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10、偶然の街角




 その夜。鷹緒は家に帰ると、買ってきたコンビニの弁当で夕食を済ませる。その時、インターホンが鳴った。モニターに映ったのは、広樹の姿である。
「よっ」
 部屋までやってきた広樹は、そう言ってワインを片手に上がり込む。
「珍しいな。おまえが来るなんて」
「仕事以外じゃ、そうだな。なんだ、またコンビニ弁当で済ませてるのか?」
 テーブルに広げられた鷹緒の夕食を見て、広樹が言う。
「いいんだよ。自分で作るより、コンビニの方が遥かにバランス取れてるから」
「おまえ、料理やらないもんなあ……あ、おでんと焼き鳥も買ってきたぞ」
「ああ。今、グラス出すよ」
 鷹緒はそう言って、キッチンへと向かった。
 残された広樹は、マガジンラックに入った雑誌を取り出した。表紙には、鷹緒の前妻、理恵が写っている。
「……どうだった? 久々の再会は……」
 広樹が尋ねる。鷹緒は苦笑して、口を開く。
「なんだ、そんなことで来たのか? 俺は大丈夫だよ。変に気を使うの、やめてくれよ」
「……おまえが本当に吹っ切ってるなら、気なんか使わないさ」
「どういう意味だよ」
 グラスをテーブルに置き、鷹緒は広樹の前に座った。
「こんな古い雑誌、こんなところに置いてるんだ……僕はおまえが吹っ切ってるなんて思ってないよ。理恵ちゃんと別れてから、恋人だって作ってないじゃないか」
 広樹はそう言いながら、グラスにワインを注いだ。鷹緒は苦笑しながら、雑誌をマガジンラックへ戻す。
「……こんなバツイチのオッサンに、恋人なんか出来るわけないだろ?」
 はぐらかすように、笑いながら鷹緒が言う。
「そんなわけないだろ。切るか切られるかの世界で、おまえは写真家として大成してる。写真だけじゃなくて、今は何もかも順調だ。そんなおまえに言い寄る女は、いくらでもいるんだぞ? それをおまえは……」
「何が言いたいんだよ、ヒロ……俺はな、ただもう面倒くさいだけなんだよ。愛だの恋だの、そんなもんはとっくに経験してんだよ。ったく、俺のことは放っておけよ。おまえだって、大した経験ないくせに」
 ワインを飲みながら、強い口調で鷹緒が言った。広樹は小さく息を吐くと、真剣に鷹緒を見つめる。
「僕はモテないだけなんだよ。鷹緒……僕は心配してるんだ。これから嫌でも、理恵ちゃんと顔を合わせることになるんだ。おまえ、やってくれるか?」
「やるもやらないも……社長のおまえが決めたことだ。社員として、俺は従うほかないよ」
「鷹緒……」
「それにおまえ、誤解してるぞ? 確かに理恵とはほとんど会ってないけど、恵美とは何度も会ってるんだ。接点がなくなったわけじゃないし、俺はとっくに終わったものだと思ってる。本当だよ」
 鷹緒がそう言った。
 広樹は今後、理恵が事務所に関わるということで、鷹緒がどうなるか心配していた。それは、鷹緒が理恵と別れてから、一度も恋に走らず、吹っ切れてないように見えていたからだ。
「おまえがそう言うならいいけど……正直、心配なんだ」
「なにを今更……まあ結婚当初から、俺とあいつは水と油だって言われてた。喧嘩もしょっちゅう……でも別れてまでお互いに干渉する関係ではないし、それに社長命令なら、うまくやっていきますよ」
 苦笑しながら、鷹緒が言った。
「そうか、それならいいんだ。よろしく頼むよ」
「ああ……」
 二人はその夜いろいろと語り合い、飲み明かした。

 数週間後。春の街並みを、沙織が友人の朋子と歩いていた。
「新学期が始まったのはいいけど、あんまり代わり映えしないね」
 朋子が言った。沙織は笑いながら頷く。
「確かに。トモとも、また同じクラスだしね」
「アハハ、腐れ縁ってやつ? でも、先輩とは本当に終わったの?」
 突然、朋子が沙織の彼氏である篤のことを尋ねた。その話題に、沙織は散りかけた桜の花びらを見つめながら、急にしんみりする。
「うん、もう連絡も取ってない……いいんだ。あっちは受験生だし、もう終わったの」
「そう……じゃあ、新しい恋しなくちゃね」
「うーん……」
「なに? 意味深だなあ。もう好きな人でもいるの?」
「えっ、そんなことないけど……」
「怪しい、その反応!」
「もう、トモってば」
 じゃれるように歩きながら、二人は笑った。そして朋子が、切り替えるように口を開く。
「じゃあ、バイトでもすれば? 私もこれからバイトなんだけど、バイト先にちょっといい人がいるんだ」
「バイトかあ。やりたいとは思うけど……」
「沙織?」
 そこへ突然、沙織を呼ぶ声があった。二人が振り向くと、そこには鷹緒がいる。
「鷹緒さん!」
 驚いて、思わず沙織が叫んだ。
「おう、久しぶりだな。学校帰り?」
「うん……あ、友達の朋子です。この人は、親戚の鷹緒さん」
「ああ、カメラマンの!」
 朋子が言った。沙織がモデルをした時に、鷹緒の話は少なからず出ている。
「どうも」
 朋子に向かい、鷹緒がぺこりとお辞儀をした。そんな鷹緒に、沙織が口を開く。
「鷹緒さん、仕事?」
 沙織がそう言ったのは、鷹緒が肩から大きなカメラを提げているからだ。
「いや、オフ」
「でも、カメラ……」
「オフは仕事抜きで写真撮ってるんだよ」
「へえ。本当に写真が好きなんだね」
「まあな……」
「沙織」
 その時、二人の会話を打ち消すように、朋子が声をかけた。
「あ、ごめん、朋子」
 長話してしまったことを、沙織が謝る。
「ううん。いいの、いいの。でも私、これからバイトだから、そろそろ行くね」
「あ、うん。ごめん」
「ううん。じゃあ、また明日ね」
 朋子はそう言って、その場から去っていった。
「……じゃあ、俺ももう行くよ」
 残された沙織に、鷹緒が言った。
「え? せっかく会えたのに……」
 思わず沙織が言う。鷹緒は小さく微笑むと、辺りを見回した。目の前には喫茶店がある。
「じゃあ、茶でも飲む?」
「うん!」
 二人はそのまま、近くの喫茶店へと入っていった。

「本当にびっくりした。こんなところで鷹緒さんに会えるなんて、思ってもみなかった」
 喫茶店で紅茶を飲みながら、沙織が言った。
 先日、鷹緒が結婚していたという事実を知ってからは会っていない。別れ際の態度に、気まずさで事務所にも寄れなかったが、目の前の鷹緒は前と変わらず、笑みさえ浮かべてコーヒーを飲んでいる。そんな鷹緒に、沙織も元通りに笑いかける。
「それは俺もだよ。そうだ、おまえ、BBのファンだったよな? 写真集、欲しいならやるぞ」
「え、本当? 嬉しい!」
「ミーハーな彼氏の分も必要か?」
「あー……」
 鷹緒の言葉に、沙織はバツが悪そうに俯いた。
「どうした?」
「うん……別れたんだ。篤とは」
「……へえ。それはそれは」
 鷹緒はそう言いながらコーヒーをすすり、もう一度口を開く。
「まあ、いいんじゃねえの? どうせおまえ、本当の恋なんてしたことないんだろ?」
「そっ、そんなことないよ!」
 俯いていた沙織は顔を上げ、ムキになって反論する。
「へえ? じゃあ、その元彼クンとは、胸が張り裂けるような、激しい恋愛してたんだ?」
 意地悪気にそういう鷹緒に、沙織はムッとした顔を見せた。反論出来ない沙織に、鷹緒が続ける。
作品名:FLASH 作家名:あいる.華音