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薄桃色のメモリー

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「ううん、平気。じゃあ、また明日」
「あ、うん……あのさ、近いうち話がいくと思うけど、新人研修が終わったら、僕と住友さん、デザイナーとして組むと思う」
 言いにくそうに切り出した彼の言葉に、私は驚きと嬉しさを感じた。
「本当?」
「うん。さっき社長と話してて。住友さんさえよければなんだけど……」
「いいよ、もちろん! 何のデザイン?」
「子供服らしいよ」
「わあ、遂にうちも子供服ブランド立ち上げるのね。俄然やる気出てきた。いい話をありがとう!」
 私はそう言ってお辞儀をした。
 きっと彼が社長に私を推薦してくれたんだと思った。そう思いたかった。
 彼にとって、うちの会社で知っている人は私以外にほとんどいないはずだから、当然といえば当然だけど、素直に嬉しい。
「こちらこそ、よろしく」
 勢い余った様子の私にも、彼は笑顔を向けてくれる。
「うん。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ……気を付けて」
 彼に見送られ、私は意気揚々と自分の家へ帰っていった。

 それから数日後、一週間の新人研修が終わり、新人はバラバラの部署に配属された。そこから更に、部署別の研修が待っている。
 彼はもちろん、私と同じデザイン部署である。そして彼に言われた通り、私は彼と組んで、オリジナルブランドでの子供服のデザインを担当することになった。

「今日は家でデザイン考えるから、コンビニには行けないからね」
 仕事の合間、彼がこっそりとそう言った。
 私たちはあれから、深夜のコンビニデートをするようになっている。
 もうお互いの電話番号やメールアドレスも交換したが、特に待ち合わせもしていないのに、決まった時間にあのコンビニへ行くのが日課となっていたのだ。
「もう。別に約束してるわけじゃないんだから」
 そう言ったものの、私は残念だった。でも、そう断ってくれた彼が、やっぱり好きだとも思う。
 最近、彼への思いが日増しに強くなっていることに気付いている。だが、先のことが怖いので、無意識に消そうとも思っているようだ。
 しかし不思議なことに、彼から奥さんの話を聞いたことはなかった。でも、聞けば答えてくれるし、いつも持ち歩いている奥さんの写真も見たことがある。また、五歳になるという娘さんの写真も見ていた。

「娘の……真奈ちゃん、どんな服が好きなの?」
 二人でデザイン画を見つめながら、何の気なしに私は尋ねた。
 だが、彼は難しい顔で天井を見上げる。
「うーん……そう聞かれると、好み知らないんだよな」
「ええ? 父親なのに」
「うん……でも、やっぱりピンクとかフリフリとか好きだったよ」
「あはは。なんで過去形……」
「昔から仕事で遅くなっててあんまり会えなかったし、今はよく知らないんだ」
 苦笑してそう言う彼に、私は一つの答えが浮かんだ。
 もしかして、奥さんとは別居中なのかもしれない。離婚調停中なのかもしれない。ならば、すべてに納得がいく。
 淡い期待と辻褄が合う勝手な妄想に、私は一人、首を振った。
 馬鹿なこと考えるのはやめよう――。
 私は仕事に戻った。

 その夜、私は“行けない”という彼の言葉を理解しながらも、日課となったコンビニに足を運んだ。
「今日は彼、まだ来てないですよ」
 いつもの店員が、嬉しそうにそう言ってきた。うざったいのと嬉しいのとで、私は苦笑する。
「ありがとう。でも、今日は……」
 そう言いかけた時、彼の顔が見えた。照れ臭そうに笑っている。
 私は店員から逃げるように、彼のもとへと駆け寄った。
「どうして?」
「いや、なんか……家で仕事してたんだけど、気分転換っていうのかな……それに住友さん、待ってるような気がして……」
 しどろもどろで彼が言った。
 期待してもいいですか――。思わず私は、叫びたくなった。
「……奥さんとは、うまくいってるの?」
 帰り道、私は思わずそう尋ねてしまった。すぐに後悔して、続けて口を開く。
「あ、ごめんなさい。こんなプライベートなこと聞かれたくないよね。でも……毎日遅くに出歩いて大丈夫なのかなって、ちょっと心配で……」
 卑怯な言い訳だったが、私はそう続けた。
「……うちは比較的、自由な家だから……」
 静かに微笑んだまま、彼はそう口にした。でもそれ以上、何も語ろうとはしない。
 いつものように家まで送ってもらったが、私は少しギクシャクしてしまった関係に後悔した。
 でも、彼の心の広さはすでに知っている。明日はきっといつもの笑顔に戻ってくれる、そう信じたい。
 そして私の中に、一つの決意が生まれた。
「この仕事がうまくいったら……」
 この仕事が終わったら、彼に告白しよう――。
 奥さんがいようと、子供がいようと、もう関係ない。とはいえ、彼から笑顔を奪うことは絶対に嫌だし、家族から奪おうなんて思わない。
 でももし、私の妄想が少しでも当たっていて、彼が幸せでないなら、別居中ならば、離婚調停中ならば、私に僅かでも望みがなるならば……私は彼との幸せを夢見たい、そう思った。

 次の日、私は昨日のギクシャクした雰囲気を払拭するように、明るく彼に声をかけた。
「おはよう!」
 だが彼はどこか元気なく、いつもの様子ではない。
「ああ、おはよう……」
「どうしたの?」
 私のせいということはわかっていたが、そう尋ねる。
 すると、彼はいつものように静かな微笑みを返してきた。
「べつに、なんでもないよ」
「でも……あ、そうだ。今日、どっか飲みに行かない?」
 私から男性を誘うことなど初めてだ。もちろん、彼ともまだ飲みに行ったことがない。
「ごめん。今日も家で仕事するから。コンビニにも行けない……というか、もう夜会うのやめよう」
 突然の拒否に、私は自分の犯した過ちを後悔せざるを得なかった。
「……ごめんなさい。奥さんに……何か言われたの?」
「違うよ。うちのはそんなこと言わないし……でも付き合ってるわけじゃないんだし、やっぱおかしいでしょ。仕事で疲れて帰って来てるのに、また出るのもしんどいしね。じゃあ僕、部長に呼ばれてるから行くよ」
 いつもの笑顔に戻って、彼はそう言って去っていく。
 まるで私から解放されてほっとしたかのような笑顔に、絶望を感じた。

 それから彼の笑顔は戻ったが、私たちの関係は遠くなった。
 私がいくら深夜のコンビニで待っていても、彼が現れることはない。会社で会うだけの、仕事の関係だ。
 そんな生活に慣れつつも、私の秘かな恋心は、まだ息衝いている。
 彼は前の会社で培ったノウハウを生かし、社長だけでなく、部長や他の上司に可愛がられる存在となり、私なんかすぐに追い越されそうだ。
 焦りもあるが、彼がやり手というのは、一緒に組んですぐに気付いたし、一緒に働けることで今は満足している。

「よし、全部ゴーサインだ!」
 この日は記念すべき日となった。私と彼とで作った何着もの子供服デザインに、遂にゴーサインが出た。これから更に生地などの打ち合わせを重ねなければならないが、私たちの仕事は一段落ついたことになる。順調にいけば、来年の春物から店頭に並ぶだろう。
 半年掛かりでデザインに没頭した私たちにとって、一番報われた日となったことは明白である。
作品名:薄桃色のメモリー 作家名:あいる.華音