小さな求婚者
加奈はブロック塀に上るのが上手になり、近頃では苦労せずボクの横に座るようになった。
「今日の幼稚園はどうだった?」
ボクは尋ねた。
いつもならすぐにいろんな答えが返ってくるのに今日は黙ったままの加奈。
そして返ってきたのは「私、引っ越すの」という言葉だった。
「え?」 驚いてボクは言った。
「ママが結婚するんだって。私も子供だからついていかないとね」その口調から母親の再婚に気乗りしていないのがわかった。
「そっか。パパが出来るんだ。よかったじゃないか。いろんなところに連れて行ってくれるよ。遊園地とかマクドナルドとかプードルのいるペットショップとか」 加奈を励ますように明るく言う。
「よくないよ」
「なんで? 行きたがってたじゃない」
「私、好きじゃないもん、あの人」
「優しくないの?」
「ううん。優しいよ。悪い人じゃないみたい。でも私は好きじゃない」
ボクは加奈にどう言えばよいのかわからず、気休めの言葉しか浮かばなかった。
「少しずつでいいから好きになっていけばいいよ。慌てることはない」
「そうね…。少しずつね。うん、頑張ってみる」
加奈は小さく笑った。
「私、お兄ちゃんがパパになってくれればいいなぁって思ってたんだよ」
「ボクがパパに? それは困るな」
「お母さんにそう言ったら、お母さんも困るって言ってた」
二人は笑った。
「よく考えたら私も困るんだよね」
「何で加奈ちゃんが困るの?」
「だってお兄ちゃんがパパになったら結婚できないでしょ!」
顔を赤らめて怒ってみせる加奈。
「それもそうだね。ボクも困る」と笑いながら言う。
加奈はため息をひとつついた。
「私ね、誰かに「新しいパパのことは好き?」って聞かれたら「大好き」って言うようにママから言われてるの」
「ママは加奈ちゃんにも新しいパパを好きになってもらいたいからそう言ったんだよ」
加奈はボクの顔をのぞきこんだ。
「お兄ちゃんが子供の頃、どうでもいい人のことを好きって言えた?」
ボクは答えられなかった。そんなウソは大人しかつけないことを知っていた。その答えを6歳の子供に言えるはずはない。
(ボクもずるい大人なんだよ、加奈ちゃん)と心の中で呟いた。