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13、コンサート




 次の日から、沙織は放課後に事務所に通い始めた。同級生の友達からは、つき合いが悪くなったと言われたが、シンデレラコンテストに出ることは秘密にしていた。
「今日もお疲れさま」
 ある日。やってきたばかりの沙織に、牧が缶ジュースを差し出した。
「ありがとうございます、牧さん。もう、超暑い!」
 そう言って、沙織は受付前にある待合用のソファに座る。
「あはは。もう暑くなってきたわよね」
「本当ですよ」
「沙織ちゃん。いらっしゃい」
 そこへ声をかけたのは、理恵である。
「理恵さん」
 かつて鷹緒と結婚していた理恵だが、今は割り切ったつき合いだと鷹緒が言っていたことで、沙織も過去は過去だと、気にするのはやめることにしていた。事実、理恵はとても良い人で、元モデルというだけあり、沙織にモデルとしてのノウハウを教えてくれている一人である。
「すごい汗ね。走って来たの?」
「はい。ちょうど電車が来たんで、飛び乗って……」
「じゃあ、汗が引いたら始めましょうか」
「はい」
 沙織はジュースを飲み干すと、奥の部屋へと入っていった。沙織はそこで、理恵から様々なことを習っていた。
「理恵さん。昨日、ウォーキングの練習してから、体中が筋肉痛なんですけど……」
 苦笑しながら、沙織が言う。
「あらら。まあ、普段使わない筋肉を使うのも事実だけど、慣れておいた方がいいわよ。普段の姿勢や歩き方もよくなるし。雑誌モデルから始めるといっても、いつステージに立つかわからないんだから」
「まあ、楽しいですけどね……」
「それはよかったわ」
 そこにドアがノックされ、鷹緒が入ってきた。
「鷹緒さん!」
 思わず沙織が言った。事務所に通っていても、鷹緒にはほとんど会うことはなかった。
「おう、沙織。来てたのか」
「久しぶりだね」
「ああ。頑張ってるらしいじゃん」
「やるからにはね……」
「どうかしたの?」
 理恵が尋ねる。
「ああ、これ、シンコンの審査内容が、正式に発表された」
「あら。諸星さん直々に届けてくれるなんて」
「事務所の総力を挙げての企画ですからねえ……あと、沙織の撮影日時、早いとこ決めてくれ。俺も予定あるからな」
「わかったわ。じゃあ後で」
 理恵が答えると、鷹緒はそのまま出ていった。
「あの……私の撮影って?」
 沙織が尋ねる。
「沙織ちゃんのプロフィール用の写真を撮りたいのよ。シンコンの締切も、もうすぐだから」
「なんか、本格的になってきたなあ……」
「そりゃあそうよ。着実に話は進んでいるわよ」
 理恵は笑ってそう言った。

 今日も二時間ほどレッスンを受けた沙織は、奥の部屋から出ていった。すると、企画部署の奥のデスクで、鷹緒がパソコンに向かっているのが見える。
 鷹緒は出てきた沙織に気付くと、声をかけた。
「沙織。ちょっと来い」
「……なに?」
 反発した態度はするものの、内心は嬉しく、沙織は鷹緒のもとへ駆け寄る。
「珍しいね。鷹緒さんが事務所のデスクで、真面目に仕事してる姿」
「馬鹿言え。そんなことより、今度の土曜の夜って空いてるか?」
 鷹緒の言葉に、沙織は期待して頷く。
「うん! 空いてる」
「じゃあ、これやるよ」
 そう言って、鷹緒が一枚のチケットを差し出した。
「なに?」
「BBのコンサートチケット」
「嘘! 今やってるやつ?」
「ああ」
「超嬉しい! このチケット、ファンクラブ入ってても取れないんだよ。入れるのは抽選で当たった人だけなの。今週までだし」
「もらったんだ、最終日のチケット。BBから、直接のお誘い」
 その言葉に沙織は驚いた。
 元彼である篤が大ファンだったことで、沙織自身も人気歌手グループであるBBのファンになっていたのだが、彼氏と別れた今でもそれは変わらない。
「嘘。BBから?」
「俺は仕事で行くんだけど、この間打ち合わせに行った時に、BBの連中がおまえのこと覚えてて、親戚のお嬢さんもぜひどうぞってな」
「ええ! 私のこと、覚えてくれてるの?」
 興奮した様子の沙織に、鷹緒が微笑む。
「一枚だけだけど、よければ行けよ。楽屋にもぜひ来てくれってさ。早く来れたら合流して、楽屋まで連れてってやるよ」
「本当? 超嬉しい。ありがとう、鷹緒さん!」
 思わず、沙織が鷹緒に抱きつく。
「馬鹿。抱きつくなっての」
 少し照れながら、鷹緒は沙織を離した。沙織は好きなBBのコンサートを見られるということと、鷹緒に抱きついてしまったという嬉しさと恥ずかしさで、満面の笑みだった。
「まあ、それだけ喜んでもらえれば、やり甲斐があるな。じゃあ、行くのは一人で行ってくれよ」
「うん。本当にありがとう、鷹緒さん」
「礼を言うなら、BBにしろよ」
「うん。じゃあ、行くね」
「ああ。気をつけて帰れよな」
「はーい!」
 沙織は嬉しさで飛び上がりながら、家へと帰っていった。

 土曜日。沙織は真っ白な新しいワンピースとミュールを履き、気合を入れた服装で家を出ていった。
 早目にコンサート会場へと向かった沙織だが、すでに客が列をなしている。沙織はきょろきょろと見回した後、鷹緒の携帯電話に電話をかけた。
『はい』
 少しして、鷹緒の声が聞こえる。
「沙織です。今、会場に着いたんですけど……」
『あ、そう。今どのへん?』
「人が並んでるところにいる」
『じゃあ、裏まで来てくれよ。楽屋口に出てるから』
「はい」
 沙織は電話を切ると、コンサート会場の裏へと回っていった。

 しばらく歩くと、楽屋口の文字が見える。その近くに、鷹緒が立っていた。
「鷹緒さん!」
 沙織が駆け寄る。
「おう、早かったな」
「もちろん。BBに会えるんだもん!」
「あっそ……じゃあ、これ着けて」
 そう言って、鷹緒はバックステージパスを沙織に渡した。
「うわ、すごい!」
「それがないと入れないだけだよ。来いよ」
 沙織は緊張した面持ちで、鷹緒の後をついていく。しばらく行くと、とあるドアに「BB様」と書かれている部屋があった。鷹緒は躊躇わず、ドアをノックした。
「どうぞ」
 そんな声が聞こえ、鷹緒はドアを開ける。
「諸星さん。あ、沙織ちゃん、来てくれたんだね! 久しぶりです。わざわざ来てくれてありがとう」
 気さくに話しかけたのは、BBのリーダー・ユウである。後から他のメンバーたちも集まってくる。
「あ、あの……」
 緊張のし過ぎで、沙織は言葉を失った。
「なんだよ、おまえ。緊張して声も出ないのか?」
 笑いながら鷹緒が言う。
「あはは、おかしいな。諸星さんの親戚なら、僕らだけじゃなくて他の芸能人にも会ったりするんじゃないんですか?」
 ユウが言う。
「遠い親戚なだけだよ。こいつ、正式にうちの専属モデルになったんで、一応よろしく」
「マジですか。可愛いもんなあ、頑張ってね」
 鷹緒の言葉に、メンバーたちが、口々に言った。
 沙織は緊張しながらも、やっとのことで口を開く。
「は、はい。ありがとうございます。あの……今日は本当に、お会い出来て嬉しいです!」
「いいんだよ。僕ら、諸星さんには本当にお世話になっててね。仕事の姿勢とかも尊敬してるし。そんな人の親戚だもん。僕らのファンだって言ってくれてるわけだし、大事にしますって」
 笑顔で、ユウが言う。
作品名:FLASH 作家名:あいる.華音