Zero field ~唄が楽園に響く刻~
ショウ達がエグレイノンの門をくぐって、そんなに歩かないうちに、1人の黒髪の女性に、
「シュレン!」
と呼ばれてしまい、ショウ達が気にせず宿屋を探しながら歩いていると、今度は、
「待ってよ!シュレン!」
と言ってショウを強く抱きとめた。
ショウは一時的に状況が全く把握できずに固まってしまった。
それを見て膨れっ面をしているテンが、ショウから彼女を力尽くで引き剥がすと、
「いきなり何をしてんのよ!それに、ショウはシュレンなんて名前じゃないわ!」
と怒鳴りつける、ショウは何か引っかかるものがあるようで黙ってしまっている。
そんな騒動も無視して一人、リョウは宿屋を探す事にして、街の広場まで歩いていった。
イナはそんなリョウの後姿を眺めながらついていこうか迷ったものの、そんなことよりショウ達の方が興味があったのでやめた。
フィルに関しては、門に入ってすぐ近くの店で商品を眺めている。
娘が目を点にしてテンを見つめていると、何かを思い出したように、手を打つとテンに指をさして、
「分かった!あなたがヴンがよく言ってる妹のユレイナね!」
3人は完全に今どういう状況かさっぱり把握できなくなっていた。
一人で独走しているであろう娘は、満面の笑みである。しかし、ふと思い出したようにいきなり少しくらい表情になってしまった。
「あ、シュレンは・・・記憶忘れてるよね・・・」
ふとショウは思い当たる節があり、口を開いた。
「アンタは、俺の姉か?で、そのシュレンってのは俺の本当の名か?」
笑顔を作った娘は嬉しそうな、それは嬉しそうな表情で大きくうなずいた。
つまり、この娘はショウの本当の家族となるわけである。
テンは、表情が少し沈み気味ではあったが勤めて笑顔でいるようにした。
ショウは、1つの疑問を娘に聞いた。
「それじゃぁ、俺の父さんは今どこにいる?」
娘の表情は一気に暗くなってしまい、小さな声で答えた。
「セ・・・・トの・・・まなの・・・」
ショウには全然聞き取れなかった、が、テンにはちゃんと聞こえていたらしく、右手を口元に持ってきて呟いた。
「・・・馬鹿げた理想を実現させようとし、今の世界を作り出した張本人・・・。
私たちデステニアや子供達、フェイターを負の使命の渦へと陥れた最たる悪の王・・・
グレインゼウセシル・アリソン・エンバーデン」
その呟きに他の3人も強く反応した。
それを、悲しみの移した目で訂正するように娘が口を挟む、
「馬鹿げた理想じゃないわ、人としては決して考えてはいけなかった野望、
負の使命の渦へと陥れ、屍の山の上で高らかに笑い続け極の地に立つ邪の王。
グレインゼウセシル・アリソン・エンバーデン、本名を、グランド・エーデン。
そして、私は、五天騎士団の弐天、矛盾のクロナ・エーデン。
シュレン、いえ、ショウの本名はシュレン・エーデン私の弟です。」
そのセリフはショウを深い闇に叩き落す事となった。
テンもイナもそれを聞いて絶望の2文字を覚えたのである。
なんと、ショウは現在、世界を征服しようとしている人物が、実は自分の実の父と言う事を、知らされたのである。
そんな父の血が自分の中には流れている、そう考えただけで、自分の存在意義を見失ってしまいそうな力があったのである。
さらに、それだけに収まらず、自分を研究所に閉じ込め、デステニアの力の研究をさせていた。
そんな残酷とも非道とも言える人物が父。
それは、とても深い傷を作る現実だった。
ショウは、目の前が真っ白になってしまった。
「ショ…ショウ…?」
テンがそんなショウの姿を見てたまらず名前を読んだ。
「うぅるぅさぁいぃ!俺はぁ!おぉれぇはぁ!あんな!あんな狂った男の種だと言うのか!
いつ狂うか分からない!そういったって何もおかしくなんかない!そんな男の種だって言うのかよ!
その血が流れているってだけで、俺はアレと同じ見られ方をするんだ!
もう!もう!俺には!俺にはぁ……!」
何もない、と続けようとしいた、両膝をつき、頭を抱えているショウの、絶望を叫ぶ言葉をさえぎったのは、
目に溢れんばかりの涙をためたテンの平手だった。
ショウはテンに思いっきり叩かれてしまった頬を手で触って我に戻った。
そして、テンはショウの両肩に両手を置いて、両膝をつき、震えた声でショウに叫んだ。
「あなたはショウよ!私の知っているショウよ!私をいつもなんだかんだ言いながら助けてくれる!
そんな私の…私の…」
そこでテンは涙を流してしまったが、最後の言葉を紡ぎだした。
「私の世界で一番大好きで大切なショウなのよ!」
普段決して泣く事のないショウも声を上げてテンの胸の中で泣いた。
城下町は、すでに子供の頃から見慣れていた光景は決して広がっていなかった。
少女も予測はしていたのであろう。
歯を食いしばり、瓦礫の山となってしまった城下町を最後に自分の眼に焼き付けて故郷を出ることにした。
少女と1人の兵士、最期の王からの命令、風の刃の神玉を神殿に収めると言う仕事を遂行するための旅が始まった。
クロナは、ショウが泣いているのを見てあることを思い出していた。
過去に死んだ男の事を、それはショウが、研究所送りされる時に武器を取って父に立ち上がった男。
クロナはその男がとても好きだった。
クロナもまだ8歳の時のころだった。
ショウは4歳、その男は17歳。
現在、リュウがいる地位、五天騎士団の最高位、壱天の座にいた男。
その剣儀は、どんな者も寄せ付けなく、まさに世界最強とまで呼ばれていた男だった…。
だが、それも、死に掛けたクロナの父にショウを人質に取られ、捕まり、最期にはクロナの父が手直々に殺した。
誰も、もうその強さにたどり着けはしないのだろう。
だが、ショウなら世界の運命を変えることのできる可能性を持つショウなら越えられるかもしれない壁である。
その男は、ただ平和を求めていただけだったのだ。
ショウは彼にとても多くのものを教えてもらっていた、ほとんど忘れてしまったが、時に欠片を覚えている。
ショウだけが彼の意思を引き継いだ者なのである。
クロナは、そんな男のことを思い出していた。
「アンタは…父として失格だ。
実の子供を…アンタは…」
白銀の短い髪が目立つ少年が言った。
「黙れ、お前に俺をとやかく言う資格などない。
たった一人の運命のためだけに名の通り、終わってしまった愚かな男に、俺をとやかく言う資格なんてないんだ」
30代と思われる男が、身動きの取れない少年にあざ笑うように、吐き捨てる。
「殺せよ」
「言われなくてもお前は絶対俺の障害になる。
だから、痛めつけて殺してやる、お前の大好きなシュレンの目の前で死ねるんだ。
感謝しろ」
男はとても楽しそうな声で少年に言う。そして、とても切れ味の良さそうなナイフを懐から出してきた。
「ふん、そいつは光栄だな。
だが、やっぱり俺はあんたを父とは呼べない」
少年は、鼻で笑うと、そう言った、
「ふん、そんなことはどうでもいい。
お前に父呼ばわりされようが関係ない、今から死ぬゴミにもう用はないのだから」
男は、少年の肩にナイフを刺し、一番痛い切り方をした。
作品名:Zero field ~唄が楽園に響く刻~ 作家名:異海 豹