大人のための異文童話集2
空には下弦の月が見えています。
「はぁ…」
今宵も男はひとり、夜空を仰ぎ見ては力なく溜息をついていました。
「やはりこんな私では、お前を繋ぎ止めることなど出来なかったのですね。」
男は月に向かって寂しそうにそう呟きました。
「此方様ごめんなさいね。私は最初から何もかも分かっていたのです。」
「だから、いよいよという時が近付くと、私はああして、毎夜、月を眺めては…」
「そして今夜、とうとう十五夜がやって来ました。」
「あのお話をして後、それでも私は此方様と伴の床を頂くことが叶わず…」
女はそう言うと、ひと粒、頬に涙を流したのでした。
「あなたといつまでも、一緒に暮らしたかった。」
そう言われて男は、女をしっかりと抱き締めました。
それは、かぐやと呼ばれた女を決して放さないという、強い意思の込められたものでした。
「かぐや、どこにも行かないでおくれ。」
「私をまた独りぼっちにはしないでおくれ。」
それを聞くと、かぐやと呼ばれた女は、更に続く涙を堪えるかのように、天を仰いで言いました。
「既に…お使者がやって来ております。」
「もう、どうにもならないことなのです。」
「分かってください…私の愛おしい此方様。」
「女としての悦びが叶わなかった今、こうして月に戻るしかないのです。」
「そして再び…舞い降りた処が、此方様のもとであれば…」
かぐやと呼ばれた女はそう言い残して、男のもとから消え去ったのでした。
それから数日後、
男は、かぐやと呼んだ女の後を追うようにして、その寂しさから命を断ちました。
「月天子。……かぐや。」
それが、最後に男の残した言葉だったということです。
作品名:大人のための異文童話集2 作家名:天野久遠