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薄桃色のメモリー

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 四月――。満開の桜が舞う中で、彼に出会った。
 機械的な暮らしから一変、私は無垢な子供の頃にタイムスリップしたように、輝きを取り戻していた。

「新人研修を担当する、住友彩香(すみともあやか)さんです」
 上司からそんな紹介を受け、私は機械的にお辞儀をした。でも、目だけは一人の男性から離すことが出来ない。
 うちの会社はアパレル関係で、世間的に知名度も上がってきた。企画、デザインを手がけ、オリジナルブランドを持つまでに成長している。
 二十七歳の私は、新人研修を任されることになっていた。
 事前に資料をもらっていたが、彼の名前はない。直前に上司のコネで起用されたのだと、後で知った。
 思い耽った私を起こすかのように、突風とともに開いた窓から桜の花びらが舞い込んだ。
 私は何事もなかったかのように、口を開く。
「では、軽くでいいので自己紹介をお願いします」
 私は上から目線を気取って、新人たちにそう促した。
 新卒の新人たちは、初々しく自己紹介をしていく。最後に、彼の番になった。
「梶直宏(かじなおひろ)です。転職組ですが、新人として扱ってくださって結構です。よろしくお願いします!」
 九名の新人のうち、彼だけは違った。
 新卒に混じって、彼だけは年が違う。着慣れたスーツ、ネクタイの締め方、そして左手の薬指に輝く、銀色の指輪。
 彼の面影は、忘れかけた私の思い出を優しく撫でた。

「野本直宏(のもとなおひろ)です。よろしくお願いします!」
 私が小学校四年生の春、その人は私のクラスにやってきた。後にその転校生が、私の初恋の人となる。
 その日は風が強くて、満開の桜が吹雪のように舞っていたのを、今でも思い出す。
「ノモチン、サッカーしようぜ」
 あっという間にクラスに溶け込んだ転校生は、もっぱら男子と外で遊んでいた。成績はわからないけれど、スポーツは優秀で、運動会ではエースだったため、女子にも人気があった。
「ねえ、消しゴム貸してくれん?」
 彼が私に初めて言ったその言葉は、彼が転校してきて一か月も後のことだった。
「い、いいよ」
 すでになんとなく気になっていた存在から声をかけられ、私は頬を染めた。
 その後、彼と何度か他愛もない話をしたが、これといって一緒の思い出はない。でも、私はいつしか彼のことが好きになっていた。

 私は会社から帰ると、久しぶりに小学校の卒業アルバムを開いた。でも、彼の姿はない。それもそのはず、彼は転校してきた次の年に、また別の地へ転校していったからである。
 仲の良かった男子や、彼を好きだった女子の数人は連絡を取り合っているようだったが、私はそんな性格でもなかったし、たまに入る風の噂だけで、もう会うことはないんだと、初恋に終止符を打った。
「あ……」
 アルバムのとあるページを見て、私は思わず声に出した。
 運動会の写真に彼の姿。当時の私が貼ったのであろう、ハートマークのシールがそこに貼られている。
「やっぱり似てる……」
 核心は得られないものの、私は今日出会った彼が初恋の相手だと感じていた。

「へえ。梶さん、前の会社ではデザインされてたんですか」
 次の日の昼、社員食堂に入るなり、私はそんなことを耳にした。
 見ると新入社員たちが、彼と食事をしている。いや、新入社員同士でというのが正しいかもしれない。
「あ、住友先輩。よかったら一緒にどうですか?」
 新入社員の分際で……とも思ったが、そう声をかけたのは彼本人である。ほかの新入社員たちは、教育係の私を遠ざけているに違いない。
「先輩だなんて……同い年じゃないですか」
 私は苦笑しながらも、そうアピールした。
 資料をもらっている私は、彼らの年齢や出身校くらいは知っている。
「え、そうなんですか? 下手したら僕のが年上かと思いました」
 彼は天使のような笑顔でそう言った。
「彩香。どうしたの?」
 その時、後ろからそんな声が聞こえ、私は振り向いた。
 そこには同期の女子社員、倉内裕子(くらうちゆうこ)がいる。大の仲良しだ。
「裕子……ううん、一緒に食べよう」
「うん」
 嫌な雰囲気を作ったかもしれないと思いながらも、私は裕子と別のテーブルに着いた。
 ちらりと彼のほうを見ると、特に気に留めた様子もなく、新入社員たちと笑い合っている。
「どう? 新入社員の研修」
 裕子に言われ、私は我に返った。
「ああ……まあ順調。でもずるいよ、私だけそんな役ついちゃって……」
「でも私は今度、嫌な出張させられるよ?」
「どっちがいいんだか悪いんだか」
「そうね。あ、ねえ。たまには飲みに行かない?」
 裕子の提案に、私は一も二もなく頷いた。
「いいね。じゃあ終わったら、いつものところね」
「了解」
 昼食が終わると、新人研修に戻る。
 仕事のこなし方、電話の取り方、物の場所、書類の書き方、果てしないほど初歩的な作業だが、まだ半人前の彼らには重要なことだ。
 彼はというと、特に話すこともない。だが転職組というだけあって、経験は豊富らしく、他の人より教えることが少ないのは事実だ。でも、特別扱いはしない。

「おつかれ。乾杯!」
 仕事が終わるなり、私は裕子とともに近くの居酒屋へ向かった。二人で飲む時は大抵ここだ。
 裕子は社内でもモテる女子社員の一人だが、今はお互いに恋人もおらず、ただ会社の愚痴を言い合って過ごす。
 恋愛に関しては、今は話す恋バナもない。仕事漬けの毎日で出会いもないし、社内に適当な男性は見当たらない。
 だから社員たちは新入社員に期待しているが、まだ今のところ、新入社員の人気や不人気は耳にしない。
「それで、新入社員はどんな感じ? 可愛い男の子いる?」
 裕子が目を輝かせて言うが、私はそんな淡い期待を裏切って首を振った。
「ぜーんぜん」
「嘘。私見たんだから。イケメン君」
「ええ? 誰だろう……」
 私は裕子の趣味と照らし合わせながら、新入社員たちの顔を思い出す。
 裕子は年上も年下もオールオッケーの人で、恋多き女でもある。出会いのないうちの会社の中でも、別の部署の年下社員、取引先の年上男性など、噂に事欠かない。だが最近は忙しく、恋人がいないのは知っている。
「ほら。リーダーっぽい、年上にも見える彼」
 その言葉に、一瞬で彼の顔が浮かんだ。
「ええ! あの人?」
「なによ、いいじゃん。それに彼でしょ? 社長に引き抜かれたっていう、凄腕さん」
 それを聞いて、私は目を見開いた。
「ええ! そうなの?」
「有名な話じゃない。教育係なのに知らないの?」
「上司のコネで入ったとは、ちらっと聞いたけど……」
「ああ、私は噂で聞いたんだ。教育係にはちゃんと言えなかったのかもね。ベテランなのに新人研修受けさせてるし。でも、将来は重役ポストも約束されてるんじゃないかって、もっぱらの噂だよ」
「へえ……特別扱いしないでとは言われてるけど」
 私は聞きなれない噂話から除外されていたことに気がついた。少し寂しく感じる。
「まあとにかく、彼はいいでしょ。将来も期待出来るし!」
「でも、あの人結婚してるみたいよ?」
「嘘!」
 一瞬で望みがなくなった相手と知った、あまりの裕子の驚きように、私は苦笑してしまった。
作品名:薄桃色のメモリー 作家名:あいる.華音