FLASH
「ありがとうございます……」
「失礼します。最終打ち合わせしますんで、練習室までお願いします」
そこに、スタッフの一人が来てそう言った。
「はい。じゃあコンサート開始まではまだ時間があるんで、ゆっくりしていってね。諸星さん、写真の方お願いします」
ユウはそう言って、他のメンバーたちと部屋を出ていった。
「……緊張した……」
ぼそっと、沙織が言った。そんな沙織に、鷹緒は静かに微笑む。
「ふうん? じゃあ、ちょっとお茶でもするか」
鷹緒はそう言って、沙織を連れて楽屋ロビーへと向かっていった。自動販売機でジュースを買うと、沙織に差し出す。そして椅子に座って、缶コーヒーを飲んだ。
「……今日はどんな仕事なの?」
横目で鷹緒を見ながら、沙織が尋ねる。
「コンサート写真を撮る仕事」
「そのままだね……」
「まあな。俺もそろそろスタンバイ入るから、客席行けよ。そろそろ開場時間だろう」
「うん。ありがとう、鷹緒さん」
「ああ」
そう言うと、鷹緒は沙織を楽屋口まで送っていった。
「鷹緒さん、終わったら会えない?」
真っ直ぐに鷹緒を見つめて、沙織が尋ねた。
「え……まあ、会えないこともないけど」
「一人で帰るの、嫌なんだけど……」
「……わかったよ。送りゃあいいんだろ?」
面倒臭そうに、しかし優しい瞳で、鷹緒がそう言った。沙織も自分の強引な言葉に、苦笑して頷く。
「ごめんなさい」
「まあ、遅くなるしな……じゃあ終わったら、車で待っててくれよ。そこに停めてあるから」
鷹緒はそう言って、楽屋口のそばにある駐車場を指差し、車の鍵を沙織に渡した。
「うん!」
「じゃあ、後でな」
鷹緒は楽屋口へと戻っていき、沙織は客席へと向かっていった。
熱狂の渦の中、BBのコンサートが始まった。男性歌手グループのBBは、リーダーのユウを筆頭に、センジ、リュウ、アキラの四人組ユニットである。熱狂的なファンの中で、沙織も負けじと四人を応援した。
コンサート終了後。沙織は言われた通り、鷹緒の車へと乗り込んだ。まだ夢から醒めない様子の沙織は、会場で売っていたBBの写真集を見ながら微笑む。
「悪い。待たせたな」
しばらくして、鷹緒がドアを開けて言った。
「あ、ううん……」
「なんだ、まだ余韻に浸ってるのか?」
「だって……あ、もう仕事終わったの?」
「ああ。それより、これから打ち上げがあるらしいんだけど、おまえも来るか?」
「え!」
鷹緒の言葉に、沙織は目を丸くする。
「近くのスタジオスペースで、軽くやるだけみたいだけど」
「行く行く。もちろん行く!」
「オーケー。じゃあ……」
その時、鷹緒の携帯電話が鳴った。
「ああ、悪い……」
鷹緒は車に寄りかかって、電話に出た。
「はい。ああ……どうした?」
沙織はそんな鷹緒を見ながら、車から出た。楽屋口は孤立しているのでファンの子はいないが、スタッフたちが忙しく搬出をしている。
「……誰かいないのか?」
少し深刻と見られる鷹緒の電話に、沙織は写真集を眺めながら時間を潰す。
「わかった。じゃあ今から行くから……ここからなら、そんなに時間もかからないはずだから……ああ、わかった」
鷹緒は電話を切った。
「沙織、ごめん。俺、急用が入って……」
「えー」
不満気だが切実な目で、沙織が鷹緒を見つめる。鷹緒もいつになく困った様子だ。
「悪い……よければ一人で行けよ。話はしておくから」
「やだよ。鷹緒さんがいないなら……」
沙織が正直に言った。いくら好きな歌手と一緒に居られても、誰も知らないところへ一人で入るのには勇気がいる。
「……じゃあ、帰るか?」
「んー……」
残念そうに、沙織が俯く。
「あれ、まだ行ってなかったんですか?」
その時、BBのメンバーであるアキラが声をかけた。
「ああ。悪いんだけど俺、急用が入って……」
すまなそうに、鷹緒が言う。
「ええ、そんな……」
「悪いけど……」
「どうしたの?」
そこへ残りのBBメンバーが全員出てきた。
「諸星さん。今日はありがとうございました」
「いい写真、たくさん撮ってくれました?」
リュウとセンジが言う。
「うん。それはバッチリ。でも悪いんだけど、急用入っちゃって、打ち上げには出れそうにないんだ……」
鷹緒の言葉に、一同が残念がった。
「そうですか。ゆっくり話がしたかったんですけど……」
「本当にごめんな……」
鷹緒の言葉に、ユウが沙織を見つめる。
「まあ、仕方ないですよ……沙織ちゃんも一緒に帰るの? 同じ用事?」
ユウが尋ねる。
「あ、いえ……」
「そうなんだ。もしよければ、沙織ちゃんだけでも来ない? ファンの意見を間近で聞けるチャンスだし、もちろん帰りはタクシーなりで送り届けるよ」
「で、でも……」
ユウの言葉に、鷹緒が沙織を見つめた。
「行ってきたら?」
「……鷹緒さんは?」
「俺は急用が出来たんだって……願ってもないチャンスじゃん。楽しんでこいよ」
軽く鷹緒がそう言う。
「おい、もう行くよ」
そこへ声をかけたのは、BBのマネージャーである。
「はい。どうする? 沙織ちゃん。やっぱり諸星さんが一緒じゃないと、心細いかな」
ユウがそう言っていると、マネージャーが駆け寄ってきた。
「どうかしたの?」
「ああ、彼、僕らのマネージャー。諸星さんが打ち上げに来られなくなっちゃったんだけど、沙織ちゃんは迷ってるんだ。未成年だし、マネージャーが責任持って面倒見るって約束してやってよ。そうじゃなきゃ沙織ちゃんも来づらいし、諸星さんも不安でしょ」
ユウの言葉に、マネージャーが事態を察して頷く。
「そういうことなら僕は大丈夫ですよ。家まで送り届ければいいんですよね? じゃあ、せっかくなんで一緒に行きましょうよ。バスに乗ってください」
マネージャーの言葉に、沙織は鷹緒を見つめる。
「よかったな、行ってこいよ。終わったら電話しろよ」
沙織の背中を軽く叩き、鷹緒が言う。
「……本当に行っていいの?」
「ああ。でも、ハメは外すなよ」
「外さないよ。じゃあ……行くからね?」
まだ不安げながらも沙織がそう言った。鷹緒がいなくとも、行きたい気持ちが強まっている。
「ああ。楽しんでこいよ」
鷹緒がそう返事をすると、沙織はBBのメンバーに囲まれ、移動用のマイクロバスへと乗り込んでいった。鷹緒はそれを見届けると、車に乗って去っていった。