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ひつじ色のセーター

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「ひつじ色のセーター」


編み棒を外すと、そっと糸を引っ張る。
するすると毛糸に戻るセーター。
ひつじの色をした糸を、毛糸玉に戻しながら、私は泣いた。

もう二度と、恋はしないと。



「あ、ほら、先輩」

彼女に脇腹をつつかれ、私は慌てて顔を上げる。

「え?どこ?」
「あそこ。ほら、今、カウンターにいる」

彼女の言葉に促されて、視線をそちらに移すと、確かに先輩がトレーを持って順番待ちをしていた。

昼時の学食は、何時もどおりに学生でごった返していて、私は普段利用しないのだけれど。

「ほらね?言ったとおりでしょ?何時もこの時間にくるんだって」
「ほんとだ。でも、この時間じゃ遅いよね。これじゃ座れな」
「せえんぱあーい!!こっちこっちー!席とっときましたー!!」

学食中に響き渡るような声で、彼女が叫ぶ。
私が言葉を失っていると、先輩がこっちに気付き、嬉しそうに近寄ってくる。
その後ろについてきた人影に、私は思わず苦笑した。

「なるほどね」

先輩と、私たちと同学年の彼は、人混みをかき分け、テーブルに辿り着く。

「やあ、悪いね。誰かを待ってたんじゃないの?」
「先輩を待ってました」

彼女がしれっと答えたので、私は笑いをかみ殺すのに苦労した。

「俺は?」

ぼそっと彼が聞いたので、私は自分のカバンをどかして、

「どうぞ。追い返すような真似はしないから」


先輩は彼女の隣、彼は私の隣に座る。
彼女が彼に話しかけている間、私はそっと先輩を見ていた。
にこにこ笑いながら、二人の話を聞いている。陽だまりのような温かさ。

「そう言えば、お前、生物のレポート書いた?」

突然彼に話を振られ、私は我に帰った。

「うん?ああ、書いたよー。帰りに出してこうと思って」
「教授、出張すんぞ」

彼の言葉に、私は思わず箸を取り落とす。

「嘘!?いつ!?」
「今日、これから」
「今日!?もっと早く言ってよ!!」

彼は、呆れたように溜息をつくと、

「お前が知らないことを知らなかった」
「いいじゃん、生物なんて。必修じゃないんだし」

彼女の呑気な言葉に、私は慌てて鞄を取り上げ、

「良くないのっ!ちょっと行ってくる!!まだいるかな?」
「飯食ってから行くって言ってた」
「分かった!!あ、先輩!!お先に失礼します!!」

がんばってーというのんびりした言葉に送られ、私は学食を後にした。



「お帰りー。間に合った?」

授業開始ギリギリに教室に滑り込むと、私は彼女の隣に腰を下ろす。

「うん、なんとか。言われなかったら、危なかったよー」
「いいじゃん、選択科目なんて」
「やだよ。あの教授厳しいんだもん」
「単位の一つや二つ、ガタガタ言わないの」
「もう。私は、あなたみたいに出来が良くないんだからねっ」

その時、教授が入ってきて、教室内のざわめきが鎮まる。



「で、どうだった?」

授業に集中している振りをして、私は彼女に小声で聞いた。

「何が?」
「もう、そっちの首尾はどうだったか、聞いてんじゃん」
「別に。殆ど先輩と喋ってたし・・・。あいつ、おしゃべりするタイプじゃないでしょ?」
「まあ、そうだけどさ」
「それよりさあ、先輩、彼女いないらしいよ」
「え?嘘!?だって、同じゼミにいるって聞いたよ?」

その時、教授が振り返ったので、私たちは慌ててノートに視線を落とした。
うつむいたままの態勢で、彼女が小声でささやく。

「別れたらしいよ。さすがに、細かくは聞けなかったけど」
「へー・・・そう、なんだ」
「チャンス到来じゃん!今なら、誰に気兼ねする必要もないでしょ?」
「うん・・・まあ・・・ねえ」

彼女は、私の腕をつついて、

「来月、先輩の誕生日だよ。今勝負しないで、何時勝負する?」
「うん・・・」



帰宅途中の電車の中、携帯電話を開いてみる。
待ち受け画面には、先輩と彼女と私で撮った写真。
私は、携帯電話を閉じると、窓の外に目をやった。

「二人で撮る勇気もないくせに・・・」

呟いて、携帯をしまうと、鞄から文庫本を取り出す。
内容は、殆ど頭に入らなかった。



「おはよー。今日一回目の授業は?」
「うん?倫理学」

彼女は、私の言葉に大げさにのけぞってみせると、

「はあ!?りんりーーー!?そんなのいいから、こっちの授業でなよ」
「やーだー。フランス語なんて、考えただけで頭痛がする」
「先生が格好いいのにー」

私は笑って、彼女に手を振った。
教室に行くと、見知った顔を見つけたので、声をかける。

「隣、いい?」
「ん?ああ、どうぞ」

彼は自分の鞄をどかすと、足元に置いた。
席について、授業の支度をしていると、彼がぼそっと、

「先輩、まだ、別れた彼女に未練があるらしい」
「はいっ!?」

唐突な言葉に、私が驚いていると、

「今はやめとけよ。その気がない相手に向かってったって、成功しねえぞ」
「な・・・何よっ。何の話?」

とぼけて聞いてみると、彼は、ちらっと私のほうを見て、

「別に。分らないなら、いい」



「じゃーん!!見て見て!!手編みのマフラー」

彼女は、淡い水色の毛糸と編み棒を見せてきた。

「私には、毛糸と編み棒にしか見えない」
「ちーがーうーのー!これから完成させるんだってば。だって、ほら、あいつの誕生日も、もうすぐでしょ?」
「へー」

私は、毛糸玉を手でもみながら、

「でも、あいつにこの色って・・・むしろ」

先輩に似合いそう。そう思ったけれど、言葉を飲み込む。

「意外でしょ?でも、似合うと思うんだ。顔の近くに明るい色があったほうが、顔色が良く見えるしね」
「ふーん」

手慣れた様子で編み目を作っていく彼女の手元を見つめながら、私は、先輩のことを考えていた。

「先輩はねえ、甘いものが好きだって」

編み目から目を離さず、彼女が言う。

「え?そうなの?意外」

バレンタインにチョコレートをもらって、始末に困ったと言っていたのを聞いた気がしたのだけれど。

「でしょ?ところが、意外とそうなんだなー。あ、でも、チョコレートは苦手なんだって。和菓子が好きらしいよ」
「し・・・渋いっ。あ、でも、そんな感じ」
「そーそー。それに、さ」

彼女は顔をあげて、にこっと笑うと、

「甘いものを食べると、幸せな気分になるでしょ?」



先輩の誕生日。
私は、美味しいと彼女が勧めてくれた店のどら焼きの詰め合わせを持って、教室で待っていた。

「先輩、連れてくるから」

そう言って出て行った、彼女を。
誰もいない教室は、まるで別世界のようで。
胸が苦しくて、息がつまりそうで、私は別のことに意識を集中させる。

「そういえば、あのマフラーできたのかな」

途中経過は見ていたのだけれど、随分進みが早いような気がした。

「もう完成しちゃいそうだったし・・・。あいつの誕生日も、先輩と近いのかな?」

その時、扉の開く音がして、私は飛び上がる。
口を開きかけて、肩を落とした。

「なんだ・・・あんたか」
「悪かったな」

彼は教室に入ってくると、机に置かれた箱を見る。

「誰か待ってんのか?」
「ん・・・」

沈黙が気まずくて、私は話題を変えようと口を開いた。
作品名:ひつじ色のセーター 作家名:シャオ