FLASH
関係者の言葉に、鷹緒は沙織を見つめる。
「ちょっと……外していいですか?」
鷹緒はそう言うと、沙織を連れて、その場を離れた。
「鷹緒さん。無理だよ。私がモデルなんて……」
スタジオの隅まで連れて来られた沙織が口を開く。鷹緒は軽く頷きながら、沙織を見つめている。
「わかってる。でも、おまえしかいないんだ。頼むよ」
「で、でも私、ポーズとかもわかんないし、表情だって……」
「それは教えるし、フォローするよ。おまえは言われたとおりに動けばいい。今からモデル呼んでたら、この後の仕事にもひびくし、困るんだ。絶対にうまく撮る。だから頼むよ」
鷹緒の言葉に、沙織は顔を赤くした。自分がモデルになるなんて、考えたこともない。恥ずかしさはあるものの、鷹緒や広樹を助けたいとも思った。
「……じゃあ、美味しいご飯食べたい」
まだ不安げな表情をしながらも、沙織が言う。
「オーケー。寿司でもステーキでも、好きなもん食わせてやるよ」
「……わかった。でも、笑いものにはしないでよ」
「しねえよ。じゃあ、よろしく頼むよ。ヒロに頼むから、一緒に奥の楽屋に行って着替えて」
「うん……」
説得された沙織に、鷹緒は頭をポンと叩くと、広樹を呼んだ。
「ヒロ」
鷹緒の言葉に、広樹が駆け寄る。
「説得は済んだ?」
「ああ」
鷹緒の言葉に、広樹が微笑む。
「そう、よかった。ごめんね、沙織ちゃん」
「いえ、私なんかでよかったら……」
「全然いいよ。沙織ちゃん、可愛いし。前からモデルとして誘ってたじゃない」
「また。ヒロさんってば……」
広樹の言葉に、沙織が苦笑した。鷹緒はその様子を見ながら、口を開く。
「じゃあ、広樹。沙織を楽屋に連れてってくれ。すぐ始めるぞ」
「ああ。沙織ちゃんのことは、事務所総出でバックアップ&フォローするよ」
広樹はそう言うと、沙織を連れて楽屋へと向かっていった。
十数分後。沙織は緊張しながらも、撮影のための衣装へと着替え、スタジオへと入っていった。
「はい。じゃあ、少し遅くなったけど撮影開始します。今日は担当の木田カメラマンが欠勤のため、諸星さんに撮っていただくのと、モデルの子も一人来られないということで、急遽、この小澤沙織さんに入っていただくことになりました。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
広樹の言葉に、一同が返事をする。
「じゃあ始めますんで、モデルさんは全員スタンバイしてください。進行はスタッフの指示に従ってください」
現場は一気に撮影モードへと入っていった。
沙織は言われるがままにポーズを取り、鷹緒は撮影を続けた。
数時間後。タイムリミットの八時直前に、撮影は終わった。
「お疲れさまです、これで撮影を終わります。各自終了してください」
「お疲れさまでした」
その言葉に、沙織はほっとする。撮影中は緊張してあまり覚えていないが、眩しいまでの照明から解放されるのは、少し寂しい気さえした。
「沙織ちゃん」
そんな沙織に、すぐに広樹が声をかける。
「ヒロさん」
「ごめんね、こんなことになって。でもよかったよ。沙織ちゃん、本当にこれからもモデルやらない?」
「またまたー」
沙織は苦笑しながらも、撮影に気持ちよくなっていたのは事実であった。
「沙織」
そこへ、鷹緒が声をかけた。すでに出かける準備が整っているようだ。
「鷹緒さん」
「お疲れ。まあまあの出来だったよ」
「光栄でございます……」
「じゃ、埋め合わせは今度……ヒロ。俺、もう行くから」
鷹緒が、広樹に言う。
「ああ。後は任せろ」
「じゃあ、よろしく」
鷹緒はそのまま、スタジオを後にした。
「じゃあ沙織ちゃん。今日は僕がごちそうして、家まで送り届けましょう。本当に助かったよ」
「わあ、ありがとうございます」
沙織は笑って返事をする。終わってみれば、もう撮影の緊張は少しもなかった。
その夜、沙織は母親に撮影のことを話した。
「ええ! あんたがモデル? 嫌だ、どうしよう」
慌てて母親が言う。そんな母親に、沙織は苦笑した。
「お母さんがどうしようってことはないでしょ」
「だってあんた、雑誌に載るんでしょ。下着モデルとかじゃないよね?」
「違うよ、有名な雑誌だよ。私だって時々買ってるもん。だからびっくり」
「へえ……まあ、ちょこっとだけでしょ。今時、読者モデルとか流行ってるみたいだしね」
「うん。緊張したけど、楽しかったよ」
沙織が正直に言った。初めての経験に、少し興奮気味でもある。
「よかったじゃない。あんた、趣味とか全然ないからね」
「そんなことはないけど……」
「鷹ちゃんも、ずいぶん有名なカメラマンになったらしいし、親戚として誇らしいわ」
その時、沙織の携帯電話が鳴った。鷹緒からである。沙織はすぐに電話に出た。
「もしもし」
『ああ、諸星ですけど……今、大丈夫?』
電話の向こうから、鷹緒の声が聞こえる。
「はい」
『今日は助かったよ……事務所としても、感謝してる。今日はヒロに送ってもらったんだって?』
「うん。ステーキごちそうしてもらっちゃった。鷹緒さんは、お寿司だからね。そっちはもう打ち合わせ終わったの?」
『ああ、二時間ぐらいでな……じゃあ、またな。今日はサンキュー』
「え? あ、うん……」
そこで鷹緒にあっさりと電話を切られ、沙織は少し寂しくなった。
「誰から?」
その時、テレビを見ていた母親が尋ねた。
「あ、鷹緒さん」
「そう。なんだって?」
「今日は助かったって。あの人の電話、いつもそっけないんだよね……」
少し不満げに、沙織が言う。
「まあ、昔からクールな子だったわよ。それより沙織が出るっていう雑誌、いつ出るのよ」
「え? さあ……」
「さあって……」
「そんなこと、いいじゃない。恥ずかしいし」
「よくないわよ。娘の晴れ姿を、ちゃんと見るんだからね」
「ハイハイ。今度聞いておくから」
沙織は苦笑しながらそう言うと、母親と話を続けた。