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35、再会




「鷹緒さん?!」
 沙織の目の前には、沙織の顔を覗き込む鷹緒の姿があった。二年半ぶりの再会であるが、沙織は急な出来事に、状況を把握出来ない。
「ただいま」
 そんな沙織に反して、笑みを浮かべ、鷹緒が反応を楽しむかのようにそう言った。
「お、おかえり……なさい……」
 思わず沙織もそう返すが、未だ目の焦点すら合わない様子だ。
「なに、アホ面してんだよ。帰国早々、元気そうなところ見せてくれんじゃん」
 不敵な笑顔とともに変わらぬ口調の鷹緒は、二年半前より少し痩せ、更に大人っぽく見える。
「ど、どうして? ニューヨークにいたんじゃ……」
「十数時間前までな。ほら、立てるか?」
 鷹緒に支えられ、沙織が立ち上がる。しかし、コンクリートの床に倒れ込んだため、スカートから覗く膝からは、血が出ていた。
「痛っ……」

 救護室に向かった二人。沙織はそこで軽い処置を受け、もう客が誰も居なくなった会場へと戻っていった。
「楽屋、行くんだろ?」
 鷹緒はそう言って、沙織を促す。沙織には、まだここにいるのが鷹緒だということが信じられない。
「なんか、信じられない……」
「あっそ。じゃあ置いてくぞ」
 スタスタと楽屋へ向かう鷹緒に、沙織は慌ててついていった。
「諸星さん!」
 楽屋でのユウを初めとするBBの反応も、沙織と同じだった。
「本物ですか? いつ帰ったんですか。そんな噂、全然……」
「さっきだよ。まあ、急だしね……」
「うわ。帰国したてで僕らのコンサート来てくれたなんて、感激だな」
 感激した様子でユウが言った。鷹緒は苦笑すると、からうかうように口を開く。
「それより、うちの可愛い親戚が、君のせいで怪我したんだ。つき合ってるんなら、ちゃんとファンも納得させて欲しいね」
「えっ、ファンの子が沙織に怪我を……って、諸星さん、僕らがつき合ってること、知って……?」
「そりゃあ、知ってるよ」
「ど、どうして? ヒロさんには……」
 驚いた沙織が、二人の会話に入って言った。鷹緒は苦笑する。
「口止めしてたんだろ? でも日本でのニュースは嫌でも耳に入るし、おまえは俺の親戚だしな。ヒロも教えてくれたよ」
「ヒロさんってば、約束が違う……」
「当然だろうが。じゃあ、俺は事務所に行かなきゃならないんで。沙織はここにいるだろう?」
 鷹緒が沙織に尋ねる。
「あ……」
「今日は諸星さんと一緒に帰りなよ。久々の再会でしょ? 後でメールするから」
 ユウの言葉に、沙織は静かに頷いた。ユウも頷くと、鷹緒を見つめる。
「諸星さん、しばらくはこっちにいるんですよね?」
「そのつもりです」
「じゃあ、また僕らの写真撮ってくださいね。沙織を頼みます。今日はありがとうございました」
「こちらこそ、お邪魔しました。お疲れさま」
 鷹緒はそう言うと、沙織とともに会場を後にした。

「びっくりしちゃった。全然帰ってくる気配なかったんだもん。一度メールくれたきりで、全然音沙汰ないし……」
 タクシーの中で沙織が言う。鷹緒は空港から直に来たようで、大きなスーツケースをトランクに収めている。
「向こうで区切りついたから。ったく、二年契約だったのに、ずるずる引っ張りやがって……」
「じゃあ、もうこっちにいられるんだね?」
「ああ、そのつもり」
「よかった……」
 沙織はそう言ったところで、ハッとした。思わず出た「よかった」という言葉だが、沙織自身にも説明しがたい安心感があった。

「本当、急だよな、おまえは」
 事務所で合流した広樹が、飲み屋でビールを飲みながらそう言った。広樹の前には、鷹緒と沙織が並んで座っている。
「俺も突然解放されたんだよ。ベテラン写真家にね」
「それって、鷹緒さんの師匠っていう、茜さんのお父さんの?」
 苦笑している鷹緒に、沙織が尋ねる。
「ああ。向こうでも散々振り回されたけど、いい経験になったよ」
「そうみたいだな。また腕上げたんじゃないのって、いくつかの編集者からも言われたよ」
 広樹が言った。鷹緒は軽く微笑んで口を開く。
「日本じゃないからよく見えるだけだろ。でも、こっちも仕事を兼任出来てよかったよ。まさか向こうでこっちの仕事が出来ると思わなかった」
「売れっ子だからな、おまえは」
 前と変わらぬ鷹緒と広樹の会話に、沙織は嬉しさを噛み締めながら二人を見つめていた。
「それはそうと、沙織も出世したな。ファンに詰られるほど、ユウとの仲が表沙汰になってるとは知らなかった」
 からかうように、鷹緒が沙織に言った。
「か、からかわないでください。私だって、あんなに囲まれたのは初めてだよ。でもグッドタイミングだったね。どうしてわかったの? 私があそこにいるって……」
「俺、途中から入ったんだけど、おまえが居た関係者席の反対側で見てたんだ。ヒロからおまえがコンサートに行ってるって聞いてたし、すぐにおまえのことは見つけたんだけど、反対側だしコンサートの最中だから声かけられなくてさ。終わってから追いかけたら、あんなことになってるだろ? 急いで警備員呼んで、駆けつけたってわけ」
「ひどい。もっと早くに声かけてくれてたら、あんなことにはならなかったのに……」
「馬鹿言うなよ。おまえがさっさと出ていくのが悪いんだろ?」
「だって……」
「あははは。久々の再会は楽しいな。さあ、今日はじゃんじゃん飲もう。僕の奢りだからね」
 楽しげなひとときに、広樹が言う。
「じゃあ、日本酒追加ね」
「ハイハイ。じゃんじゃんどうぞ」
 三人は遅くまで盛り上がっていた。

「あー、もう。帰国早々、俺の手を煩わせるな、おまえは」
 広樹を軽く背負いながら、鷹緒が言った。広樹はひどく酔っている。
「だって、久々だからさあ。ねえ? 沙織ちゃん」
「ハイハイ。うう、寒い……あ、タクシー!」
 タクシーに向かって鷹緒が手を上げた。そして止まったタクシーに、広樹を乗せる。
「ヒロ。行き先言えるな?」
「うん、じゃあね」
 広樹はそのまま、タクシーで去っていった。
「ったく……」
「あはは。相変わらずだね、ヒロさんも」
 笑って沙織が言った。そんな沙織に、鷹緒も微笑む。
「ああ、おまえもタクシーで帰れよ。今、拾うから」
「鷹緒さんは? あのマンションに戻るの?」
「今日はビジネスホテルでも行くよ。うちは二年半そのままだから、帰って早々掃除とか面倒だし」
 鷹緒はそう言うと、タクシーを拾おうと道路を見つめる。そんな鷹緒に、沙織が口を開いた。
「私はいいよ。この近くだから、歩いて帰れるし」
「ああ、一人暮らししてんだっけ? でももう遅いし」
「大丈夫だって」
「……じゃあ、送るよ。俺も一旦、荷物取りに事務所に戻らなきゃいけないし……」
「……うん」
 二人は、沙織の家まで歩き出した。変わらぬ鷹緒の優しさが、沙織の心に沁みる。
「……茜さんは、元気?」
 しばらくして沙織が尋ねた。
 茜はともに鷹緒を好きだった、恋のライバルである。鷹緒とともにニューヨークで過ごしていたはずだが、音沙汰もない。
「さあ、元気じゃない?」
「え? だって、一緒に仕事してたんじゃ……」
作品名:FLASH 作家名:あいる.華音