FLASH
ズバリと言う鷹緒に、理恵は涙を拭う。
「……ごめんなさい……」
「……謝って欲しいんじゃない。べつに一度や二度の浮気なら、まだ許せるよ。でも違うんだろ?」
「……ずっと、豪のことが気になってた……」
理恵の告白は、鷹緒の胸を締めつけた。
「……ごめんな」
突然、鷹緒がそう言った。理恵は驚いて、鷹緒を見つめる。
「おまえの気持ちに気付かなかった……おまえ、もうずっと豪のことが好きだったんだろ? それなのに、俺が縛ってた。その上、仕事で構ってもやれなくて……それは事実だ。邪魔者は、俺の方かもな……」
鷹緒の言葉に、理恵が首を振る。
「違うよ! どうして……どうしてそんなこと言うの? 怒ればいいじゃない。怒って、私を殴りつければいいじゃない! どうしてそうしないの。そうでもしてくれないと、私……」
悲鳴のように、理恵が言った。そんな理恵に、鷹緒は静かに口を開く。
「……楽になれよ。俺だって、おまえの寂しさや傷ごと抱けるほど、人間出来てないし、ここで元のさやに戻ったって、しばらくは俺のスケジュールだって埋まってる。おまえの寂しさ紛らわせることなんて出来ないよ……」
「鷹緒……」
訴えかけるような目で、理恵は鷹緒を見つめていた。鷹緒は眉をしかめて、俯いている。
「豪だって……あいつのことは、よくわかってるつもりだ。あいつの態度はいつだって気に食わないけど、あいつがおまえのことを好きだってことは、前から知ってた……知ってておまえのそばに居させた俺にも責任がある。なによりおまえ、もう豪の方に気持ちが傾いてるんだろう? そのくらいは、俺にだってわかるよ」
二人の間に沈黙が走る。もう、理恵は何も言えなかった。
「……私、鷹緒と別れたくない……」
しばらくして、理恵がやっとそれを口にした。鷹緒は理恵を見つめる。
「……俺だって、別れたくないよ。でも……このままじゃいけないと思う」
「……」
「理恵……俺たち、水と油だって言われてきたけど、俺はそうは思ってない。俺たちはこれで終わりじゃない……しばらく時間を置こう。俺も真剣に考えるから」
鷹緒はそう言うと立ち上がり、寝室へと入っていった。理恵は、その場で泣き崩れた。
次の日の早朝。一睡も出来なかった鷹緒は、静かに部屋を後にする。
互いの部屋に、もはや理恵の気配はない。理恵は内山のところに出ていったのだと確信し、鷹緒は一人、仕事へと向かっていった。
一週間後。東京に戻った鷹緒は、その足で広樹の事務所へ向かった。
「おかえり。どうだった? 広島は」
広樹が尋ねる。
「うん、仕事は順調。料理はうまいし、最高だった」
「鷹緒。早々なんだけど、大事な話があるんだ」
改まった様子の広樹に、鷹緒が首を傾げる。
「なに?」
「おまえ、正式にうちの事務所に入ってくれないか?」
「……」
「おまえ、まだモデル事務所所属だろ? カメラマンとして認められてきてるのに、ほとんどフリーで活動してるじゃないか。うちの事務所はまだ立ち上げて間もないけど、おまえには当初からずいぶん手伝ってもらってるし、仕事も回してるよな。おまえももうモデルの仕事はほとんど請けてないんだし、ここらで正式にカメラマンとして来てくれないか? おまえが来ればうちも助かるし、今まで以上に仕事を回せるように頑張るよ」
広樹の言葉に、鷹緒が笑った。
「ずいぶん、見込まれたもんだな……」
「僕は本気だよ」
真剣な眼差しの広樹に、鷹緒が俯く。
「うん……正直言うと、いろいろ考えてた。どっちみち、そろそろモデル事務所は辞めようと思ってたんだ」
「じゃあ……」
「ああ。まあとっくに、俺はこの事務所の人間だって感じがしてたよ」
「じゃあ、よろしく頼むよ!」
「ああ」
二人は握手を交わす。
「そうだ、夕飯は食べたのか?」
「いや」
「じゃあ、食べに行こう」
そう言って、二人は事務所を出ていった。
「どこにしようか。いつものところでいいか? 必ず誰かしらに会うんだけどな……美味いから仕方ない」
「ギョーカイ人の巣窟か」
鷹緒が、苦笑して言う。
「どちらかというとモデルが多いな。この辺、モデル事務所が多いから」
二人はそう言いながら、近くの料理屋へと入っていった。雰囲気の良いその店は、全席個室で隠れ家風を気取り、業界人御用達だと人気である。広樹もまた、行きつけの店にしていた。
「あ、諸星さん!」
店に入るなり、鷹緒が声をかけられた。鷹緒が所属しているモデル事務所の後輩である。
「なんだ、おまえらも食事か」
苦笑して、鷹緒が言った。
「はい、一緒に飲みましょうよ。あと何人か来てますよ」
「ゆっくり飲みたいから、今度な」
「残念です……」
後輩は、そのまま去っていった。
「別の店にしようか。もしかしたら、理恵ちゃんも……」
広樹が察して言う。鷹緒は表情を変えずに、中へと入っていく。
「いいよ、べつに……」
二人は、仕切られた個室へと通された。早速、酒を交わしながら、広樹が尋ねる。
「……それで、その後どうなったんだよ?」
「どうって?」
「だから、その……理恵ちゃんとさ」
「……さあ」
「さあって、おまえ……」
静かに微笑んで、鷹緒は日本酒を飲む。
「俺の出張もあって、会ってないよ。出る時には、すでに出てった後みたいだったし……まあ、このまま離婚かもな……」
鷹緒の言葉に、広樹が身を乗り出した。
「……本気で言ってるのか?」
「本気もなにも……しょうがないだろ? あいつが別のやつ好きになって浮気して、ただそれだけのことじゃん」
煽るように酒を飲みながら、鷹緒は溜息をつく。
「おい、飲み方考えろよ……」
「なんか……わかんないんだよ」
静かに、鷹緒がそう言った。
「え?」
「女の愛し方……とかさ、結婚とか。俺には、もともと結婚なんて無理だったのかもな……」
「鷹緒……」
「……俺、あんまり親に愛された記憶もないし、親も再婚だから、普通の家庭っていうのがよくわかってなくて……義理の兄弟とも馴染めなくてさ。そんな中で、自分自身が作る家庭っての、よく考えてなかった気がする」
広樹は口を挟むことなく、鷹緒の話を黙って聞いている。鷹緒は話を続ける。
「あいつのことも放りっぱなしで……だから俺、あいつを責められる立場じゃない。俺も苦しみたくなかったし、あいつも苦しめたくない。いっそ嫌いになれたらよかった……そうしたらあいつ、もっと早くに俺のところから出ていけたのに……」
鷹緒の言葉に、広樹は絶句した。ここまで鷹緒が本心を言うのは、広樹自身も聞いたことがなかった。なにより鷹緒の不器用さが、広樹を締めつけるように伝わる。
「本当だ。居たんですね、先輩」
そこに、空気を一瞬にして打ち壊す人物が現れた。内山である。