小さな求婚者
(似てるのかな?) ボクは考えてみたけれど、野良猫の名前なんてどうでもいいことだし、そもそもボクはイタチの専門家ってわけでもないから大した問題じゃない。OK! 彼は「イタチ」だ。
「お兄ちゃんがイタチを飼ってるの?」
「飼ってないよ。あれはただの野良猫なんじゃないのかな。ボクは名前も知らない」
「でも何で餌をあげてるの?」
「餌じゃなくてオヤツだな。いつか懐いてボクの手からイリコを食べるようになれば少しは面白いかもと思って」
「面白いのかな? でもイタチって人からいじめられてるから近づこうとすると逃げちゃうよね。私は近くに行けたことないの」
彼女は「よいしょ」と掛け声を発しながら苦労してブロック塀によじ登り、ボクの横に腰かけた。
そこで、彼女の名前が「加奈」だということを知り、幼稚園の年長組で「食事の後片付け係」をやっていて結構多忙な毎日を送っていることを知った。
その日以来、顔を合わせるたびに加奈と話すようになった。
加奈は一人の時もあれば、同じ幼稚園に通う友人、母親と一緒の時もあった。
挨拶をかわす程度のこともあるし、1時間以上もブロック塀に腰掛けて世間話をすることもあった。
加奈は実家の近くのアパートに住み、「お漬物をパックする仕事」をやっている母親と二人で暮らしていた。加奈が4歳の頃、3日続けて両親は大喧嘩。4日目から父親は家に帰らなくなったらしい。
「簡単に言うとリコンしたの。性格のフイッチってやつね。お母さんは誰にも言っちゃダメよって言ってたけど」と加奈は周囲に誰もいないのに小声でボクに耳打ちした。
そんな話を聞いていたため、(ボクに懐くのは父親がいないから寂しいのかも)と考えていた。
いつものように駐車場の隅にイタチのオヤツを置いた。いつもと違うのは、イリコではなく昼食で残した焼き鮭の残りだってことだ。イリコに比べたらかなりのご馳走だ。
時間があったので、ボクはブロック塀に腰掛けてイタチがやってくるのを待った。
「ヤッホー!」
ニコニコ笑いながら加奈が走り寄ってきた。昼過ぎだから幼稚園が終わるには早い時間だ。
「やぁ」とボクは言った。
「イタチは来てないの?」
「うん。オヤツにはまだ早い時間だからね」