FLASH
「鷹緒さん、どこ行くの? もうすぐ花火が始まっちゃうよ!」
先を歩く鷹緒についていきながらも、心配そうに沙織が言う。
「わかってるよ」
鷹緒はそう言ったまま、どんどんと進んでいく。すでに花火を待つ人の群れは遠くなってしまった。
その時、一発目の花火がけたたましい音とともに放たれた。
「始まっちゃった!」
少し苛立ちながら、立ち止まって振り向き、沙織が言った。大きな花火は建物の陰に隠れて、上半分だけが空しく見える。
「おい、行くぞ」
「ちょ、ちょっと、鷹緒さん!」
立ち止まった沙織の手を取り、鷹緒は走り始めた。そのまま沙織も仕方なく走る。
二人は近くのアトラクションへと入っていった。
「まもなく発車します」
そんな声を聞いて、鷹緒の手が更に強く握られる。
「やばい。急ぐぞ、沙織」
そう言いながら、鷹緒は沙織とともに、アトラクションの中へと入っていった。
「これ……汽車?」
辺りを見回しながら、沙織が言った。
遊園地を大きく半周する汽車は、夜はほとんど乗客もいない。また、遊園地を見下ろす形で走るので、何の妨げもなく花火が見えた。
「わあ! すごい、すごい!」
「おい、ちゃんと座れよ。危ないぞ」
窓にかじりつく沙織に、苦笑して鷹緒が言う。花火に照らされた沙織の顔は、無邪気に輝いている。鷹緒はそんな沙織に微笑み、黙って見つめるのだった。
「綺麗……」
しばらくして、少し落ち着いた様子の沙織が言った。鷹緒も頷きながら、花火をじっと見つめている。
「うん……」
「……どうして、こんなベストスポット知ってるの?」
突然、沙織が尋ねた。
「どうしてって……」
「……理恵さんと来たとか?」
その言葉に、花火を見ていた鷹緒が振り向いた。二人の目が合う。
「仕事だよ」
「……本当に?」
「なにを心配してんだか」
苦笑しながらそう言って、鷹緒は沙織の額を軽く叩いた。
「イタッ」
その時、汽車が止まり、すぐに鷹緒は立ち上がる。
「もう終わり?」
「まだまだ」
鷹緒は不敵に微笑み、止まった汽車を降りていった。沙織は嬉しそうに、その後をついていく。
すると、鷹緒が突然止まったので、沙織は鷹緒の背中に当たった。振り向いた鷹緒の向こうでは、間近で花火が炸裂している。
「わあ……!」
そこは汽車の乗降階段で、すでに前には多くの人がいる。二人はその最後尾に立ち止まる形となった。そこは階段のてっぺんに近く、まるで特等席のようである。
「すごい……」
感動して食い入るように花火を見つめる沙織。その後ろに周り、鷹緒は沙織の肩を抱いた。いつか二人で見た星空と同じ感動が、沙織を包んだ。
やがて、そのまま時間が止まったかのような二人を、花火を終えた静けさと人波が、現実へと引き戻した。
「……帰るか」
そう言って、鷹緒が沙織を追い越して歩き出す。妙な寂しさが、沙織を襲う。
「沙織?」
鷹緒の問いかけに、沙織はゆっくりと歩き出した。
「……どうした?」
やがて、歩きながら鷹緒が尋ねた。沙織の顔を覗きこむ鷹緒は、純粋に沙織の寂しさには気付いていない。
沙織は立ち止まって、鷹緒を見つめた。
「私、あの……」
何を言ったらいいのか、言いたいけれど言えない気持ちが、沙織を襲う。そんな沙織を、鷹緒は怪訝な顔で見つめている。
「なんだよ、どうした?」
「あ、の……」
言葉の出ない沙織に、鷹緒は静かに口を開いた。
「さっきの……ベストスポット知ってる理由で落ち込んでんなら、誤解だぞ? ここには何度も取材に来てるから、本当に仕事で……」
鷹緒が言った。沙織はその言葉を、瞬時に信じて頷く。しかし次の言葉が出ない。
「うん……」
「……その話じゃないのか?」
「う、うん。なんでもない……」
そんな沙織の態度に首を傾げると、鷹緒は小さく溜息をついて微笑んだ。
「写真、撮ろうか。そこに立ってろよ」
そう言って、鷹緒はポケットから小さなデジタルカメラを取り出して構える。寂しい道の途中のため、アトラクションも、ネオン輝く店さえ見当たらない。決してフォトスポットではないところで鷹緒が構えたので、沙織も驚いた。
そこに、カメラのフラッシュが光る。
突然、眩しい光が放たれたので、思わず沙織は目を瞑った。
「沙織。ほら、プロだろ? 笑顔、笑顔」
そう言う鷹緒は、沙織を元気づけるかのように必死に見える。沙織は静かに口を開く。
「鷹緒さん、私ね……」
言いかけた沙織の話を聞くため、鷹緒はカメラを構える手を下ろした。
「……うん?」
「……私ね、魔法でもかけられちゃったみたいなの……」
沙織の言葉に、鷹緒が笑った。
「ハハハ。夢の国だから?」
「ううん。もうずっと前から……」
変わらぬ表情でそう言った沙織。鷹緒は意味がわからずに、次の言葉を待つ。
「私、ずっと鷹緒さんのことが頭から離れなかった……数年前、約十年ぶりに再会した時、鷹緒さんはスタジオで撮影してたよね」
「……うん」
「その時のカメラのフラッシュで、逆反射して照らされた鷹緒さんの顔が、今でも離れない……まるで魔法でもかけられたみたいに、頭の中に焼きついて……カメラを構えてる鷹緒さん、真剣で楽しそうで……」
「……」
沙織は独り言のように、話を続ける。
「シンデレラコンテストの宣材写真を撮ってもらった時、息が止まるかと思った。まるで蛇に睨まれたみたいに、カメラのレンズの向こうにいる鷹緒さんから目が反らせなかった……」
「……」
「その瞬間ね、フラッシュの光が私を包んで、それで……」
「もういいよ」
その時、鷹緒が止めた。
「え?」
「……もういいよ」
「……いいって……」
鷹緒は軽く俯いた。鷹緒も何か言葉を探しているようだ。
「……鷹緒さん。私たち、つき合ってるん……だよね?」
その時、沙織が思い切ってそう尋ねた。鷹緒はやっと、沙織の不安の原因を理解していた。
「馬鹿だな。本当……」
そう言う鷹緒は、いつになく優しい瞳で、沙織を見つめている。
「鷹緒さ……」
「俺は……ファインダー越しに見える沙織を、好きになったんだよ……」
言いかけた沙織の言葉を遮って、鷹緒が言った。その言葉に、沙織は大きな目を一層見開く。
「ごめんな。不安にさせて……」
言葉を選ぶようにゆっくりと、やっと鷹緒がそう言った。沙織は思いがけず涙を流した。鷹緒は苦笑して続ける。
「馬鹿。なんで泣くんだよ」
「だって、私……」
「……今度……挨拶に行こうか。おまえの実家に……」
静かに、鷹緒がそう言った。
沙織は涙を拭きながら、鷹緒を見つめる。沙織の目に映る鷹緒は、優しくこちらを向いて微笑んでいる。
「鷹緒さん……」
「つき合うのにも、許可がいるだろ。俺の場合」
苦笑している鷹緒に、沙織は微笑んだ。
「うん。おばあちゃんのところにも!」
「そうだな。全然、顔も出してないしな」
「鷹緒さん……」
沙織が向かい合った鷹緒の手を握った。鷹緒はそんな沙織の手を握り返すと、静かに沙織を抱きしめる。
「……ちゃんと好きだから……」
腕の中で聞く鷹緒の言葉を、沙織は噛み締めるようにして、涙を流した。
「うん。私も……好きだよ!」
笑い合う二人は、そっとキスをした。