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ひつじ色のセーター

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「あ、そういえばさあ、あんたの誕生日も近いの?」
「は?とっくに過ぎたけど?」
「・・・へ?」

驚く私に、彼は、「半年以上過ぎたけど?」と付け加える。

「え?は・・・半年?嘘・・・だって」

その時、彼女が息を切らせて入ってきた。

「ごめーん!!遅くなって!!どうしても先輩が見つからなくて!!」
「あ・・・う、うん・・・」
「他の先輩捕まえて聞いたら、もう帰ったって言われて!!まだ近くにいるかもって探してたんだけど、全然見当たらないの!!」
「あ・・・そ、そう・・・」
「ごめんね!!この埋め合わせはするからっ!」

手を合わせて頭を下げる彼女に、私は「いいよ」と答えるのが精一杯だった。

「もうひとつごめん!!急用ができちゃって、帰んなきゃいけないの!!夜にメールするから!!」
「う・・・うん」
「じゃあね!!」

そう言って、彼女は勢いよく飛び出して行った。

「えっと・・・」

残された私は、彼にどら焼きの箱を示して、

「どら焼き・・・食べる?」
「ああ」

でも、彼は窓に近づくと、外を覗きこんで、

「お前って、どこまでお人よしなんだ」
「え・・・?」

彼の言葉に吸い寄せられるように、私は窓に近づくと、外を見た。


先輩が、立っていた。
首に巻かれている、淡い水色のマフラー。
思ったとおり、よく似合っている。
走ってきた彼女が、先輩と言葉を交わし、腕を絡める。
寄り添うように歩いて行く二人。オレンジ色の光が、辺りを包んで。


「・・・映画のラストシーンみたい」

ぽつっと、私は呟いた。
彼は、どら焼きの箱の前に座ると、

「先輩にあげるつもりだったのか?」

包装紙を破りながら言った。

「・・・うん」
「先輩、甘いもの嫌いだぞ」
「・・・うん」

私も彼の横に座る。

「・・・うん。知ってる」

彼はどら焼きを袋から出すと、半分にして私に差し出した。

「食え。甘いものを食べると、幸せな気分になれるぞ」
「・・・うん」

その言葉に、目から涙があふれ出る。
私は、どら焼きを頬張りながら、泣いた。



夜、彼女からのメールは来なかった。



「おはよー!昨日はごめんね。待ちぼうけさせた上、メールまで送れなくて」
「ん・・・いいよ」

彼女はいつもと変わりなく、明るくしゃべり続ける。

「ほんと、ごめん。お詫びに、今日のお昼はおごっちゃる!!」
「・・・いいよ」

私が足を止めると、彼女は、いぶかしげに私の顔を覗き込んだ。

「どうしたの?昨日のどら焼き、美味しくなかった?」
「美味しかった」

彼女と目を合わせられない。
彼女は、んーっと背中を伸ばすと、

「ひょっとして・・・知っちゃった?先輩とのこと」

私は、こくんと頷いた。

「ごめん。なんか、成り行きで。言おう言おうと思ったんだけど、どうしても、言い出せなくて。でも」
「あいつのことが、好きなのかと思ってた」
「あ、うん、まあ、最初はね。いいかなーって思ってたんだけど。うん」
「・・・友達だと、思ってた」

私の言葉に、彼女はため息をついて、

「友達だったら、同じ人を好きになっちゃいけないの?」

私は、驚いて彼女の顔を見た。いつになく、真剣な表情。

「しょうがないじゃない。好きになっちゃったんだから。好きな人から、「付き合おう」って言われたんだから」
「・・・どうして」
「どうして?そんなの知らない。人を好きになるのに、理屈なんてない」

激しい口調で言う彼女に構わず、私は言葉を続けた。

「嘘ついたの?どら焼きなんて、先輩食べないでしょ?」

彼女は、一瞬口をつぐんだ後、引きつった笑みを浮かべて、

「せめてもの償い。言ったでしょ?甘いものを食べると、幸せな気分になるんだって。美味しかったでしょ?」
私は、ぎゅっと手を握り締めた。
「・・・美味しかったよ」

それが、彼女と交わした、最後の言葉になった。




「ごめん!これ、コピー!」
「はいよー!」

私は、走りながら、同僚の原稿を受け取る。
タッチの差で他の社員を押しのけ、コピー機の蓋を開けた。

「何部ー!?」
「10部!!サンキュー!!」

ウィーンと無粋な音を立てながら、用紙を吐き出すコピー機にもたれかかり、私は社内を見渡す。
運良く滑り込んだ企業は、規模は小さいけど、活気に溢れていた。
一つのフロアーに全ての部署が詰め込まれ、一人二役や三役はザラ。
新人の私にも、次々と仕事が割り当てられ、息をつく暇もないけれど。

「どう?慣れた?」

先輩社員の言葉に、私は笑顔を浮かべ、

「どうにか。まだまだ、役に立ってないですけど」
「ま、最初の1・2年は辛いだろうけど、頑張ってね」



何とか残業せずに退社すると、私は待ち合わせ場所に急ぐ。
改札前で、所在無げに立っている彼を見つけ、私は手を振った。

「ごめーん!!遅れた!!」
「おう」

彼は、手を上げて応える。

「忙しそうだな」

彼の言葉に、私は乱れた髪を撫でつけながら、

「うーん。まあ、仕方ないよ。覚えなきゃいけないことが、いっぱいだもん」
「お互い様だな」

歩き出す彼の後を、私は慌ててついて行った。



「もう、おっかしくって。あ、言っちゃった?とか思って」

ビール片手に、私は彼に、今日一番の傑作だった出来事を話す。

「周りの先輩たちもくすくす笑ってて、でも、笑っちゃいけないって。一応、下っ端だしさあ」

いい感じに酔いも回って、お腹も満たされた頃、彼が言った。

「先輩に会ったぞ」
「ん・・・?先輩?どの?」

彼が口にした名前が、私の酔いを一気に醒めさせる。
私が、大学生の時に好きだった人。

「あ・・・そう。元気そうだった?」
「ああ。お前のこと話したら、久しぶりに会いたいって」
「ああ・・・そう。うん、いいよ」

彼は、じっと私の顔を見た。

「いいのか?」
「ん?・・・うん。いいよ、もう吹っ切れたし。過去のことだし」

私はぎこちなく笑ってみせると、グラスを一気に空けた。
彼が、ぽつりと付け加える。

「まあ・・・一応、三人でってことで、言ってある」



「久し振りだねえ。元気そうで何より」

久しぶりに会った先輩は、あの頃と同じ、陽だまりのような笑顔を浮かべていた。

「先輩も、お元気そうで」
「うーん、まあ、なんとか。仕事も、今は落ち着いたしね」

にこにこ笑っている先輩。私は、彼の隣で落ち着かない気分になる。
しばらく、とりとめのない話しを交わした後、先輩が聞いた。

「そういえば、二人は付き合ってるの?」

いきなり言われて、私はアイスティーを吹き出しそうになる。

「あ、いえ、そういう訳では・・・」
「ふーん。そうなんだ。僕はてっきり」
「だから、それは前にも言ったでしょうが」

彼が、うんざりした口調で言った。

「いやー、確かに言われたけどさ。君は昔から、隠し事が上手いから」
「隠してませんよ」
「あ、そ、そういえば、先輩のほうはどうなんですか?彼女のほうとは」

私が慌てて聞くと、先輩は困ったような顔で、

「うーん・・・あの子から聞いてない?」
「あ、えと、最近、連絡をとってなくって・・・」
作品名:ひつじ色のセーター 作家名:シャオ