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大人のための異文童話集2

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第13話 牽牛と織女



七月七日、雨に天空も曇ります。

一年にただ一度の逢瀬。
それを楽しみにして東西に、別れて、別れの、こころ二つ、想い二つ。
そんな二人を遮るように悪戯な雨。

大河の岸で落胆する二人を見兼ねたのでしょう。
どこからともなくやって来て、二人にやさしく手を伸ばす、カササギの群れ。
牛飼いの牽牛と機織り娘の織姫の物語り。

生あるときの想いをそのままに、
“七夕”と呼ばれる、逢瀬の宵の来たるる天空を待ち焦がれ、
星の大河、天の川を挟んで煌めくふたつの宿星。


それは仲睦まじく暮らしていた夫婦のお話しでした。
牽牛は喜びのあまり自分のすべき仕事もそのままに、かわいい織女を、来る日も来る日も見ては暮らしました。
そしていつしか、牛飼いの仕事もしなくなっていました。

共に暮らし毎夜に愛おしみ、それだけでいいと思っていた牽牛。
そんな暮らしは、いつしか織女の身体を蝕みました。

病にかかっても働き続ける織女。
それでも織女は、牽牛が喜ぶ顔だけ見られればよかった。
いつでも自分を誉めてくれて、いつでも優しく愛おしんでくれる。
ただそれだけを糧として、病になりながらも働き続けたのでした。

そんな織女は、やがて病に倒れてしまいます。

始めて牽牛は後悔しました。
日々の糧を、すべて織女に負わせていたことを。

牽牛は昼も夜もひたすら織女を看病したのです。
しかしそれも長くは続きませんでした。
織女が天へと召される時が来たのです。
病の床にあっても笑顔を絶やさなかった織女。
それはいつのときでも、牽牛が望んだものだから…最後の時までと。

牽牛にもそのことは十分に伝わっていました。
牽牛は手を握り頭を撫でながら言いました。
 「お前一人を逝かせはしない。」
すると織女はにっこりと笑ってこう答えました。
 「お前さまは私のために、これからもたくさん生きてください。」
 「私は天の神様にお願いして星となりましょう。」
 「お前さまが宵にひとり寂しくないように、いつでも私の姿が見えるように。」
 「私はお前さまがいつも喜んでくれたように、星となって笑顔を輝きに変えます。」
織女はそう答えると、そっと息を引き取ったのでした。

それを聞いて織女を迎えに来ていた天の子たちも泣きました。
そして天の子たちは牽牛にこう伝えたのです。
 「織女とはこれほど清らかで美しい魂です。」
 「天へ昇ればきっと天帝さまが養女に迎えることでしょう。」
 「そして織女は織姫と名を変えて、いつでもお前に分かるように、天の川の東岸で、ひときわ輝く星となるでしょう。」
 「だからその織女の身体は、舟に乗せて大河に流しなさい。」
 「そうしてお前はこからひとり、私たちが迎えに来る時を待ちなさい。」
牽牛は言われた通り、織女の身体を舟に乗せて大河へと流しました。

しかし牽牛は思い惹かれるままに、流れる舟を追い掛けたのです。
やがて対岸では追い付かなくなってしまい、牽牛はとうとう河へと飛び込みました。

そうやって牽牛は、織女の身体を乗せた舟を泳いで追いました。
それはどこまでもどこまでも、牽牛の力がつきてしまうまで。
やがて力つきた牽牛は、そのまま川の底へと沈んでしまいました。

遠のく意識の中で織女が最後にいった言葉が蘇ります。
 「お前さまは私のために、これからもたくさん生きてください。」
牽牛はその言葉に答えるように言いました。
 「お前のいない日々を、どうして私が過ごしていくことなどできようか。」
 「いつまでもお前を見続けて、お前と一緒に在るだけでよかったのに…」
それが牽牛の最後の言葉となりました。


それは遠い遠い昔の7月7日の出来事。

天の子たちはこの日の宵に話します。
牽牛の魂は気がつくと、西の海岸へと辿り着いていたのだと。
牽牛はそのまま天へと召され、織女を追って今でも天の川を探しているのだと。
そんな不憫な牽牛の魂を哀れんで、天帝様は、そっと織姫の対岸の星にしてあげたのだと。
そして年に一度だけ想いが叶うように、そっとふたつの星を、出逢わせてあげているのだと。

その日もし、天の川が豪雨に見舞われば、天の子たちはこっそりとカササギを連れて行きます。
それは七夕の宵にだけ話す、天の子たちの内緒のお話なのでした。