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40、ふたり




 昨晩。沙織のもとに広樹から電話があった。鷹緒から電話を待っていた沙織は、広樹からの電話と知り、少し落胆した。
「沙織ちゃん。鷹緒のことなんだけど……」
 突然聞こえた鷹緒という名に、沙織は電話を持ち直す。
「は、はい……」
「実は、鷹緒が事務所で寝込んでるんだ。あいつ、ここ数日まったく寝てないからさ……よかったら看病しに来てくれないかな。僕はもう帰るところなんだ。調子の悪い鷹緒を置いていくにも気が引けるし……」
 広樹がそう言った。沙織は目を泳がせる。
「あ、でも、私……今、鷹緒さんとは……」
 沙織は渋ってそう言った。今、鷹緒とは会う気にはなれない。鷹緒から連絡が来るまでは、待っていたかった。
「聞いたよ。ユウさんと別れたんだって?」
「……鷹緒さんから?」
「うん……なんとなくだけどね」
「ごめんなさい。急にこんなことになってしまって……社長のヒロさんには、逸早く言うべきなのに……」
 電話越しにお辞儀をしながら、沙織は謝った。
「うん。でも、プライベートまで管理するつもりはないよ」
「……鷹緒さん、どうですか? 連絡くれるって言ってたのに、一度もくれなくて……なんかもう、会うのが恐いんです……」
 正直に言った沙織に、広樹は静かに口を開く。
「ここ数日、あいつが電話する暇もなかったのは事実だから許してやって。とにかく、気が向いたら様子見に来てやってよ。ぐっすり眠ってるから起きないと思うけど、君がいたら嬉しいと思うし、誰もいないから……それに明日、あいつは休みだから、ゆっくり出来ると思うよ。鍵は開けっ放しにしておくから。じゃあ、またね」
 一方的にそう言って、広樹は電話を切った。
「あ、ヒロさん! 私……」
 そう言うものの、すでに電話は繋がっていない。
 沙織は事務所に行くかどうか悩んだが、意を決して、鷹緒に会おうと思った。会いたくなった。沙織は、夜の街を走り出した。

「ふう……」
 沙織の話を聞きながら、深呼吸のような溜息をつく鷹緒。それを不安そうに沙織が見つめている。互いに、何を話したらいいのかわからなかった。
「あの、ごめんなさい。勝手に……」
 やがて沙織が言った。鷹緒はそっけなく立ち上がる。
「べつに……ヒロが呼んだんだろ?」
「……鷹緒さん!」
 背を向けた鷹緒に、沙織が呼び止めた。そして不安をぶつけるように口を開く。
「本当は後悔してるんでしょ? いいよ、本当に遊びでも……だけど、そんなふうに拒まないで。せめて今まで通り、ただの……親戚として……」
「……今まで通りなんて、思えないよ」
 自分で言っていて悲しくなっている沙織に向かって、鷹緒がきっぱりと否定した。
「え……」
「なかったことに出来るほど、俺は器用じゃない。だからといって……悪いけど、これからのことなんて、まだ考えられないんだ。軽蔑するなら、していいよ……」
「……」
「ごめんな。電話も出来なくて……」
 沙織の心は深く傷ついていた。このまま前には進めなくなりそうだ。
「ず、ずるいよ、鷹緒さん。なんなの? わけわかんないよ。私は、好きか嫌いか、ただそれだけ。そばに居たいだけなの!」
 必死の形相で、沙織が言った。鷹緒は立ち止まったまま動かない。
 そんな鷹緒の腕に、沙織の手が触れた。二人に緊張した空気が張り詰める。やがて沙織の腕を、鷹緒が掴んで離した。
「……悪い」
 そう言うと、鷹緒はまたも沙織に背を向ける。
「鷹緒さん……」
「……どうしていいのかわからないんだ……感情のままにおまえのこと受け入れたって、きっとおまえを傷つける……恋愛なんてまるっきりしてないし、今までしてきた恋愛だってうまくいかなかったと思う。おまえのこと、絶対傷つける決まってる」
 沙織は、鷹緒を見つめた。
「……いいよ? いいよ、鷹緒さんになら、どんなに傷つけられたって……好きなのに想いが届かないより、好き合って傷つけ合うほうがいい。傷つけたら……癒せばいいんじゃない! 鷹緒さん、好きだよ……」
 そう言った沙織に、鷹緒は振り向いた。
 鷹緒の手が沙織の頬に触れる。泣き出しそうだった沙織の瞳から、涙が零れる。
「沙織……」
 そう呼ぶ鷹緒の手は、小さく震えていた。なぜここまで苦しんでいるのか、沙織には理解出来なかった。震える鷹緒の手を、沙織が取る。
「……どうしてそんなに辛そうな顔をするの?」
「……」
「鷹緒さん?」
 鷹緒は目を伏せた。
「臆病なんだ。おまえを傷つけることも、自分が傷つくことも嫌だから……あと一歩が踏み出せない……」
 それを聞いて、沙織は一歩踏み出した。そして、そっと鷹緒に抱きつく。
「じゃあ私がもっと踏み出す。もう、こんなところで傷つくのは嫌なの」
 互いの温もりが伝わり、鷹緒も沙織を抱きしめた。
「馬鹿だな……こんなバツイチで仕事人間な男を選んでも、幸せになんて……」
「馬鹿はそっちだよ。私の幸せは、鷹緒さんと一緒にいることなの。だから私が鷹緒さんを幸せにする。鷹緒さんは、そのままでいればいいんだよ」
 沙織の言葉に、鷹緒は小さく微笑んだ。そして、きつく沙織を抱きしめる。
「ちゃんとしなくちゃな。俺も……」
「え……?」
 きつく沙織を抱きしめたまま、鷹緒は目を閉じる。不安はあった。年も何もかも違う沙織を、このまま受け止められるかはわからない。だが、沙織を手放したくないと思った。
 鷹緒は何かを心に決めたように、静かに目を見開く。もう迷いはなかった。
「沙織……」
 その声に、沙織は更に抱きつく。そんな沙織の額に、鷹緒はキスをした。
「……クラクラする……」
 沙織が言った。鷹緒は静かに微笑む。
「風邪だろ?」
「もう。ムードぶち壊し……」
「……沙織。どこか行こうか」
 突然、鷹緒が言った。沙織の顔は一気に明るくなる。
「いいの? でも、あんまり寝てないって……」
「今日は十分寝たから平気」
 支度をして、鷹緒は手を差し出した。ゆっくりと沙織も手を伸ばしていく。二人の繋がった手から、温もりが伝わる。
「行こう」
 鷹緒はそう言うと、沙織とともに事務所を出ていった。

 二人はそのまま、近くのレストランで食事をすると、鷹緒の車でドライブへと出かける。大して会話もなく、沙織は緊張していた。
(鷹緒さん……私たち、つき合ってるんだよね? もう恋人なんだよね?)
 沙織はそう聞きたいが、否定されたり怒られるのではないかと思うと、恐くて聞けない。
「で、どこか行きたいところないの?」
 黙り込んでいる沙織に、いつもの口調で鷹緒が尋ねた。
「え? うん……じゃあ、遊園地!」
「今から? 俺、混むところ嫌いなんだよな……」
 鷹緒の言葉に、沙織はがっかりした。
「うん。嫌いそう……駄目なら……」
「……じゃあ、千葉方面でも行くか」
 突然、鷹緒がそう言ったので、沙織は顔を上げる。
「本当?」
「たまにはいいよ」
 渋滞を介しながらも、二人は遊園地へと向かった。年は少し違うものの、二人は恋人同士に見える。なにより沙織ははしゃぎっぱなしで、鷹緒も久々の遊園地を楽しんでいた。
 夜になり、遊園地ラストの花火を待って着々と人が集まる中、鷹緒は沙織とともに、人波と逆の方向へ歩いていく。
作品名:FLASH 作家名:あいる.華音