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空閃 飛音
空閃 飛音
novelistID. 10210
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卵の記憶

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「そうだ。名前を聞いてなかった。――僕は観月望(みづき のぞむ)。君は?」
「渉。雨宮渉」
「渉かぁ……。綺麗な響きの名前だね」
生まれて始めて誉められて、渉は何故か顔が赤くなってしまった。
「そんな事ない。望の方が綺麗だよ。……あ」
首を振って誉め返した渉は、少年の事を呼び捨てにしている事に気付き、口を噤んだ。
「いいんだよ。僕も渉、って呼ぶから」
「……じゃあ、望」
「うん!」
名前を呼ばれただけなのに、嬉しそうに微笑む少年を見て、自然と笑みが零れた。
「失礼します。お茶をお持ちしました」
その時小野坂が、金で縁取られた盆を片手に、部屋に入って来た。
「ありがと。――今日は何?」
「はい。アールグレイのアイス・ミルクティーとティラミスでございます」
「やった! ――渉、小野坂の作るティラミスはすごくおいしいんだ」
「恐れいります」
自分の前に置かれた皿の上には、綺麗に盛り付けられたティラミスが乗せられている。
アイスティーの入ったカップは、あまり紅茶を飲まない渉には見慣れないものだ。
白地に金とピンクの花模様が描かれている皿は、どうやらティーカップとお揃いらしい。
割らない様に気を付けて持つと、ゆっくりと口を付ける。
「……あ。おいしい……」
ふわり、とミルクの甘味が口の中に広がったと同時に、すっと体中が冷えていく。
「お口に合いましたか?」
「はい。とても」
「それは良うございました」
「彼のいれるミルクティーも格別なんだ」
渉はカップを置き、次にティラミスを口に運ぶ。
「あ……。あんまり甘くない……。でも美味しいです」
「喜んでもらえて光栄です。――では、私は他に仕事がありますのでこれで失礼します」
「ん。分かった」
「ありがとうございました、小野坂さん」
「いいえ。では、ごゆっくり」
深々と項を垂れた小野坂は、さっきと同様に部屋から出ていった。
「……すごいな。小野坂さんって」
「渉もそう思う?」
「うん。あんな美味しいケーキ作れるなんて、母さんにも教えてやりたいくらいだ」
ティラミスを早々と食べ終えてしまった渉は、フォークを持ったまま止まっている望に話しかけた。
「どうかした?」
「ううん。渉にはお母さんがいるんだね……」
「あ、ごめん。俺そんなつもりじゃ……」
「いいんだ。僕の方こそ変な事言ってごめん」
謝りながら、それでも寂しそうな顔をする望に、渉は呟くような小さな声で尋ねた。
「……望のお母さんは?」
「……ん。母は、僕が小さい頃に亡くなってるんだ」
「そっか……。寂しくはない?」
「そうだね……。寂しいけど……小野坂とハウスキーパーの人達がいるから……」
「強いな、望は」
「え?」
「俺だったら、こんな広い家に住むだけでも寂しいって感じるのに、父さん達までいなくなったら、絶対に絶えられないよ」
天井を見上げて思った事を口にしてしまった渉は、バツが悪くなって、小さく「ごめん」と謝った。
「何で謝るの? そう思えるのは、渉が皆に愛されてるって事でしょ? 僕にとっては、そっちの方が羨ましいよ」
「望……」
花のように儚く微笑む少年に、照れくさそうに笑みを返して、
「ありがと」
と、彼にだけ聞こえるような声で呟いた。
「それよりも……。ね? 渉の事を聞かせてくれない?」
「俺の事?」
「うん。何でもいいんだ。おもしろかった話とか、学校での事とか」
「そーだなぁ……。よし! 分かった。とっておきの話を聞かせてやる」
「ホント? ありがと!」
渉は望の注文通り、学校でやった悪戯や、友達とのおかしな話の数々を話して聞かせた。
その間、少年は相槌を打ったり、時には笑ったりしながら、渉の話に耳を傾けていた。
まるで、人と話すのが久しぶりの様に……。





「……で、結局、全員怒られたんだ」
「あはは! ホントに? スゴイなぁ……」
すっかり打ち解けた雰囲気になった二人は、時間が過ぎるのも忘れて話していた。
「なぁ……。あれ、何だ?」
渉が指を差したのは、卵と似た形をした小さな置物だった。
「あぁ。これは『インペリアル・イースター・エッグ』って言うんだ」
「イン……何だって?」
望が言った単語が聞き取れなくて、渉は再び聞き直した。
「簡単に言うとイースター・エッグ。僕のお爺様が英国で手に入れたものなんだって」
「へぇ……」
ソファから腰を上げ、エッグに近付く少年を、渉は黙って見ていた。
そして、それを手に戻って来た望は、壊れ物を扱うような仕種でテーブルへと置く。
卵とほぼ同じ大きさで、外側には金や銀で精緻な細工が施されている。
「この中にはね、ミニチュアが入ってるんだ」
「ミニチュア?」
「そ。見てみて」
望がエッグの上半部分の蓋を開けると。
「う……わ……!」
内部には金色に彩られた馬車のミニチュアがあった。
本物そっくりに作られていて、渉の口からは「凄い……」の一言しか発せられない。
「何でも、天才細工師だった人が、皇帝の為に作って、それがお祭りの贈り物になったんだって」
「へぇ……」
ここに来てから驚きっぱなしだな、と渉は今更ながらに気付いた。
「このエッグは、全部で五十六個しかないらしいんだ。お爺様がその内の一つだ、って自慢してたから」
「何かすごいな…………って! もうこんな時間じゃん! ヤバッ!!」
渉はふと、目に入った時計を見て、ぎょっとなった。
針は既に六時を回っている。
「ごめん! 長居させちゃったね。僕が話聞きたいって言ったから……」
「いいよ。俺も楽しかったし」
立ち上がりながら笑って見せる渉に、ますます顔を曇らせる望。
そんな彼の肩に、渉はポン、と手を乗せた。
「また来るよ。いいだろ?」
「!? うん! もちろん!!」
にっこり、と今までで一番の笑みを浮かべた望に笑みを返し、扉を開ける。
「おや? お帰りですか?」
偶然、そこを通りかかった小野坂が、早足でこちらへ向かってくる。
「はい。お邪魔しました。ケーキと紅茶、とても美味しかったです」
「ありがとうございます。どうぞ、いつでも遊びにいらして下さい」
「またね、渉」
温かく二人に見送られて、渉は急いで家路に付いた。





「渉! 一体、何処に行ってたんだい? 心配したんだよ?」
案の定、香絵は家の前に立って、自分の事を待っていてくれた。
「ごめん。ばあちゃん」
「いいから、早くお上がり。今夜は雨が降るそうだから」
香絵に背中を押されながら、渉は屋敷の方を振り向いた。
「それで、どこで遊んでたんだい?」
「…………」
何故だか、言えなかった。
言ってしまったら、もう二度と彼に会えないような気がしたから……。
「……ちょっと、山の奥まで行ってたら、途中、帰り道が分からなくなっちゃって……」
「まぁ! ケガはないかい? 今日は早めに寝なさい。疲れただろう?」
「……ん……」
祖母の優しさが今は辛かった。
布団に潜り込み、さっきまでの楽しかった時間の事を思い出す。
明日も会える事を信じて、渉は睡魔に身を委ねた。





3、別れは突然に


「おはよう、ばあちゃん」
翌朝、寝ぼけ眼で居間に行くと、既に香絵が起きていて、朝食の準備に忙しく動き回っていた。
「あぁ。おはよう、渉。昨日はよく眠れたかい?」
作品名:卵の記憶 作家名:空閃 飛音