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このはな さくら
このはな さくら
novelistID. 9334
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タフィー

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「お入りなさい」母親の許しを得たので、彼は室内に入った。
「母上、じつはテレサが……」と言いかけて、言葉を失った。美しい貴婦人が立って、彼をみつめていたのである。彼女はクリーム色の夜会用ドレスを身につけ、チョコレート色の髪を高く結い上げていた。白いうなじがまぶしく彼の瞳に映った。
「ヴィクトリア?」彼女の名前を呼んだら、ヴィクトリアは恥ずかしげにうなずいた。
 なぜ女性というものは、化粧と着るものを変えるだけで、こんなに違って見えるのだろうか? 普段の質素で実用的な服しか着ない彼女からは、まったく想像できない姿だった。ウィンスタンは、彼女の優雅な淑女ぶりに驚くと同時に、自分の上着を脱いで今すぐ彼女のからだを包み隠したくなった。
「どう? ウィンスタン? どこからどう見ても、立派なレディでしょう?」レディ・エクトールは、心のそこから楽しんでいるようだった。それと対照的にヴィクトリアは、戸惑いの色をかくせない。「さあ、長手袋も用意しなければ。これに似合うショールもね」そんな彼女におかまいなしに、レディ・エクトールは近くにいた侍女に彼女の支度をさせた。
「母上、本気ですか? ヴィクトリアを連れて行くなんて」ウィンスタンはあせった。
「ええ、本気ですとも」レディ・エクトールは、自信たっぷりに彼に言った。「ヴィクトリアさんがついててくれたら、テレサも心強いわ。それにね、このぐらい楽しんだっていいでしょう? 神様も許してくださいます」
「しかし……」
「そんなに反対するなんて、不都合なことでもあるのかしら?」
 母親にそう言われて、ウィンスタンは固まった。返事に困って、ヴィクトリアの顔を見た。彼女は黙って事の成り行きを見守っていたが、とうとう口を出さずにいられなくなった。「不都合ならありますわ、奥様!」と叫んだ。
「わ、わたくしのような者が夜会に行くなんて、とても恐れ多くて……。どうか、お許しください」彼女のむきだしの肩が震えていた。ウィンスタンはぎゅっと握りこぶしをつくって、肩を抱いて慰めたい衝動を抑えた。
「なにも殿方と踊れって言ってるんじゃないのよ。ただテレサのことを見守ってほしいだけなの。ウィンスタンはエクトール家当主っていっても、まだまだ子供だしね」レディ・エクトールは、にっこりほほ笑んだ。「わかったわね、ウィンスタン。しっかりエスコートするのよ」そう言いながらウィンスタンの背中を押して、ヴィクトリアの横に並ばせた。そのとき、布地ごしに彼女の腕が触れたので、彼はどぎまぎして顔が赤くなってしまった。
「素敵じゃない! いい感じよ!」鏡に映ったふたりの姿を見て、レディ・エクトールは喜んだ。彼女の言うとおり、黒のタキシードに身を包んだ黒髪のウィンスタンと、クリーム色のドレス姿のヴィクトリアは、ふたり並ぶとお互いを引き立て合っていた。
「でも、おしいわね。ウィンスタンの身長がもうちょっとあるといいんけど」
 ひとりではしゃいでる母親に向かって、ウィンスタンは言った。「母上、ひょっとして面白がってませんか?」
「あら? わかった?」
「わかりますとも! 十六年あなたの息子やってますからね」
 ウィンスタンは口を尖らせた。

 狭い馬車のなかで、三人の女性たちの話相手をするのは耐えられそうになかった。特にヴィクトリアの隣にすわるのは……。ウィンスタンは馬車に乗るのを断り、自分ひとりだけ馬に乗って、ヘンリクセン侯爵家へ向かった。
「よく来たな! ウィンスタン!」
 玄関先で預けるために外套を脱いだとき、親友トーレンスがさっそく現れた。「顔色も良くなって、元気そうじゃないか!」再会を喜び、お互いを抱きしめあった。彼と会うのは、エクトール家の応接室で会って以来、実に三ヶ月ぶりだった。
「君がすばらしい女性を紹介してくれたからだ」ウィンスタンは右手を差し出した。ふたりは強く、相手の手を握り締めた。
「役に立ててうれしいよ」トーレンスは、うれしそうに言った。そしてレディ・エクトールとテレサのほうを向いて挨拶した。「ようこそいらっしゃいました。今夜はゆっくり楽しんでください。余興でオペラの上演も行います」
「まあ、素敵!」テレサは、うっとりした。「来てよかったわね、お母さま!」
「そうね、すばらしいわ。あなたのお父さまに、ぜひご挨拶したいのだけど」レディ・エクトールは言った。
「ええ、もちろんです。父の元へご案内いたします。それより……」トーレンスは、ふたりの後ろに目立たないようにして立っている、女性をちらっと見た。「彼女は、ひょっとして、ヴィクトリアかい?」驚嘆の眼差しで、ヴィクトリアを見た。トーレンスに視線を向けられたので、彼女は両手を胸の前まで上げて、からだを小さくした。
「ああ、そうなんだ。実はテレサが体調悪くてね。なにかあったときに心強いと思って」ウィンスタンは、トーレンスとヴィクトリアの間に立って、その視線から彼女を守った
「なるほど」トーレンスは、そんな彼を見てにんまりした。「それでは、ご案内させましょうか」
 近くを通りかかったヘンリクセン家の執事に声をかけて、夜会が開かれる大広間にウィンスタンたちを連れて行くように命じた。
「ヴィッキー、待ってくれ」後ろについて一緒に行こうとしたヴィクトリアを、トーレンスが呼びとめた。「君には話があるんだ。ちょっと来てくれないか?」
 ウィンスタンは思わず立ち止まって、振り返った。するとトーレンスは、彼に言った。「彼女を借りたいんだ、いいだろう?」真剣な顔をしていた。
 いいも何も、トーレンスはヴィクトリアの雇い主だ。ウィンスタンには口を挟む権利はなかった。ウィンスタンは黙ってうなずくしかなかった。
「すまない」トーレンスはそう言うと、ヴィクトリアの手を取って自分の腕につかまらせ、二階へつづく階段を上っていった。
 ヘンリクセン侯爵家の跡取り息子が美しい女性と歩いていくのを見て、他の客たちが驚いて騒ぎ出した。彼の相手はどこの家のご令嬢なのだろう。紳士たちは羨ましがり、淑女たちは嫉妬した。
 ふたりが階段の踊り場まで行ったとき、ヴィクトリアが一瞬、助けを求めるかのようにこちらを向いた。しかしウィンスタンは目を合わせなかった。くるっと背中を向けて、大広間のほうへ歩いて行った。彼女は、悲しそうにうつむいた。

 杖の先で床を叩いた音が会場に響いた。
「エクトール侯爵、ならびにテレサ嬢のおなりです」
 紹介の声とともに、ウィンスタンはテレサのエスコートして大広間に入った。テレサは満面の笑顔を浮かべてレディらしく、しとやかに段差になった階段を下りた。
 彼女は上気して、ドレスと同じばら色に頬を染めた。心配していた体調は、今のところ良さそうだ。会場に集まった人々は、口々に彼らを褒め称えた。現エクトール侯爵は若いが、先代に負けず劣らず立派な人物だと。
 しかし華やかな音楽も、豪華な食事もウィンスタンには、何の意味もなさなかった。はやくひとりになりたい気持ちがあったが、つぎつぎと挨拶にやってくる者たちと我慢強く会話しなければならなかった。そのときある若者が話しかけた。
「ウィン、ひさしぶりだね」
作品名:タフィー 作家名:このはな さくら