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このはな さくら
このはな さくら
novelistID. 9334
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タフィー

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 父親の事業を手伝って英国とアメリカを行き来している、同い年のクロード・ケリーだった。 ウィンスタンは驚いた。「いつ戻ってきたんだ、クロード?」ふたりは固い握手を交わした。「三日前さ」クロードは言った。「驚いたよ。一年ぶりに戻ってみたら、君が侯爵になってたなんて。お悔やみもださず申し訳なかった」
「仕方ないさ、アメリカは遠いんだから」ウィンスタンは、クロードに会えてうれしかった。彼はトーレンスの母方の従兄弟で、子供のころから気心の知れた仲だった。一緒に悪戯して、よく怒られたものだった。
「それはそうと、もっと驚いたのはトーレンスさ!」クロードは目を丸くした。「さっきヤツと一緒にいたご婦人を見たかい?」彼は興奮して早口になった。
「あ、ああ」ウィンスタンはヴィクトリアの姿を思い浮かべた。嫌な予感がして声が震えた。
「ほんとに彼女だ、まちがいない。あんな格好してたから、最初はわからなかったけど」クロードが首をかしげ、ひとりごとのようにぶつぶつ言い出した。ウィンスタンは、判決を待つ被告人のような気持ちになった。
突然クロードが顔を上げて、ウィンスタンを見た。「彼女は奉公人なんだ、まちがいない!」



「奉公人?」まさか!? 思いがけない言葉に、ウィンスタンは信じられなかった。
 奉公人とは、アメリカやオーストラリアに渡るために、船賃を払えないほど貧しいものが、その身を金と引き換えに売るものだった。扱いも奴隷に近い。
「なぜ、そんなこと知ってるんだ?」冷たい汗が背中をつたった。
「なぜって、オレの親父がトーレンスに売ったからさ! オレも契約書見たからまちがいない。たしか、あと五年ぐらい年季が残ってる!」
 ウィンスタンは目の前が真っ暗になった。
「昔から何考えてるのかわからないやつだったけど、まさか奉公人を侍らせるとはね。あいつ、相当の女好きだよな……」
 クロードの話はまだつづいたが、ウィンスタンの耳には入らなかった。顔は青ざめ、木偶の坊のように、その場に立ち尽くしていた。
(思い出せ、ウィンスタン・エクトール! 彼女なにか言ってなかったか? なにか……)
 あの夜台所で言葉を交わしたときの、さびしそうな彼女の横顔が脳裏に浮かんだ。そうだ、彼女は言っていた。自分は「普通ではない」と……。「普通ではない」って、このことだったのか!
 ウィンスタンは居ても立ってもいられなくなった。クロードの両肩をわしづかみにした。
「急用ができた! テレサのこと頼めるか!?」
「え? うん、いいけど」クロードは、彼の勢いにつられて返事した。
「テレサは談話室だ! 頼んだぞ!」ウィンスタンは脱兎のごとく走り去り、あっというまに人ごみに紛れて見えなくなった。
(これでほんとに良かったのか、トーレンス? あとのことは知らないぞ) 
 クロードはウィンスタンを見送ると、テレサのエスコートするために談話室に向かった。

「なにか冷たいものでも飲むかい、ヴィクトリア?」
 ヴィクトリアがソファで身を固くしていたので、トーレンスは彼女の緊張をやわらげようと、飲み物を勧めた。しかし彼女は、首を横に振った。
「いいえ、仕事中ですから」きっぱり断った。
「なんだ、べつにとって食おうとしてるんじゃないんだぜ」トーレンスは愉快そうに笑った。「オレは君の主人だけど、それにつけこむような輩と一緒にしないでくれ」そう言いながら、彼女に不安を与えないように、反対側のソファにすわった。
 ヴィクトリアは、ほっとした表情を浮かべた。
「申し訳ありません。トーレンス様は、わたくしの恩人ですのに……。殿方とふたりきりになるのは、慣れなくて」
 彼女の男性に対する頑な態度は、過去のつらい体験によるものだろうか。そんなこと聞けるはずもなかった。
「アメリカでのことは……、もうだいじょうぶなのか?」トーレンスは、遠まわしにたずねた。
「はい。でも、きっと一生忘れることはありません」ヴィクトリアは目を伏せた。
「わたくしの父は会計士でした。父の友人に騙されて無一文になり、年季奉公人として身を売るしか、生き延びる手立てはありませんでした。いろんなことがたくさんあって……」ヴィクトリアは、そこで一度区切った。「そんなときケリー様に出会って、英国まで連れて来て頂いたのです。そしてトーレンス様に……」
「ああ、そうだったね」トーレンスも遠い目をした。わずか一年前のことなのに、ずいぶん昔のことのように感じた。
 あのときの彼女は、今とは別人だった。はじめて出会ったのはケリー家が所有する船の上だったが、ヴィクトリアは生気がなく、まるで幽霊のようだった。そんな彼女をトーレンスは放っておけなくなり、ヘンリクセン家で引き取ったのだ。引き取ってからの彼女は、ずいぶん健康になったが、男性に対する恐怖心は相変わらずだった。
「でも、ウィンは別だろ?」
「だんな様ですか?」ヴィクトリアはウィンスタンの名が突然出たので、驚いて顔を上げた。
「ウィンと一緒にいるときは、どうなんだい? 緊張するのか?」
「あ、いえ」ヴィクトリアの頬が赤くなった。「あの方は別なんです。それに、そういう目でわたくしを見ません」
 トーレンスは苦笑した。トーレンス自身も、一時期はヴィクトリアをそういう対象で見ていたときがあったからだ。しかしウィンスタンはちがった。彼だけは、ちがっていた。
「そう思って、仕事を探していた君を、ヤツに紹介したのだが失敗だったな」
「は?」 
「ウィンは、君が好きなんだ。そして君もだろ?」さっき玄関先で別れたときのふたりの顔を見れば、明らかだった。しかしヴィクトリアは、大きな声で否定した。「そんなこと、ありません! 絶対に……」
「でもね、ヴィクトリア」トーレンスの青い瞳が輝いた。「オレは今釣りをしてるんだ。そろそろ針に掛かると思うのだが……」
「?」ヴィクトリアは、訳がわからなかった。
 そのときノックもせずに、扉が大きな音を立てて開いた。ウィンスタンが息を切らせて、部屋に飛び込んできた。
「トーレンス! ここにいたな!」彼の額には汗が光り、黒髪も濡れていた。「ヴィクトリアを迎えに来た。帰してもらおう」ヴィクトリアが見たことがないほどの、真剣な眼差しをしていた。

「だんな様!」ヴィクトリアは驚いたが、トーレンスは落ち着いた顔をしていた。彼女に向かって、片目を閉じて唇にひとさし指を添えた。黙っていろの合図だった。
「帰すもなにも、彼女の主人はこのオレだ。お前には関係ないだろう?」ウィンスタンに冷たく言い放った。
「ヴィクトリアは、オレの秘書だ」ウィンスタンも負けずに言った。
「オレは八千ポンドで彼女を買った。だから、彼女はオレのものだ」と言って、トーレンスはテーブルに一枚の紙切れを置いた。ヴィクトリアの年季奉公契約書だった。
「それとも、お前はこれを買えるのか? 八千ポンドっていったら大金だぞ。先代の借金で苦しいくせに、金を出せるのか? しかも女のために!」トーレンスは一気にまくしたてた。
 ウィンスタンは、痛いところをつかれて黙り込んだ。
(オレは、親父の借金のせいで苦労している。それなのにその自分が、新たに借金をつくるのか?)
作品名:タフィー 作家名:このはな さくら