FLASH
「理恵さん。BB事務所の社長さんからお電話です」
「はい」
理恵はすぐに電話に出る。
『お電話代わりました。副社長の石川です。はい、あいにく社長は席を外しておりまして……』
話を続けている理恵を尻目に、沙織は自分の出ているスクープ記事を見つめた。そこには、はっきりと自分の姿が写し出され、ありもしない噂が書き立てられている。
「沙織ちゃん。電話、代わって」
その時、理恵がそう言ったので、沙織は受話器を受け取った。
「もしもし……」
『沙織?』
受話器の向こうから聞こえたのは、ユウの声であった。その声を聞いた途端、沙織は安心すると同時に、泣きたくもなる。だがそれを堪えて、沙織は口を開いた。
「ユウ?」
『うん。沙織、大丈夫? 今、うちの社長と、君の事務所の副社長さんで話をしてもらった。今回のことは、前とは状況が違うだろう? 君も高校生じゃないし、新人モデルでもないんだ。それに、僕と正式につき合ってる。僕、ずっと考えてた。みんなに君との交際を公表しようって……君さえよければ、記者会見するよ。一緒じゃなくていい。僕がやる』
ユウの決意に満ちた言葉だった。
「ユウ……」
『正直言うと、公表したからどうってことじゃないと思うんだ。仕事にだって影響するかもしれない。だけど、このまま隠し通すよりは、僕は公表したい。隠れてコソコソ会うんじゃなくて、君とちゃんと向き合いたいんだ。公表すれば、悪いこともあるかもしれないけど、少なくともマスコミは、しばらくすれば引くと思うし、もう隠す必要もなくなる。君さえよければ、すぐにでも記者会見を開こうと思ってる』
ユウの言葉に、沙織は泣けてきた。
「うん、私も……もう、隠れて会うのは嫌……」
沙織はやっとそう口にした。
隠れて会うのは当たり前だと思い込んでいた。ユウはみんなのユウであると思っていた。しかし、ユウの方が公表したいと言ってきたのは、沙織を愛してくれている証拠だと思う。
『じゃあ、今夜にでも記者会見を開くと思う。しばらくは沙織のところにもマスコミが行くと思うけど、沙織はあんまりマスコミ慣れしてないんだし、無理はしないで。またしばらくは会えなくなるかもしれないけど……すぐに会えるよ』
「うん……」
『じゃあ、また……』
「ユウ。ありがとう……」
『ううん。じゃあね』
二人は静かに電話を切った。
それから沙織は、自分の不甲斐なさを恥じた。自分はユウのように強くもない。実際、自分が記者会見などを出来る度量ではないことは、よくわかっている。また迷惑をかけ通しだった事務所の人たちは、一言も沙織を責めることなく、沙織を全力で支えてくれている。そんな中で沙織も、もっと成長しなければならないと、焦りを感じていた。
その夜。夕方のニュースで、ユウの記者会見が映し出された。
「それでは、あの記事のことは本当なんですね?」
記者の一人がそう尋ねた。ユウは頷くと、静かに口を開く。
「はい。書いてあることはデタラメばかりですが、僕は写真の女性とおつき合いさせていただいています」
「その女性とは、以前噂になったモデルで活躍されている、小澤沙織さんというのは、間違いないですか?」
「……そうです」
「何年くらいのおつき合いになりますか?」
「一年ちょっとだと思いますけど……」
「結婚は考えていらっしゃるのですか?」
「まだそこまでは……でも、真剣におつき合いさせていただいています」
ユウはハッキリと記者の質問に答えていった。そんな中で、事務所の人間が割り込む。
「それでは、そろそろ時間の方が押してまいりましたので、この辺で終わらせていただきたいと思います」
その言葉に、ユウは立ち上がる。そんなユウに、記者がもう一つ質問をぶつける。
「ユウさん。ファンの方々に一言!」
「……僕もプライベートでは普通の男です。どうか応援してください。僕も仕事でみなさんにそれを返したいと思います」
ユウはそう言うと、記者会見場を出ていった。
その様子を、沙織は食い入るように見ていた。ユウの愛情が、痛いほど伝わってくる。
その日から沙織とユウは、マスコミに執拗に追われていった。しかし今回は、公表したことできっぱりとお互いのことを言えるようになっている。それだけでも、互いにとっては救われた。
仕事もファンも少しは減っていったが、マスコミが騒ぎ立てなくなる頃には、徐々にそれも持ち直していった。
三月。まだ寒さが残る夜、東京のとあるコンサートホールでは、BBのコンサートが行われていた。寒さも感じさせぬ熱気ある会場では、一人でユウの姿を見守る沙織の姿があった。
関係者席を用意されていたものの、周りは関係者を利用してやってきた、熱狂的ファンの子が多いようだ。沙織は帽子を目深に被ると、マフラーに顔を埋めて、コンサートを見つめていた。
恋人の姿はスポットライトを浴びて輝き、この時だけは沙織の恋人ではないと感じさせられる。
「今日はみんな、ホントにありがとう! これからもよろしくねー!」
ユウが叫ぶと、ファンたちも叫ぶ。アンコールを終えると、BBたちは袖の奥へと消えていった。
会場が明るくなり、ざわざわと人の波も会場を出ていく。沙織はゆっくりと立ち上がると、人の波へとついていった。関係者席という区切られた席なので、帰り道も比較的スムーズだ。
「ヤベ。携帯落としたっぽい!」
前を歩いている少女が、突然振り向いてそう言った。人波に逆流するので、後ろにいた沙織は突き飛ばされるように倒れこんだ。
「あ、ごめんなさい!」
前にいた少女は素直に謝り、沙織を見つめる。沙織は首を振って立ち上がると、少女の驚く顔に気が付いた。
「あんた……小澤沙織!」
少女の言葉に反応して、前を歩いていた人たちが一斉に振り向く。
「えー、なに? 彼氏利用してビップ席かよ」
「意外とブサイクー」
一気に罵声が飛ぶ。沙織は目をきょろきょろさせて一礼すると、もと来た道を戻ろうとした。
「待ちなさいよ。なに逃げようとしてんの?」
気が付けば、沙織は一気にBBファンたちに囲まれていた。マスコミよりもなによりも、ファンたちが恐く見える。
「なに、その顔。何もしないって」
ファンたちはそう言いながらも、沙織の腕を掴んで床へと引き倒し、沙織の帽子やマフラーをはぎ取るようにする。
「これ、変装のつもり? バレバレだから」
「BBファンに一言ないの? ユウ取ったくせにさ」
「……取ってないです」
静かに、沙織が言った。
「あ?」
「べつに、あなたたちから取ったんじゃない。私たちは真剣に……」
「うざいんだけど!」
反論した沙織に向かって、ファンの一人が足を蹴り上げる。
「何してんだ!」
その時、そんな声とともに、警備員が駆けつけた。
「べつに何もしてませーん。転んだ人がいるだけでーす」
逃げる様子もなく、ファンたちはそのまま去っていった。
「おい、大丈夫か?」
そう言う男性の声に、沙織は顔を上げる。沙織の目には、信じられない人物が映った。
「た、たっ……鷹緒さん?!」