FLASH
14、家族
「諸星さん、急用って、仕事かなあ?」
バスの中で、アキラが言う。
「さあ。案外、彼女のわがままとかじゃないの? あの人、モテるでしょ」
センジが、沙織に言った。沙織は緊張しながら口を開く。
「さ、さあ。彼女とかは聞いたことないですけど……」
「へえ。硬派っぽいもんね、あの人」
「でも、残念だなあ。ゆっくり話したかったのに」
ユウが独り言のように呟いた。
「俺も。あの人の腕、やっぱ並みじゃないよ。さっき軽く撮ったっていうリハの写真見せてもらったけど、超カッコイイんだ! もちろんプロ意識も高いし、初めて撮ってもらった時、すごく気持ちがよくてさあ」
「わかるわかる」
BBのメンバーは全員、鷹緒のカメラマンとしての腕に惚れていた。コンサートが終わったばかりだが疲れた様子もなく、BBのメンバーは気さくに話を盛り上げる。
「沙織ちゃん、そんなに緊張しなくて大丈夫だって。君も正式にモデルになったんでしょ? じゃあ、同じような業界じゃない。俺らのファンってことは嬉しいけどさ」
笑いながら、リュウが沙織にそう言った。沙織は少し慣れてきた様子で、笑顔で応える。
「はい。ありがとうございます」
一行は、打ち上げ会場へと向かっていった。
車を飛ばして鷹緒が向かったのは、都内のとあるマンションだった。鷹緒はそこの一室のインターホンを鳴らす。
「はい」
出てきたのは、小さな女の子であった。
「パパ!」
「よう。久しぶりだな」
鷹緒はいつになく優しい笑顔でその子を見つめ、頭をくしゃくしゃと撫でた。
「どうぞ」
そう言って、女の子は鷹緒を部屋に上げた。
女の子の名前は、石川恵美。現在六歳の、鷹緒と理恵の娘であった。
「それで、理恵は?」
「お部屋にいるの」
鷹緒は寝室のドアを開けた。ベッドには理恵が眠っている。
「ママね、帰ってからすごく辛そうにしてて、お熱があるの。お薬飲むから大丈夫って言ってたんだけど、お薬なくて、寝てれば治るって言って……」
懸命に恵美が説明をする。恵美は、理恵のいつもと違う様子に戸惑い、鷹緒に電話をして呼び出したのであった。
「……恵美。起こして薬飲ませるから、コップに水汲んできて」
「うん」
鷹緒の言葉に、恵美はキッチンへと向かっていく。鷹緒は寝ている理恵に、そっと声をかけた。
「理恵……」
その声に、理恵はゆっくりと目を覚ました。
「……鷹緒?」
「ああ……」
「なに? どうしたの……」
驚いて起き上がりながら、理恵が尋ねる。
「恵美から電話が来た。おまえが倒れたから、どうしようってね」
「ああ……ごめんね、鷹緒……」
辛そうに俯き、理恵が言う。
「おまえ最近、無理し過ぎなんだよ」
「わかってる。本当、ごめん……」
「いいから。解熱剤買ってきたから、飲めよ」
そこに、恵美が水を持ってやってきた。
「パパ、お水」
「サンキュー」
鷹緒が水を受け取る。
「ママ、起きたの? 大丈夫?」
心配そうに、恵美が理恵を見つめる。
「うん、大丈夫。ごめんね、恵美。心配かけて……このところ、ろくに話も出来てないのに。ごめんね」
「平気。でも、早く治してね」
「うん。ごめんね……」
理恵は何度も謝ると、鷹緒に促されて薬を飲んだ。
「鷹緒。ごめんね……」
「もういいから、寝ろよ。今日はここにいるから……恵美のことは心配するな」
「うん……」
そのまま理恵は、すうっと眠りについた。
そこで鷹緒と恵美は、ゆっくりと理恵の寝室を出ていった。
「パパ、ありがとう」
恵美が笑ってそう言った。そんな恵美の笑顔につられるように、鷹緒も優しく微笑む。
「いいよ。それより、おまえは御飯食べたのか?」
「うん。七時までは、ベビーシッターさんがいるの」
「そうか。じゃあ風呂は?」
「まだ。パパ、一緒に入ってくれる?」
「ああ、いいよ」
恵美は嬉しそうにそう言って、風呂場へと駆けていった。母子二人の生活で、恵美は着実に大人びている。
それから鷹緒は恵美とともに風呂へ入り、久々の父子の一時に、鷹緒は過去の結婚生活を思い出していた。
数時間後。理恵のマンションで、恵美を寝かしつけた鷹緒が、リビングのソファに座っていた。結婚生活の様々なことが思い出される。
その時、携帯電話が鳴った。
「はい」
『沙織です! 今、大丈夫ですか?』
電話に出た鷹緒に、興奮気味な沙織の声が聞こえる。
「ああ。その様子じゃ、楽しめたみたいだな」
『うん、もう夢みたい! ありがとう、鷹緒さん』
沙織の様子に、鷹緒は思わず微笑んだ。
「いや。で、そっちは終わったの?」
『うん。今、家に帰ったところ。二次会まで行けなかったのが残念。それより、急用ってなんだったの? BBのみなさんも、すごく残念がってたよ』
沙織の言葉に、鷹緒は少し考えて言った。
「うん……まあ仕事関係だよ。じゃあ、早く寝ろよ」
『うん、おやすみ。今日はありがとう』
沙織の言葉に、鷹緒は優しく微笑み、電話を切った。
「だいぶ楽しめたみたいだな……」
鷹緒はそう言うと、ソファに寝そべった。
次の日。
「鷹緒……」
鷹緒が目を覚ますと、理恵が鷹緒を見つめていた。
「ん……なんだ。もう起きて平気なのか?」
眠い目を擦りながら、鷹緒が尋ねる。
「うん、ごめんね。こんなところで寝かせちゃって……布団、出せばよかったのに」
「んー、面倒臭くて……」
鷹緒はそう言うと、理恵の額に手を当てた。
「まだ熱っぽいな。今日は病院行って、事務所は休めよ」
「駄目よ。今日はシンコンの会議があるのよ」
立ち上がる鷹緒の背中に、理恵が言う。
「事務所内でだろ? んなもん、おまえがいなくても進められる。代わりに俺が出てもいいし……いいから今日は休めよ」
「……うん。ごめん」
いつも毅然としている理恵だが、いつになく弱い一面を見せていた。鷹緒がそんな理恵を見るのは、もちろん初めてではない。
「何か食う?」
冷蔵庫を覗く鷹緒に、理恵が微笑む。
「ふふ……鷹緒が何か作ってくれるの?」
「おまえ、馬鹿にしてんだろ。俺だって、おかゆくらいは作れるぞ」
「そう? でも鷹緒、基本的に料理は駄目じゃない。それとも、離婚してから少しは上達したの?」
「まあな……」
結婚していた二人だからこそ、出来る会話であった。
「私は平気。熱も大分下がってきたから、自分で作れるわ。それより、恵美を保育園のバスに乗せてくれる?」
「ああ、いいよ。ここまで来るんだっけ?」
「うん。マンションの下まで来るから」
「わかった」
そこに、恵美が起きてきた。
「ママ! もういいの?」
理恵に駆け寄り、尋ねる。
「うん。もう大分いいみたい。でも、まだ少しだけ熱があるみたいだから、今日は病院行って、家で休むね」
恵美の頭を撫でながら、理恵がそう言った。そんな理恵に、恵美は笑顔で口を開く。
「本当? じゃあママ、今日は家にいるんだ。早く治してね」
「ありがとう、恵美」
「パン食べるけど、ママは?」
「ママは後でおかゆ作るから。それより、パパにも食パン焼いてあげて」
「はーい」