大人のための異文童話集2
第12話 ヴィシュナの虹
破壊の神シヴァは怒りを露にしていいました。
私はどうして、これほどまで欲深い人間という生き物を、ほおっておいたのだろう。
いっそ天災によって、全てを無に還してしまうことにしよう。
こうして地上では、台風に津波、雷に地震が相次ぐようになりました。
すると、それを見ていた慈愛の神ヴィシュナが応えました。
「シヴァ、あなたの怒りはもっともだけど、あれをごらんなさい。」
シヴァがヴィシュナの指差すその先を見てみると、そこには嵐の中にひざまずき、みんなのために一心にお祈りを捧げている、とても素直で優しい健気な少女が在りました。
しかしそれを見てもシヴァの怒りはおさまらず、天災は続きます。
それでも少女は、何日も何週間も何ヵ月も…ただ一心に、毎日お祈りを捧げているのでした。
するともう一度、ヴィシュナが言いました。
「ねぇシヴァ、あの子はまた今日もああして祈っています。」
「あなたのその怒りの声が聞こえているように、あのようにして毎日。」
「確かに、いま地上を支配している人間の醜さはわかります。」
「でもそれは、身勝手な大人というものが、不条理に作り出した社会や文明でのこと。」
「あの子の祈る純真な顔、あなたにはどう映っていますか?」
「できることなら、私はあの子の姿をもう一度信じてあげたいと思います。」
ヴィシュナにそう言われて、シヴァはそれまで翳していた杖をゆっくりと降ろしました。
するとどうでしょう。
いままでの天を揺るがすほどの怒りは徐々に治まっていくのです。
「そうだな、もう一度だけ…」
「あの少女の姿を信じて待つことにしてみるか。」
そうシヴァが言った途端、ピタリと嵐は止み、地震も雷も止まってしまいました。
そして、それまで厚く天を覆っていた真っ黒な雨雲も、空に吸込まれるように消えて行きます。
その様子に気付いた少女は、これまで以上のお祈りを捧げました。
「神様、ありがとう。」
そう呟くと少女は、空を仰いぎ、満面の笑みを浮かべて、その場に倒れてしまいました。
作品名:大人のための異文童話集2 作家名:天野久遠