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薄桃色のメモリー

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「あの、よかったら今度、一緒に食事でもしない? 昔話もいろいろしたいし」
「あ、うん。ぜひ……」
「よかった。じゃあ、また声掛けさせてもらいます……」
 緊張した私に触発され、彼も緊張したかのように、そう言って去っていった。
「なによ、抜けがけ?」
 そこに、裕子が声をかけてきたので、私はハッとした。
「裕子」
「なんかいい感じ? 誰よ、奥さんいるって忠告したの。あんたも彼狙いなわけ?」
「馬鹿言わないでよ」
 私は苦笑することしか出来ない。
「でも、普段奥手なあなたが、そんなに楽しそうに男と話すのかしらー?」
 すっかりからかわれ、私は裕子に彼との経緯を話した。

「へえ、同級生だったんだ?」
 昼、一緒に食堂で食事をしながら、裕子が興味深げにそう言った。
「うん。こっちもびっくりで……」
「でもよく覚えてたね。私なんて、転校生どころか、クラスメイトほとんど覚えてないよ」
「そりゃあ、私だって全員覚えてるわけじゃないよ」
「あ、もしかして! 初恋の人とか?」
 ズバリを言われて、私は飲んでいたお茶でむせ返ってしまった。
「ああ、ごめん。でもその反応! 彩香、わかりやすいなあ」
「違うよ!」
「何が違うのよ。でもまあ、やめときなさい。結婚してるんでしょ? 彼」
 私たちはくだらない恋バナから、冷静に戻った。
 昨日と逆の立場で同じことを言う裕子に、私は苦笑する。
「最初からわかってるわよ。初恋なんて実らないものだもん……あの頃だって、連絡先も聞かずだったし。今更会ったからって、恋には発展しないよ」
「まあ、あんたは普通の恋愛求めてるもんね。浮気とか考えられなそう」
「うん。それは考えられない……」
 私は苦笑しながらも、目は食堂の隅で新入社員たちとしゃべっている、彼の姿を追い続けていた。
 認めたくはなかった――が、気になっている。それでも忘れなければならないと言い聞かせた。
 事実、結婚している彼を奪おうという気はなかった。浮気など考えられない。
 それでも少し、気になっていた。

 その日は彼と二人きりになる機会も、話す機会もなかった。
 もう一度、小学生の頃に戻って、昔話に花を咲かせたいという気持ちでいっぱいになったが、帰りを待ち合わせる関係でもなければ、待っているのもおかしい。
 私は今日会うのは諦め、一人、家路を帰っていった。
「二十三時か……」
 今日やるすべてのことを終え、私はソファに寝そべりながら、時計を見上げて呟く。
 ふと昨日のことを思い出し、コンビニに行きたくなった。
 彼に会えるかもしれない――。
 夜中のハイテンションも手伝って、得体の知れない期待感が私を支配する。奥さんがいる人とわかっていても、自分がこんなに諦めの悪い女だとは思わなかった。
「よし!」
 私は着替えて家を飛び出した。もうジャージ姿など見せられはしない。
 コンビニに着くと、いつもの店員にいつもの客と、特に代わり映えしない店内だった。
「お仕事帰りですか?」
 すっかり顔なじみになった若い女性の店員に、そう尋ねられた。きっと私がジャージでないからだろう。
 私は苦笑して首を振る。
「ううん。ちょっと買い出し」
 そう言って、私は店内へと入り、雑誌コーナーやお菓子売り場を何度も往復し、彼を待った。
 待ったといっても、もちろん待ち合わせしているわけでもない。それどころか携帯番号すら知らない関係に、私は私をストーカーと重ね、苦笑した。
「あれ、いた……」
 突然、近くでそんな声がしたので、私は驚いて振り向いた。
 もう諦めかけていたので、余計に驚いたのだ。
「か、梶くん!」
 そこには、求めていた彼の姿があった。
「毎日いるの? もしやとは思ったんだけど」
 彼も驚きながらそう言って、苦笑する。
 スーツ姿の彼は、今日はまだ一度も家に帰っていないようだ。
「毎日じゃないわよ。でも私も、もしやと思って……」
 正直に言った私に、彼は無邪気に笑った。
「今日はジャージじゃないんだね」
「もう! いつもジャージじゃないわよ」
 見え見えの嘘をつきながら、私は素直に嬉しさを感じていた。
 そんな私に、彼も温かい眼差しを向けてくれている。
「駄目だよ、こんな時間に女の子が出歩いちゃ」
「もう女の子じゃないわよ。梶くんは、まだ帰ってなかったの?」
「ああ、うん。昨日もだけど、社長と今後のプラン練ってて……」
 仕事の話題に我に返り、私は彼を見つめる。
「あ……噂聞いたよ。社長に引き抜かれたって……」
 正直に、私は噂話を言った。
 彼は困ったように笑う。
「引き抜かれたわけじゃないよ。確かに社長は、前の会社時代から知ってるけど……そんなんじゃない」
 誠実に答える彼は、子供時代から変わらない。
 直接話したことはなくても、彼が明るくて誠実だったことは知っている。だからみんなに好かれていたのだ。そして、私からも――。
「帰ろうか」
 自然にそう言う彼に頷き、私たちはコンビニを出て行った。
「今日は私が送るよ」
 突然、私はそう切り出した。
 彼は驚いたように首を振る。
「いいよ。住友さんの家のが近いんだし」
「でも、私も知りたいもん。私は家知られてるのに、フェアじゃないわ」
 私の言葉に折れたように、彼は頷いた。
「わかったよ。でも、帰り襲われないようにね」
「大丈夫。この辺り、明るくて治安もいいし」
 私たちは、当たり前のように歩き出す。
「……うちの会社には慣れた?」
 沈黙になる前に、私はそう尋ねた。
 先輩という立場を利用すれば、普段は奥手の私でも、すらすらと言葉が出てくる。
「うん、だいぶ。やっぱり新人研修受けてよかったよ。前の会社とは規模も違うし、同期もいいやつばっかだし」
「そっか。でも、新人なのに社長と飲みに行ってるなんて、聞いたらうちの上司も真っ青だよ」
 冗談めかして言った言葉だが、彼は一瞬、口をつぐんだ。
「……まあ、引き抜かれたわけじゃないにしろ、社長のコネで入ったのは事実だからね。何言われても仕方がないけど……」
 やがてそう言った彼は、どこか寂しそうだった。
「ここが、うち」
 私のマンションを越えてしばらく行ったところで、彼が一軒家を指差して言った。
「すごい! 一軒家」
 思わず私はそう言った。
 しかし玄関は真っ暗で、閉め切った雨戸に、家の中にあるはずの温もりは感じられない。
「奥さんの実家に住まわせてもらってるだけだよ。そのご両親も、もう亡くなったけどね……」
「そうなんだ。でも新しいよね」
「子供が生まれてからリフォームしたからね。おかげで、ローンで首が回らないよ」
 私は少し衝撃を受けていた。
 当たり前のことかもしれないが、奥さんがいるだけでなく、子供までいたとは知らなかったからだ。
 でも私の心を知る由もなく、彼の笑顔は優しいままだ。また、その顔は私にとって、癒しであり、そして輝いて見える。
「お茶でも、と言いたいところなんだけど……」
「あ、いいです、そんな。帰るから」
 彼の言葉に、私は慌てて拒否をした。奥さんに会う勇気など、まだない。
「そう。本当に一人で大丈夫? やっぱり送ろうか?」
 優しい彼の言葉が沁みる。でも、私は続けて首を振った。
作品名:薄桃色のメモリー 作家名:あいる.華音