FLASH
「……諸星さん、沙織ちゃんと一緒に帰るの?」
「ああ。俊二も一緒だけどな」
「……」
突然、恵美が押し黙った。
「……今度、新しくなった事務所来いよな」
恵美の寂しさを察して、鷹緒がそう言った。途端に、恵美の顔は元通り明るくなる。
「本当? 行ってもいいの?」
「もちろん」
「うん、行く!」
嬉しそうに恵美が言ったので、一同も微笑んだ。
「じゃあ、私たちもそろそろ……お疲れさまでした」
理恵はそう言って、恵美を連れて去っていく。鷹緒たちも荷物を持って、俊二が乗ってきた鷹緒の車へと乗り込み、事務所へと戻っていった。
「お疲れ」
三人が事務所に戻ると、広樹が出迎えた。
「なんだ、ヒロ。一人か?」
鷹緒はそう聞きながら、返事も聞かずに奥へと入っていった。
「ああ、一人で残業だよ。沙織ちゃんも一緒だったんだ?」
「はい。撮影現場に慣れようと……」
沙織が答える。広樹は頷くと、話題を変えた。
「そっか。あと、夏休みの宿泊場所の件だけど……」
広樹がそんな話を持ち出す。沙織の家から事務所までは少し遠く、学校帰りに片手間で寄ることは苦にならなくても、毎日わざわざ出向くには少し遠いのである。
通えない距離ではないので、沙織はすまなそうに口を開く。
「はい……すみません」
「いやいや、いいんだよ。確かに少し遠いもんね。理恵ちゃんも気にしてたし。でも場所とか、どこか希望はあるのかな。ビジネスホテルとかでもいいの?」
「はい。近くで寝られればどこでも……」
そう時、カメラをいじりながら話を聞いていた俊二が首を傾げた。
「ホテルなんかより、うちのスタジオでいいんじゃないですか?」
「スタジオって……あの半地下のか? 殺風景で、女の子の暮らす場所じゃないだろう」
俊二の言葉に、広樹が言う。
「違いますよ。マンションの方。鷹緒さんの部屋と繋がってる……あそこ、今の時期はほとんど使ってないし、使うにしても控え室も別にあるんですし、他の道具や撮影に支障はないんじゃないですか? ねえ、鷹緒さん」
奥から出てきた鷹緒に、俊二が話を振った。
「なに? 何の話?」
話が掴めず、鷹緒が尋ねる。
「沙織ちゃんの宿泊場所ですよ。マンションのスタジオじゃ駄目ですか?」
「って、俺のマンション?」
鷹緒が煙草を咥えながら言った。
「そうだな、その線を忘れてた。あそこなら鷹緒もいるし、いざという時は頼りになるんじゃない? 親戚同士なら心強いだろう」
広樹も賛同する。その話の内容に沙織も頷いた。鷹緒のすぐそばにいられるということが、とても嬉しい。
「いいんだよ。だいたい家から事務所まで遠いったって、四十分程度だろ? そんなわがまま言ってるくらいなら、カプセルホテルかなんかでいいんじゃねえの?」
面倒臭そうに、鷹緒が言う。
「馬鹿か。そんなところに女の子一人置いておけるわけないだろ。だいたい、最初はおまえが言い出した話だろうが……べつに部屋が繋がっていようが隣だろうが、大して会うこともないだろう。沙織ちゃんは、どう?」
広樹が沙織に尋ねる。
「わ、私は……それでいいです。それが……いいです」
素直に沙織がそう答えたことで、広樹は大きく頷いた。
「よし。じゃあ、これは事務所の決定だ。今やあそこは事務所の持ち物なんだからな」
「わかったよ。でもおまえ、俺の部屋に勝手に入るなよ」
鷹緒が沙織に言う。そんな鷹緒に、沙織は口を尖らせた。
「わかってるもん。覗いたりしませんよ……」
「じゃあ決まりだな。よかった。いろんな手間が省けたよ」
「主に金だろ?」
広樹の言葉に、鷹緒が言う。
「ハハハ。どこも厳しいご時世なのよ……」
「じゃあ、ちゃんと片付けろよ。控え室だって、最近はほとんど使ってないんだし」
「ああ。今度ちゃんとやるよ」
「じゃあ帰るか。ヒロ、食事は?」
鷹緒が広樹に尋ねる。広樹は苦笑して首を振った。
「僕は残業。仕事が溜まっちゃって……」
「いろんな仕事に、手出し過ぎなんだよ」
「ハハ。それを言うなよ」
「悪いけど、今日は先に帰るぞ」
「ああ、もちろん。手伝ってもらうような仕事じゃないし、こっちももう少しで終わるから大丈夫」
「じゃあ、お先に」
一同は広樹を残して、事務所を出ていった。
ある日。大きな荷物を持った沙織が、理恵とともに事務所所有のスタジオであるマンションへとやってきた。夏休みに入った沙織は、シンデレラコンテストのためのレッスンを本格的に受けることになっており、事務所近くにあるこの場所から、レッスンへと通うことになっている。
このマンションは、以前は鷹緒と理恵が住んでいた部屋であり、隣の部屋には未だ鷹緒が暮らしている。
「沙織ちゃん、ここは来たことあるんだっけ?」
理恵が尋ねる。
「あ、はい……この間も、ここで写真撮ってもらいました」
「ああ、宣材写真ね? じゃあ少しは勝手がわかるわね。寝室は控え室を使って。もしかしたら撮影に何度か使うかもしれないけど、控え室は使わないようにさせるから」
「ありがとうございます」
「昨日、掃除したばかりだから、まだ行き届いてないところもあるかもしれないけど……勝手に使ってね」
「はい」
そう返事をすると、沙織はリビングに荷物を置いた。理恵は手際よくお茶を入れる。
「あ、あと注意事項。そこのドアなんだけど……」
リビング部分のドアを指さして、理恵が言った。
「鷹緒さんの部屋と繋がってるんですよね……?」
沙織が、理恵の言葉を遮って言う。
「そう、知ってたのね」
「はい……」
「心配なら鍵をつけてもいいんだけど、彼に限って親戚で未成年のあなたをどうこうすることないと思うし、まあ安心して」
理恵の言葉に、沙織が笑う。そして沙織は、静かに口を開いた。前から気になっていたことだ。
「あの……ここって、理恵さんと鷹緒さんが暮らしてたんですよね? どうして二部屋あるんですか?」
その沙織の問いかけに、理恵は苦笑に似た微笑みを浮かべる。
「うーん……私たちは結婚しても、やっぱりお互いにプライベートな部分をきちんと持ちたかったのよね。お互いに生活リズムも全然違うし、私も彼も頑固だから、一緒に住むとなったら合わないのよ」
そう言って笑った理恵につられて、沙織も微笑む。
「ここに住む前は、小さなマンションで少しの間一緒に暮らしてたんだけど、生活リズムが違うから、お互いに気を使って生きるわけじゃない? 疲れちゃってね……だから、仕事も軌道に乗ってきたところだったし、結婚資金とかもあったしで、少し無理して二部屋買ったの。そこのドアはあんまり使わなかったけど……唯一、夫婦を繋いだドアかな」
「……じゃあこの部屋は、理恵さんにとって思い出の場所なんですね?」
話を聞いて、沙織が言った。理恵は少し考えると、静かに首を振る。
「うーん。そうね……でも、今は事務所所有のスタジオだし、私が生活していた頃とはまったく違うわよ。だから気にせず好きに使って。でも鷹緒の部屋には勝手に入っちゃ駄目よ。怒るから」
「わかってます」
二人は苦笑した。
「じゃあ、今日から約一ヶ月、ここで頑張ってね」
「はい」