マーク、ジョーカーならぬ、デスサイズが2枚。
合計58枚、Gはゴッドである。
遊び方は色々あるが、大体やるのが、指揮接戦、ようは大富豪(大貧民とも)である。
イナ達もそれをやっていたらしい。
「それじゃ、いこ〜」
と明るく笑顔で言うイナ。
その後ろからリョウとフィルが歩いてくる。
食堂に行く事にした。
テンはショウの背中の上である。
ここから、歩いて1日で着くところに、エグレイノンがある。
今日はとりあえず、エグレイノンに行って宿を取って明日、クロナの言っていた人物達に会う事にした。
「姫様…お疲れでは…?」
兵士横を並んで歩きながら心配そうな声で少女に聞いた。
「大丈夫です、さっきおやつに取っておいたカーゼンチョコを食べたので血もすぐ固まります」
優しい声で兵士に答え、それでも兵士は心配そうな顔をしていた。
カーゼンチョコと言うのは、ヒーラー(治癒術の治癒タイプを使える者)の特殊に作られたチョコで、身体の回復を促進させる魔力が込められている。
と言っても、カーゼンチョコのカーゼンとはただの店の名前から取ったもので、普通はヒーリングチョコなどと呼ばれている。
ついでに、さっきからずっと歩いている中で少女は結構な出血をしていた。
大分おさまってはきていたものの、さっきまで流していた血の量はそれなりに多いのである。
「そんなに心配ですか?」
「そ、そんなの当たり前ですよ!」
少女はちょっと兵士をジロッと睨みつけるようにしてから、ため息をはいて兵士に言った。
「分かりました、急に倒れても大丈夫なように、フィールドを張っておきます」
そういって腕につけているグローブから数本の糸が伸びていく。
フィールドは基本的に、条件を満たした時に特定の効果を発揮させるもので、
例えば、直接的な攻撃を食らった時に、相手に電撃を与える。
と言うようなカウンターにも使うこともでき、倒れた時に周囲に炎の柱を発生させる。
など、身を守る事にも使える。
普通、使えるものは1人につき1つ張る事ができる。しかし、オーライトと呼ばれる者達は、そのフィールドを最大で5つ張ると言われている。
が、それをできる者もかなり少なくなってきている。
少女は一応オーライトである。
まだ3つしか同時に張る事はできないものの、多種類のフィールドが張れる。
少女は、気絶して倒れそうになった時に召喚術:風の精霊、のフィールドを張ったのである。
兵士は、少し納得行かないような顔をしたが、これ以上異議を唱えると怒られそうな気がしたので、それ以上は何も言わない代わりにため息をついた。
その顔を見て少女は、膨れっ面をしたが、もうなんか精神的に疲れたのか、うなだれた。
クロナはとりあえず、ショウ達を解放した。
事実を教えたクロナは、やはり深い悲しみを映した目をしていた。
「やっぱり私って間違ってるのかな…」
と、一人ベッドの上で座り込んでいた。
宿はショウ達とは別の宿である。
あの後からずっと、そうして自問自答を続けている。
夜になり、食堂に向かう事にした。
「何なんだあの娘…」
銀髪の逆毛が目立つ男はそう愚痴るように言った。
「まぁ、そう言うな、アレでも私の娘なんだ、やる時にはちゃんとやってくれるのだよ、あの出来損ないと違ってな」
そうはやって黒髪の王座に座った男が笑うように言った。
少し経つと笑い声が2つになった。
「ははは!笑わせるな!あの女がやる時にはやる?あんな奴俺のおもちゃにもならなかったぜ」
作品名:Zero field ~唄が楽園に響く刻~ 作家名:異海 豹