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薄桃色のメモリー

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「おつかれさま。やったね」
 変わらぬ笑顔で、彼が私に微笑む。
「うん。おつかれさま」
 私も笑顔で応えた。
「よし、今日は記念すべき日だ。子供服ブランドは初めてだからね。どうだ、二人とも。飲みに行かないか?」
 部長の誘いに、私は彼を見つめた。
 彼は困ったように俯いている。
「あの……」
「なんだ、都合が悪いのか? 梶」
「すみません。今日は娘の誕生日で……」
 その言葉に、私は胸を貫かれた。彼が妻子持ちということを、どこかで忘れようとしていた自分がいたからだ。だがそれも、彼の一言で簡単に蘇った。
「そうか。そりゃあ駄目だな」
「すみません……」
「いいんだ。まだ小さいんだろう? 今日は早く帰ってやれ。飲み会なんていつでも出来るんだからな」
 いつもは強引に誘う部長も、やり手の彼に、そして小さな娘という事実に同情したのか、優しい言葉をかけている。
「すみません。今度ぜひ連れて行ってください」
「ああ。住友さんは大丈夫なんだろう?」
 矛先を自分に向けられ、私は思わず歯を食いしばった。
「え……」
「なんだ、その態度は。たまには上司と部下、飲み合おうじゃないか。仲の良い子……倉内さんとか誘えばいいじゃない」
 裕子の名が出てきて、私は苦笑した。部長の目当ては裕子らしい。人気のある裕子なら仕方がないけれど。
「彼女に聞いてからにしてください。それに今度、梶君の都合がいい日に延期でもいいじゃないですか。部長、飲みたいだけでしょう?」
「住友さんは冷たいなあ。たまにはいいじゃない」
 私は苦笑しながら、部長と漫才のような会話を繰り広げ、その場を盛り上げるのに必死だった。
 あとで彼が、私にすまなそうにしているのを見かけたが、咎める理由はまったくないので、笑顔で応えておいた。

 幸せな家庭を想像するのは簡単だ。彼を思い浮かべれば、すぐに見える。それが妬ましいという気持ちは、不思議となかった。
 それはたぶん、彼のことが大好きだからだ。彼からあの笑顔を、もう奪いたくはない。
「ケーキ……は用意してるよね。おもちゃとか迷惑かな……」
 裕子の都合が悪いということで、部長との飲み会はなしになった今日、仕事からも解放された私は、駅ビルに入っているおもちゃ屋で、無意識に彼の娘さんへの誕生日プレゼントを探していた。

 結局、流行りのぬいぐるみを買ってしまった私だが、行き場もなくデパートをうろうろして家路へ向かった。
 今日渡さねば意味がないという衝動と、後日渡せばいい、大事な日に知らない私が行ってはいけないというブレーキがかかって、私は行き場を失くしていた。
 だが、とりあえず彼の家の様子を見ようと、彼の家へと向かってみる。
 彼の家は相変わらず雨戸を閉め切っていて、中の様子を窺い知ることは出来ない。
「どうしようかな……」
 不審者のように、私は彼の家の前で、ぐるぐると考え込んでいた。
「梶さんなら、さっき出かけましたよ」
 その時、買い物帰りの様子である中年女性がそう言った。
 私は我に返り、その女性を見つめる。
「えっ」
「一時間ほど前に帰って、またすぐに出かけられましたよ」
 女性は隣の家の門に手をかけている。彼とも面識があるようだ。
「あ、それはわざわざご丁寧に……それで、ご家族で出掛けられたんですか?」
「え? あ、ああ……」
 途端、女性は明らかに顔を曇らせ、顔を伏せた。
 私は思わず、女性に詰め寄る。
「教えてください! 彼は……彼の奥さんと娘さんは、本当にこの家で暮らしてるんですか?」
 そう言った私に、女性は何度も瞬きをして、言葉に詰まっている。
「あ、あなたは……?」
 女性に言われ、私は慌てて女性から離れた。
「あの、会社の者です。彼と同じ職場で……」
 本当のことだったが、どもってしまって嘘っぽくなってしまった。だが、真剣なことは伝わったようで、女性は大きな溜息をついて頷いた。
「一周忌ですよ、今日……ちょうど一年前に、事故で……娘さんの誕生日で、家族で外食する予定だったらしいです。旦那さんは仕事で遅れて、一人だけ助かったとか。奥さん子供含め、奥さんのご両親もみんな……」
 頭が真っ白になって、声も出ない。
 予想をはるかに上回る衝撃の事実に、私はふらっと後ずさる。すると誰かに当たり、驚いて振り向いた。
 するとそこには、彼がいた――。
「あ、嫌だわ。この人がどうしてもって言うもんだから、私……失礼しますね」
 バツが悪くなったのか、女性は隣の家へと足早に入っていった。
 私も出来ることなら逃げたい。だが彼は、いつになく無表情のまま、私を見つめている。いや、私は目に入っているだろうが、それは遠く、まるで私を見ているとは思えない。
「……うち、来る?」
 やがて、彼がそう言った。だが私の返事を聞くこともなく、彼は自分の家へと向かう。
 私はどうしようか迷った。得体の知れない怖さが、今の彼にはある。もしかしたら殺されるかもしれないと思った。だけど怖いもの見たさもある。そして真実が知りたい、彼を一人にしたくないとも思った。
 私は、彼に続いた。
「お邪魔します……」
 すでに家に上がった彼に続き、私はそう言いながら家の中を見渡す。案外綺麗になっていて、家族がいてもおかしくない。
 私は彼が入っていったリビングへと向かった。
「適当に座って」
 何かを吹っ切ったように、そこにはいつもの彼がいた。
「あの、お邪魔します……」
 ダイニングテーブルの一角に、私は座った。
 彼はやかんに火をかけ、シンクに寄り掛かっている。
「……それで、何の用?」
 やはり普段とは違う様子で、彼が尋ねた。
 私は口をつぐむものの、持っていた紙袋をテーブルに置く。
「あの……プレゼント買ったの。今日渡そうかどうしようか迷ったんだけど、一応、様子だけでも見て行こうと思って。そしたら隣の方が声をかけてくださって……」
「あの人、噂好きだから……」
 彼は苦笑して、やかんの火を止め、お茶を入れて差し出した。
「どうぞ」
「ありがとう……」
 お茶を置きながら、彼は私の前に座る。それだけで緊張が走る。
「……聞いた通りだよ。一年前の今日、僕は世界で一番大切な人を失った。それだけだ」
 悲しく微笑む彼をも、私には輝いて見えた。
 なんと声を掛ければいいのかわからない。ただ真実を知ってしまったことが申し訳なく、今までの行動にも悔い、そして彼に同情の思いを寄せる。
 言葉は見つからなかったが、ここで黙っていても申し訳ない。まとまらない頭を奮い起こし、私は口を開いた。
「ごめんなさい……私ずっと、違う想像してた。梶君、家族のこと大事にしてそうなのに、あんまり話さないから、別居でもしてるのかなって……でも、言いにくいには当たり前だよね。今までいっぱい傷付けてごめんね……」
 泣きたい気持ちを抑え、私は静かにそう言った。ここで私が泣いてしまえば、彼の行き場はなくなるだろう。
「……一年前のあの日、家族は仕事で遅い僕を迎えに来ようとしてたんだ……あの子の誕生日だったのに、僕は少し残業して……乗っていた車は、居眠り運転のトラックに追突された。車はペシャンコで、見る影もなかった」
作品名:薄桃色のメモリー 作家名:あいる.華音