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30、告白




 次の日。鷹緒が目を覚ますと、広樹がコーヒーを入れていた。
「ヒロ……」
「おはよう。僕、また酔って寝ちゃったみたいだね……」
 入れたばかりのコーヒーを差し出し、広樹が言った。鷹緒は苦笑する。
「まあな。おまえ、その酒癖悪いのなんとかしろよ」
「ハハハ……それで、どうだった?」
「なにが?」
「いや、昨日のこと、覚えてなくてさ……言ったんだよな? ニューヨークに行くこと……」
「なに、おまえ、何も覚えてないのか? まあ確かに、途中から寝てたけどな……」
 コーヒーに口をつけるや否や、呆れて鷹緒が言った。
「打ち明けたところまでは覚えてるんだけど……」
「……みんなびっくりしてたよ。暗い雰囲気になったから、すぐにお開き」
「だろうな。そりゃあびっくりするよな……沙織ちゃんは?」
「……なんで?」
 広樹の言葉に、鷹緒が驚いて尋ねる。
「だって、一番びっくりする人物だろう?」
「……まあ、ショックは大きかったみたいだけど……理恵も怒ってたし」
「まあね。副社長には言うべきだったと思うけど」
「いいんだよ」
 鷹緒は遮るようにして言った。
「……いつから行くんだっけ?」
「……来週」
「本当、間もないな……」
「ああ……まあ、後を頼みますよ。やり手の社長さん」
 二人は笑って、朝焼けの街を見つめた。新しい幕開けのような、美しい朝だった。

 しばらくして、沙織が事務所へやってきた。すると、まだ眠気眼の広樹が出迎える。
「沙織ちゃん。おはよう」
「おはようございます……ヒロさん、一人ですか?」
 辺りを見回しながら、沙織が尋ねる。
「うん。鷹緒は、さっき出てったよ」
「そうですか……」
 少し残念なような、ホッとしたような気持ちで、沙織は頷いた。
「おはようございます」
 そこに、理恵と数人の事務員がやってきた。
「沙織ちゃん、早かったのね。今日はスケジュールぎっしりよ。なにせシンコンの準グランプリだからね! 鷹緒さんも、結構アポ取って来てくれてたみたいだし……」
 理恵が言った。
「社長。鷹緒さん、今日休みですよね? 昨日からかけてるのに、電話切ってるみたいなんですよ。真相聞こうと思ってたのに!」
 広樹の周りを事務員たちが囲む。誰一人知らされていなかった鷹緒の渡米に、一同はやきもきしているようだ。
「まあまあ。僕も口止めされてたんだよ。確かにシンコンでみんなが張り切ってる時に、言うべきじゃないと思ってさ……」
 困ったように、広樹が言う。しかし尚も事務員たちは質問を続ける。
「いつ行っちゃうんですか? 鷹緒さん」
「ああ。来週って言ってたかな……」
「来週! もうすぐじゃないですか!」
「うん……今度、お別れパーティー的なことは企画するからさ。ああ、もうこんな時間だ。僕も得意先に電話しなくちゃ」
 広樹はたじろきながら、事務員たちから逃げるように社長室へと入っていった。
 そんな会話を聞きながら、沙織も理恵も口をつぐんだ。理恵も、鷹緒が日本を離れるということは少しも聞いておらず、未だ動揺を隠せないようだ。
「……さあ、行きましょうか」
 やがて、理恵がそう言った。
 沙織は吹っ切るように微笑み、頷く。きちんと告白する前に鷹緒に拒絶され、沙織はもうどうしていいのかわからなくなっていた。出来るだけ早く忘れられれば、と思った。

 その夜。沙織はインタビューなどで引っ張りだこの仕事を終え、鷹緒のマンションへと戻っていった。そろそろ夏休みが終わるため、沙織も荷物の整理などをしなければならないが、もうしばらくはシンデレラコンテストの準グランプリ受賞者として、スケジュールがぎっしりである。
 沙織は部屋に戻るとリビングへ向かった。同居人の茜は帰っているようだが、寝室ですでに眠っているらしい。沙織はさすがに疲れて、ソファへと倒れ込んだ。ふと隣の鷹緒の部屋が気になったが、開ける勇気はもうない。
「……鷹緒さんの馬鹿」
 そっと沙織がそう言った。その時、鷹緒の部屋から何かが崩れるような、大きな音がした。
 その音に、沙織はハッと起き上がる。そしてゆっくり立ち上がると、鷹緒の部屋へ続くドアをそっと開け、覗き込んだ。
 鷹緒の部屋は、ダンボールで埋め尽くされるように溢れ返り、床には鷹緒が座り込んでいる。
「鷹緒さん……!」
 沙織が思わず声をかけた。
「ああ……帰ってたのか」
 苦笑して、鷹緒が言う。
「……どうしたの? 大丈夫?」
「うん。ちょっと、手が滑って……」
 鷹緒のそばには、棚の上にあったと見られるダンボールが転がり、中の物が散乱している。鷹緒は、ゆっくりと立ち上がる。沙織は居たたまれなくなって、鷹緒に背を向けた。
「沙織……」
 その時、鷹緒が呼び止めた。沙織は、その場から動けなくなってしまった。
「……ごめんな。シンコン終わって間もないのに。おまえが受賞したら、少なからずサポートはしてやるつもりだったんだけど……」
「だったら……どうして!」
 そう言ったところで、沙織は鷹緒の顔を見て押し黙った。鷹緒はいつになく真剣な眼差しで、沙織を見つめている。
「本当にごめん……でも俺、おまえが準グランプリになって、本当に嬉しいよ」
「……ずるいよ、鷹緒さん!」
 鷹緒の言葉に、カッとなって沙織が叫んだ。
「どうしてそんなこと言うの? 私の気持ちに気付いてるくせに……私、鷹緒さんのことが好きだよ!  シンコンやろうと決めたのだって、今までずっと頑張ってきたのだって、みんな鷹緒さんがいたからなのに!」
 沙織は勢いで告白をしていた。そんなことよりも、鷹緒に想いが通じないのが悔しくてたまらず、沙織の目から涙が溢れ出る。
 そんな沙織を見つめた後、鷹緒は沙織を静かに抱きしめた。沙織は驚きながらも、その暖かな鷹緒の腕の中で、安らぎと絶望を感じていた。
「ごめんな……」
 もう一度、鷹緒が謝った。謝ることしか出来なかったのかもしれない。沙織は更に悲しくなる。
「もう、いいよ……」
 しばらくして、沙織はやっとそれだけを口にした。
「沙織……」
「もういいから、謝らないで……」
 鷹緒の腕から離れ、沙織は背を向ける。
「……さよなら。元気でね……」
 沙織はそう言うと、部屋へと戻っていった。
 寝室へ駆け込むと、一人泣いた。鷹緒の本心は見えなかったが、ハッキリと告白しても、想いは伝わらなかったようだ。そう思うと、涙が止まらない。
 鷹緒は部屋に残ったまま、後片付けを続けた。そして大きな溜息をつく。鷹緒の心もまた、大きく揺れていた。

 数日後。事務所近くの居酒屋で、鷹緒と茜の送別会が行われた。沙織のほかにも、事務員全員が集まったが、その席に肝心の鷹緒はいない。
「ねえ、鷹緒さんはまだですか?」
 事務員の一人が、広樹に尋ねる。広樹は苦笑して、電話を見つめる。
「ああ、来るとは言ってたんだけど……仕事が長引いてるのかな」
「仕事っていったって、簡単な打ち合わせでしょう? もしかして、来ないとか?」
「有り得る! 鷹緒さん、こういう席ってあんまり来ないもんね。数人とだったら飲むくせに」
 事務員同士が、盛り上がるように言う。
「まあまあ、みんな。じゃあ先に一度、乾杯しようよ。茜ちゃんは一足先に日本を発つんだから」
作品名:FLASH 作家名:あいる.華音