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17、異質な訪問者




「キャー!」
 驚いた沙織が、途端に悲鳴を上げる。しかし目の前には、鷹緒の姿があった。
「うわ、おまえか」
 そう言う鷹緒も、少し驚いた表情を見せている。
「た、鷹緒さん! 超びっくりした。な、なんでここにいるの? 京都に撮影じゃ……」
「ああ。早く終わったから、日帰りで帰ってきたんだ。おまえ、今日からここか……忘れてた」
「ひどい。もう夏休みだよ? 夏休み入ったら私がここに住むって、ずっと前から言ってたじゃない。もう、本当びっくりした!」
 沙織は驚きながらも、笑って答える。
「こっちもびっくりしたよ。ここの電気ついてるのがドアの隙間から漏れてたから、消し忘れかと思った。それより、初日から夜更かししてんじゃねえよ。さっさと寝ろ」
「わかってるよ。でも、眠れないんだもん……」
「なに、ホームシック?」
「違う!」
 二人は互いを見つめて、思わず笑った。
「まあ、夏休みってことは、シンコンまでもう少しってことだな。ラストスパート、気合入れて頑張れよ」
「はーい!」
 真夜中ということと、鷹緒に会えたという喜びで、沙織はハイテンションで答えた。そんな沙織に、鷹緒も笑う。
「ったく、夜中だっていうのに元気なやつだな。俺ももう寝るぞ」
「えー」
「俺は疲れてんの。おまえも明日早いんだろ? 早く寝ろよ」
「うん。鷹緒さんは、明日は何時?」
 沙織が尋ねる。
「九時に事務所」
「九時か……ねえ、私は八時なの。一緒に行こうよ」
「一人で行け。それに俺は、おまえより一時間遅いんだよ」
「少しだけ早起きすればいいだけじゃない。いいでしょ? 私はシンデレラ候補なんだから」
「まったく……わかった、いいよ。どうせ仕事、山積みだし」
 駄目もとで言った沙織の言葉に、少し嫌そうに、しかし優しく鷹緒が言った。そんな鷹緒に、沙織の興奮は更に高まる。
「嘘、嬉しい! 言ってみるものだね。じゃあ明日、朝ごはん作ってあげるよ。何時に起こせばいい?」
 うるさいほど元気な沙織に、鷹緒は苦笑して返事をする。
「……七時半」
「オーケー。じゃあ、七時半に起こすね。おやすみなさい!」
 俄然やる気の出た沙織は、そう言って立ち上がった。鷹緒も、自分の部屋へ繋がるドアに手をかける。
「……おやすみ。早く寝ろよ」
「はーい」
 鷹緒はそのまま、部屋へと戻っていった。
 沙織も部屋に戻ると、鷹緒と朝食や出勤を一緒に出来ることに、大きな幸せを感じていた。もっと近くにいたいと思う。
 興奮した沙織は、そのまましばらく眠れぬ時を過ごした。

 次の日。早くに目を覚ました沙織は、まだ静かな鷹緒の部屋のドアをそっと開いた。朝の光がカーテンの隙間から漏れているが、まだ部屋の中は薄暗いままだ。
 まだ数えるほどしか入ったことのない鷹緒の部屋は、沙織にとって未知の世界であった。
 改めて、部屋をぐるぐると見回してみる。生活感があまりないリビングだが、テーブルの上には無造作に、カメラや書類などが置かれている。
 ふと時計を見ると、まだ七時前である。沙織は鷹緒の寝室には行かず、自分の部屋に戻って、キッチンへと向かった。そして朝食の準備をする。朝食が出来上がったのは、七時三十分ギリギリであった。
 すると、リビングのドアが開いて鷹緒が入ってきた。
「わ! 鷹緒さん……なんだ。起きちゃったの?」
「もう三十分……」
 まだ眠そうにしながら、鷹緒は時計を指差して、約束の時間が過ぎたことを示す。
「わかってる。朝食作ってたら、時間かかっちゃって……今、起こしに行こうと思ってたところ」
「あっそ……」
「おはよう」
「んー……」
 鷹緒はソファにぐったりと座った。その姿は、すぐにでも眠ってしまいそうである。
「……眠い?」
「おかげさまで……」
 沙織はそんな鷹緒の前に、朝食を並べた。パン食ではあるが、目玉焼きや数種類のおかずが乗っている。
「へえ。料理出来んの?」
 感心したように、鷹緒が言った。
「見くびらないでよ。このくらいは、誰だって出来ます」
 ムキになって沙織が答える。鷹緒は静かに笑う。
「そうか。俺、料理は全然駄目だから、この程度でも感動する」
 鷹緒の言葉に、沙織は微笑んだ。
「さあ、めしあがれ」
「いただきます」
 二人は、朝食を食べ始めた。

 それから少しして、支度を終えた二人は、車で事務所へと向かっていった。
「わあ早い。やっぱり家から通うのとは違うよ……」
 あっという間に着いたので、沙織がそう言った矢先、鷹緒は車を路肩につけて口を開く。
「沙織。ここで降りて」
「え、鷹緒さんは?」
「早く起きたから、今日の仕事始める。スタジオにいるって、ヒロか牧に伝えて」
「わかった」
「あと、今日は仕事早く終わると思うから、なんなら事務所で待ってろよ。どうせ帰るところ一緒なんだし」
 鷹緒の言葉に、沙織は大きく頷いた。
「うん、待ってる!」
「ああ。じゃあな」
 沙織を残して、鷹緒はそのまま去っていった。

 夕方。
「鷹緒さん、遅いわね」
 定時を過ぎて人がいなくなった事務所で、鷹緒の帰りを待つ沙織に、唯一、残業をしている牧が言った。
「はい……今日は早く終わるからって、自分から言ったのに」
 そう言った沙織は、ソファに座ってつまらなそうにしている。そんな沙織に、牧は苦笑する。
「まあ、もうすぐ帰ってくるわよ。でも今日は、社長も理恵さんもいないし静かね。二人揃って打ち合わせだっけね……」
「そうですね。理恵さんには、今日もしごかれましたけど……」
「そう。トレーニングはどう?」
「きついですよ、マッチョになりそう。ウォーキングだけでも、筋肉痛になっちゃいます」
 沙織の言葉に、牧が吹き出した。
「そっか。もうすぐだもんね、シンコン。今週、二次審査でしょう? 通るといいわね。三次までいけば、鷹緒さんもいるわけだし。もうトロフィーも、もらったも同然ね」
「あはは……頑張ります」
 沙織は鷹緒の名を聞いただけで、力が湧き上がるかのように笑って答えた。
「すみません」
 その時、入口から男性が声をかけてきた。牧にも沙織にも、面識はない。
「はい。どちらさまでしょう?」
 突然の客に、牧は慌てて立ち上がり、そう声をかけた。そんな牧に、男性は事務所内を見渡し、口を開く。
「諸星鷹緒さん……おいでになりますか?」
「申し訳ございません。諸星は、只今席を外しておりまして……失礼ですが、どちらさまでございますか?」
 牧の言葉を受けて、男性は優しい笑顔で会釈をした。
「内山と申します。諸星さんとは、古くからの仕事仲間で……何時頃帰られるか、わかりますか?」
「もうすぐ帰るとは思いますが……」
「そうですか。海外から帰ったばかりなのですが、近くまで来たものですから、ぜひ久しぶりに会いたいと思いまして……」
 内山と名乗った男は、大きなスーツケースを持ったまま、牧に笑いかけている。
「そうでしたか。事務所はもう終わりなので、大したお構いも出来ませんが、そういうことでしたらどうぞ中で待ってらしてください。古くからのお知り合いでしたら、きっと諸星も喜びますよ」
 牧が応接スペースに案内しながら言う。沙織はというと、近くのデスクの前に座り、そのやりとりを見つめていた。
作品名:FLASH 作家名:あいる.華音