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薄桃色のメモリー

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 こんなくだらない恋バナも、よくあることではある。
「本当。左手の薬指に指輪してたもん」
「ああ、玉砕……一瞬の恋だったわ。まあでも、不倫もアリかな」
「裕子!」
「冗談、冗談」
 私たちは冗談とも本気とも取れない話を続けながら、飲み続けた。

 数時間後、ふらふらになりながらも、私は裕子と分かれ、自宅へと戻った。
 都内の小さなマンションだが、一人暮らしにはちょうどいい。
 私は帰るなりシャワーを浴びて、明日の支度を始めて気が付いた。
「あ、そうだ。コンビニ行かなきゃ……」
 最近忙しくて、買い物する暇もない。
 買い置きのストッキングがもうなかったことと、冷蔵庫に食糧が何もないことに気付いて、そのまま家を出て行った。
 女といえど、真夜中に近いこんな時間、ジャージで歩いていても気にならない自分がいる。特にこのコンビニには、同じようなラフな姿の女性が何人かいた。
「もう一杯やろっかな……」
 酒コーナーでビールを見つけ、私はカゴに六本入りのビールを詰めた。その他、つまみを少々、女性雑誌、目当てのストッキングなど。こんな姿、知り合いには見せられない――。
「住友さん?」
 漫画のようにビクッと震えて、私は静かに振り向いた。
 声でもしやと思ったが、そこには今、一番会いたくない人がいた。彼、である。
「やっぱり住友さん! こんばんは。家、近くなんですか?」
 バツの悪い私に反して、彼はいつもの笑顔でそう言った。
 私には、それが逆に切なく感じた。
「ああ……はい」
 どもりながら、私は答える。
「よかったら家まで送りますよ。こんな時間に、女性が一人じゃ危ないですよ」
「そんなこと言って、梶さんが危ないかも……」
 どうしたことか、そんな憎まれ口を叩いてしまった。
 だが彼は驚いた顔をした後、またすぐに笑顔に戻った。
「あはは、確かにそうかもしれないですね。でも大丈夫です。僕には愛する妻がいますんで。もちろん、よかったらですけど……」
 彼は薬指の指輪を見せながら、そう言う。
 私は静かに頷いて、彼とともにコンビニから出て行った。
「あの……僕のこと、嫌いですか?」
 帰り際、突然彼がそう言ったので、私は驚いて彼を見た。
「え?」
「いやなんか、避けられてる気がして……」
 そう言う彼も、ストレート過ぎる質問に、すまなそうにしている。
「嫌いじゃ、ないですよ……」
 私は、そう言うのが精一杯だった。
「そうですか。それはよかった……変なこと聞いてすみません」
 彼のその言葉の後、私たちは無言のまま時を過ごした。
 昔からそうだが、好意がある人にはうまくしゃべれない自分がいる。克服したいと思っても、それはどうにもなっていない。
「あの!」
 そんな自分に嫌気が差して、私は思い切って声にした。お酒がまだ抜けていないせいもある。
「あの、東高下台小学校にいたことはありませんか?」
 突然の質問に、彼は驚いた顔をした。だが、すぐに思い出そうと、空を見つめる。
「さあ……僕の家、転勤家族で、子供の頃は何度転校したかわからないんですよね……」
「そうですか……変なこと聞いてすみません」
 すっかり意気消沈して、私は黙り込んだ。
 私たちは沈黙に戻って、家へと進んでいく。
「もしかして……校門のすぐそばに、小便小僧がいる学校?」
 突然、彼が自信なさげにそう言った。
 私は思わず、大きく頷く。
「そう! 確かにそう!」
「じゃあ、池の噴水部分が鯉の口になってる学校だ」
「うん、そう!」
「歴代校長の写真が、廊下に飾ってある!」
「そう、そこ!」
 私たちは、少年少女時代の笑顔に戻っていた。
「じゃあ、もしかして……」
 彼の目は、懐かしさに輝いている。
 私は小さく頷いた。
「小学校四年の時に、同じクラスだった……」
 私の言葉に、彼は白い歯を見せて笑う。
「なんだ、早く言ってよ! 全然気付かなかった」
「だ、だって、すぐいなくなっちゃったし……それに、苗字も違うし」
 私は少しむきになって、口を開いた。
「ああ、親が再婚したからね……でもそうか、こんなところで昔の同級生に再会するとは思わなかったよ。そうか、あの学校の……」
「……覚えてる? うちの学校」
「覚えてるよ。さっき言ったことにしても、何かと変な学校だったもん。でも、すぐにみんな迎えてくれて居心地が良かったし、楽しかった。人に関しては、悪いけど全然覚えてないけどね……まあ、高校や大学の時のクラスメイトも、仲の良い男友達以外は全然覚えてないくらい」
「いいの。私、地味なタイプだし、梶君とも全然しゃべったことないもん」
「そっか……でも、これも何かの縁だね。これから同じ職場な者同士、よろしくお願いします!」
 彼はそう言って、深々と頭を下げた。
「こちらこそ」
 私は素直さを取り戻し、そう答える。
 その時、二人同時にくしゃみをしてしまった。
「あははは。少し冷えてきたね」
 彼が言う。その声はいつも明るく、陽だまりのように暖かい。
 すっかり路上に立ち止まって話し込んでいた私たちは、懐かしい話に終止符を打ち、とりあえずまた歩き始めた。
「家、どのへん?」
 彼が言った。私は前を指差す。
「この先の道、右に曲がったところ……もういいよ。夜出歩くのも慣れてるし。早く帰ってあげないと、奥さん心配するんじゃないの?」
「うん……でも送るよ。どうせ僕の家もこっちだし」
 彼の言葉に甘え、私はマンションの下まで送ってもらった。
「ありがとう。なんか、みっともない姿晒しまして……」
「あはは。人のこと言えないよ。僕なんて、家の中じゃパンツ一丁……いやいや、では先輩。また明日」
「もう。先輩はやめてください」
「でも新人だから……じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい……」
 彼は私の姿が見えなくなるまで見送ってくれた。
 部屋に戻るなり、私は嬉しさに顔を綻ばせ、開いたままの卒業アルバムに貼られた、ハートマークをなぞる。
「嬉しいな……」
 小学校の頃、ろくに話も出来なかった彼と出会えたこと、わかりあえたこと、何もかも満足だった。
 でも、この初恋が実ることはない――。
 彼には奥さんがいるし、私の現在抱えている気持ちは、恋ではないはずだから。
 なにより、私はこれ以上ないという幸せで温かい気持ちになっていた。

 次の日。酒も抜けて冷静さを取り戻し、私は余計に彼に会うことが恥ずかしく感じるようになっていた。どんな顔をすればいいのかわからない。
「おはようございます」
 そんな気持ちをよそに、相変わらずの優しい声が聞こえた。
 振り向くと、そこには彼がいる。
「おはよう、ございます……」
 私はどもってそう答えた。
「おはようございます、住友さん。昨日はどうも」
 先輩からさん付けに代わり、彼の笑顔はいつになく優しく輝いて見える。
「こちらこそ……」
 今、思い出しても恥ずかしかった。
 ジャージ姿で酒臭くて、更に酒とつまみを買っているような女を、彼はどう思ったことだろう。奥さんと比べられたりしたんだろうか……そう考えると、ここから逃げ出したかった。
 だが、彼の笑顔は変わらず優しい。
作品名:薄桃色のメモリー 作家名:あいる.華音