FLASH
広樹が言った。一同の目が、茜に向けられる。
「そうなんですか? 茜さん、いつ発つんですか?」
「明日です。もともと私、鷹緒さんに向こうでのことを、説明や打ち合わせに来ただけだから……」
「そうなんですか。鷹緒さんももうすぐ発つんですよね? 急過ぎますよ。寂しくなるなあ……」
「悪い。遅くなって……」
その時、やっと鷹緒が現れた。
「遅い、鷹緒さん!」
「待ちくたびれましたよ」
一同が口々に言う。
「いろいろ支度してたからさ……」
「なんにしても主役が来たぞ。乾杯しよう!」
広樹の言葉に、一同がグラスを持って盛り上がる。
「では茜ちゃんと、うちの稼ぎ頭が、ニューヨークで腕を磨けるチャンスに、乾杯!」
「あはは。かんぱーい!」
一同は酒を酌み交わし、そこは一瞬にして大盛り上がりの会場となった。鷹緒と沙織は、お互い離れたところに座り、目を合わすことも話すこともなかった。
次の日。沙織が目を覚ますと、茜が支度をしていた。
「茜さん……」
「沙織ちゃん。お世話になりました」
茜が言った。茜は今日、一足先に日本を発つことになっている。
「いえ……」
そう言う沙織は、最近ずっと沈んだままだった。鷹緒のことは好きだが、遠くに離れてしまう今、早く忘れたいと思う。もう拒否されるのが怖かった。しかし、そう簡単に忘れられるはずもなく、悩みだけが膨らんでいる。
そんな沙織を尻目に、茜が鷹緒の部屋を覗いた。
「やっぱり帰ってないか……」
「え?」
「鷹緒さん、挨拶回りしているらしくて、あんまり帰ってないみたいよ。荷物ももう送ったみたいだし、いい機会だからいろいろ処分したって言ってたから、もぬけの殻って感じね……」
その言葉に、沙織も鷹緒の部屋を覗いた。確かに家具はあるものの、殺風景な感じがする。
「沙織ちゃん。ずっと黙っててごめんね……鷹緒さんが、ニューヨークに行っちゃうこと」
改まって茜が言った。そんな茜に、沙織は首を振る。
「……もういいんです」
「いいって……」
「きっぱりフラれましたから……」
「……告白したの?」
沙織は頷く。
「ごめんって言われました……」
「……諦めちゃうの?」
また茜が尋ねる。沙織は少し考えた後、ゆっくりと頷いた。
「もう嫌なんです。辛いの……」
「……そう。でも、それも一つの選択だけど、本当に鷹緒さんのことが嫌いになったり、忘れるくらいになるまで、諦めるのはとっておくのもいいんじゃない? まあ、私はそんなことを考えて、もうずっと鷹緒さんに恋してるけどね」
「茜さん……」
茜は変わらず、明るく微笑んだ。
「私はいいわよ、ライバルが減った方が。私は後悔したくないの」
「……」
「じゃあ私、もう行かなくちゃ。お世話になりました。ありがとう、沙織ちゃん。また会おうね」
茜は沙織を挑発するようにそう言うと、大きなスーツケースを持って玄関へと向かっていった。
元気がないまま、沙織も玄関まで見送る。茜の挑発には、もはや乗れる気にはなれなかった。
「気を付けて……」
沙織の言葉に、茜は頷く。
「ありがとう……頑張ってね。これからが売り時じゃない」
「はい。でも、今まで鷹緒さんがいるから頑張ってきたのに、なんかもう、どうしていいのかわからなくて……」
そう言った沙織の肩を、茜が思い切り叩いて微笑む。
「いいじゃない。二年経ったら鷹緒さんは帰ってくるのよ。もっと綺麗になって、見返してやればいいじゃない。あの時私を振ったことを後悔させてやるって、思っていればいいじゃない」
「茜さん……」
茜は沙織の手を取り、握手をした。
「じゃあね。私も沙織ちゃんに負けないように、女を磨いておくわ」
茜はそう言うと、沙織の部屋を出ていった。残された沙織は、複雑な思いでいた。