FLASH
34、恋人宣言
それから数ヵ月後、沙織は無事高校を卒業し、都内の短期大学へ通うこととなった。それと同時に、本格的に芸能活動をするため、事務所近くに一人暮らしを始める。
「よし。これでなんとか暮らせるかな」
最後のダンボールを片付け、新居となる部屋を見渡して、沙織が言った。すると、携帯電話が鳴る。
「はい。あ、ユウ?」
電話の相手は、未だ順調に続いている、恋人のユウである。二人はもう、呼び捨てで呼び合える仲となっていた。今では、たまに二人きりで食事に行ったりもしている。
『沙織? 引越しは終わった?』
「うん、今」
『ごめん。手伝えなくて』
「いいよ、そんなの。それに、ユウが引越し手伝う姿なんて、想像つかない」
笑って沙織が言う。それにつられるように、ユウも笑った。
『あはは。そうかな? それより今日、久々に早く終わりそうなんだ。一緒に食事でもしない?』
「うん、するする!」
『じゃあ迎えに行くよ。七時半に』
「オーケー。あとでね」
沙織は電話を切った。つき合ってみると、ユウは普通の男性で、人気歌手とはまったく違った顔を見せる。そんなユウが、たまらなく愛しかった。
「今日はコンサートの打ち合わせがあったんだけどさ、企画目白押しできっと楽しくなると思うよ。コンサートには、沙織も来てくれるよな?」
ユウの部屋で、ユウが沙織にそう言った。
二人のデートは、ユウの部屋で過ごすことが多かった。外だと目立つ上、リスクも大きい。ユウの住むマンションは、オートロックで駐車場も地下のため、そうそう人に会うことはなかった。駐車場に出入りの際は、沙織が体を隠しておけばバレることはないのだ。そんな他人にはあまりない苦労を抱えながらも、二人の交際は順調だ。
ユウの話を聞きながら、沙織は笑って頷く。
「もちろん行くよ。今回のコンサートも、楽しくなりそうだね」
「うん、頑張るよ。ああ、そういえば諸星さん、もうニューヨークに行って二年じゃない? そろそろ帰ってくるんじゃなかったっけ?」
突然、ユウがそう尋ねた。
久しぶりに聞く鷹緒の名前に、沙織の目が一瞬揺れた。だが、前よりその情熱は確実に薄れてしまっている。
「ああ、うん。わかんない。私には全然連絡くれないから。でも、この間ヒロさんが、少し長引きそうって言ってた……」
「そう、長引くんだ……」
ユウが残念そうに言ったので、沙織は微笑んだ。
「ユウは本当に鷹緒さんのこと、尊敬してるんだね」
「うん、まあね。僕は前から趣味で写真をやってたんだけど、あの人の写真はずっとすごいって思ってたんだ。こっちは被写体だけど、思った以上にカッコよく撮ってくれるしさ。気持ちがいいんだ、撮ってもらうと」
「うん……わかる」
沙織もその経験者であった。鷹緒は、沙織がカメラの前で緊張していても自然と解してくれ、仕上がった写真は別人のように写っている。そんな鷹緒の腕に惚れこんでいる人が、ユウ以外にも多くいるということは、沙織にも理解出来る。
「諸星さんに、言ってないんでしょ? 僕らがつき合ってること……」
「うん……会話もろくにしてないからね」
「じゃあ、知ったら驚くだろうな」
「そうだね……」
二人は笑った。
「……寂しくない?」
その時突然、ユウがそう尋ねた。その意味がわからず、沙織が聞き返す。
「え?」
「だからさ、諸星さんがいなくなって、寂しくない?」
「どうして? 私たち、ただの親戚だもん……」
「でも、好きだったんでしょう?」
ユウの言葉に、沙織は驚いた。
「……どうして?」
「知ってるよ。見てればわかるもん。前に沙織をコンサートに誘った時、沙織ってば、僕らよりも諸星さんとばかり話してたし、態度がね」
「あ、あれは緊張してたんだよ。BBのコンサートだし、楽屋まで入れてくれたから……」
赤くなって沙織が言う。
「僕はその頃から、沙織のことが気になってたんだけどな……」
ユウの悪戯な瞳に、沙織が真っ赤になって天井を見上げる。そして一つ咳払いをすると、ユウを見つめた。
「でも、もう昔のことだよ?」
沙織の言葉に、ユウは嬉しそうに微笑んだ。
「よかった……ずるいかもしれないけど、諸星さんが日本を離れたって聞いて、チャンスかなって思ってたんだ。あれから会う機会も全然なかったからアタック出来なかったけど、こうして沙織とつき合えてよかった」
正直なユウの言葉に、沙織は恥ずかしそうに微笑みながらも、首を傾げた。
「どうして? ユウはモテモテなのに。鷹緒さんと張り合うことないじゃない」
「いやあ、確かに僕はモテモテだよ。だけどあの人、大人じゃない? 仕事面の姿勢や技術だけじゃなくて、男としていろいろ尊敬出来る人だと思う。そんな人のことを好きな子を、どうやったら振り向いてもらえるのか、結構真面目に考えてた」
「変なの。天下のBBのリーダーなのに」
弱気なユウの言葉に、沙織が吹き出して言った。ユウも微笑む。
「変かな? 僕はただのユウだよ」
「うん。今はわかる」
二人はそっとキスをした。
それから数ヵ月後――。
鷹緒が日本を発ってから、二年半が過ぎようとしていた。二年契約で行ったものの、鷹緒が帰る気配はないが、日本でも鷹緒の写真が多く起用され続け、ニューヨークに居ながらにして、仕事に不自由しない状況になっていた。
「へえ。じゃあ、諸星さん、全然帰って来る気配がないんだ?」
いつものようにユウの部屋で、沙織はユウと話をしていた。もう真夜中の時間である。
沙織は口を尖らせ、頷いた。
「うん。事務所の人が言ってた……もう知らない。私には、全然連絡してくれないし」
「ハハハ。あの人、そういうのマメじゃなさそうだよね……あ、沙織」
突然、ユウが窓の外を見て言った。
「え?」
「雪!」
「わあ、本当だ! どうりで寒いはずだね……」
二人は揃って窓の外を見つめた。外は二月も終わりで、今の時間は特に冷え込んでいる。
「寒いね……」
そう言う沙織の肩を、ユウはそっと抱き寄せた。
「うん……戻ろう」
そう言って、二人はリビングの中心へと戻っていく。めったに会えない二人だが、二人きりのこの時間だけが、すべてを繋ぎとめるような、絶対の時間であった。
数日後。マスコミの嵐が、再び沙織を襲った。またもスクープ雑誌が、ユウと沙織の熱愛を報じたのである。すでに一度沈下されたスキャンダルは、再び一気に燃え上がった。
「すごいハッキリ出ちゃったわね……」
事務所では、理恵が頭を抱えてそう言った。写し出された写真には、沙織とユウが、ユウの部屋で寄り添っている写真が写っている。それは数日前に二人で雪を見上げた、その時の写真であった。
「どこからこんな……」
沙織も溜息をついて言う。
「張り込んでいたのね。まあ、今まで何度か報じられはしてたけど、その度にすぐに沈下出来ていたのが不思議よね。BB側の事務所のおかげだろうけど。でも今回は……」
その時、事務所の電話が鳴った。
「もう! 今日は鳴りっ放しだわ」
「ごめんなさい……」
虚ろな目をしながら沙織が謝る。前回とは二人の関係も立場も違うが、どうしていいのかわからなくなる。
その時、事務員の牧が理恵に手招きした。